151 対策を練りましょう
マルクからナディヤが乙女ゲームのヒロインだと聞いて、二人は納得し同時に不安に襲われる。
「やっぱりあの可愛さと不憫さはヒロインよね……」
「これ、イベントが始まってるんですかね。エリーナ様は関わっているんでしょうか」
「私よりクリスの方が気になるわ。もしかしたら攻略キャラの一人かもしれないもの」
シルヴィオは確定であり、乙女ゲームなら少なくともあと三人はいそうだ。二人とも全くシナリオが分からない。先が見えないことがこれほど恐ろしいのかと、二人はひしひしと感じていた。
「でも、プレイヤーが入っているような感じはしなかったのよね」
「確かに、受け答えも自然でしたもんね……。つまり、実際存在している人間ということですよね。ますますどうなるかわかりません」
不安そうにしている二人を見て、マルクは首を傾げる。会話から何となく事情は察したが、理解には至らなかった。
「何が問題なんですか? 桃色髪の子がヒロインだとして、そのゲームに二人は関係ないでしょう?」
マルクの疑問にリズが顔色を曇らせたまま答える。
「それはわかりません。乙女ゲームは人気が出れば続編が出たり、ファンディスクが出たりするんです。そこでは前作のキャラが登場することもありますし、話がころっと変わることもあります」
「けど、その子すでに相手がいる人を取るような子じゃないと思いますよ。厨房でも悪い評判聞かないし……それに、今は家が大変なので恋愛どころじゃないと思います」
ナディヤについてよく知っているようなので、二人は目で続きを促す。マルクは二人に見つめられ、少し照れた顔で詳しく話し出した。
「えっと、厨房って休憩中は侍女や官吏たちのたまり場になってて、いろんな噂話が入って来るんです。その、ナディヤ侯爵令嬢についても噂になっていて、図書室の女神って言われてるんですよ」
「図書室の女神……?」
エリーナは不思議そうに呟き、リズと顔を合わせる。図書室がよく似合う彼女だが、女神とはいったい。
「おどおどしているけど、挨拶したらちゃんと返してくれてかわいいとか、本の話題を振ったら知識量に圧倒されたとか、司書も知らない本の場所を知っているとか……それで、一部の男たちに尊敬を込めて図書室の女神って呼ばれています。あと、挨拶されたらいいことが起きるとかもありますね」
「すごく、好感の持てるヒロインね」
城の皆から可愛がられていることがわかる。確かにあの自信がなく気の小さいナディヤに、人から恋人を奪う芸当ができる気はしない。
(でも、人は恋に落ちたらどうなるかわからないのよね……)
エリーナは今までのヒロインと悪役令嬢を思い出し、そして自分の身も振り返ってそう思う。険しい顔をしているエリーナに、マルクは「それに」とさらにナディヤに関する話を出す。マルクは彼女と関わったことはないが、不思議と力になりたいと思わせる何かがあるのだ。
「聞いたことがあるかもしれませんが、腹違いの姉二人がきつい性格で……二人の婚姻が決まらないうちは、彼女が婚約するとかは無理だと思いますよ。聞いていて腸が煮えくり返るような話が色々あるんですが、割愛します」
それだけで、乙女ゲームに精通している二人には事情がくみ取れた。つまり姉二人は悪役令嬢ポジションだ。しかも真っ向から対立するタイプではなく、裏で陰湿な嫌がらせを行うタイプの……。
(そうよね……すごく弱弱しかったし……むしろヒロインをできるのかしら)
エリーナはお茶をした時のナディヤを思い出し、一つ頷く。マルクが彼女を擁護するのも分かる。それほど、守ってあげたくなる子だった。
「わかったわ。私もナディヤを応援したいもの。だから、近くで見守りつつクリスに近づけないようにするわ」
せっかくできたロマンス小説仲間だ。大切にしたい。
意気込んでいるエリーナを見て、マルクは腑に落ちない表情のまま口を開いた。
「でも、なんでエリーナさんがゲームのことを気にされるんですか? 転生者ではないんですよね」
そう素朴な疑問をマルクが浮かべたことで、ようやくエリーナは自分の話をしていないことに気づいたのだった。
「……あ、えっとね。何て言ったら分かるかしら……」
乙女ゲームをしたことがない人に、乙女ゲームの悪役令嬢のプロだと言っても首を傾げられてしまう。エリーナがリズに目で助けを求めると、任せてくださいと自信に満ちた笑みが返って来た。
「エリーナ様は乙女ゲームの悪役キャラの中に芽生えた意識なんです。現実なら人形に意思があるみたいな……。それで今回は、ゲームのヒロインとして生きていらっしゃるんです」
「何それ分からん」
ざくっとマルクに切られ、リズは悔しそうに口を閉じた。そして二人で乙女ゲームの悪役令嬢の役割と、その中の意識だけ渡り歩いていたこと、今回はヒロインとして生きていることを説明し、なんとかマルクは理解したのだった。
「何そのファンタジー。ま、俺がここにいるのもファンタジーか」
「まぁ、わたくしのことはあまり気にしないでください。それに、何かあったら気兼ねなく言ってくださいね」
優しい笑みを浮かべるエリーナに対して、リズは元気いっぱいの笑みをマルクに向ける。
「同じ日本人として、これからよろしくお願いします!」
そう言ってリズが手をさし伸ばすと、マルクは一瞬虚を突かれた顔をしたがすぐに微笑んで、握手をした。
そして話題は日本のプリンへと変わり、エリーナは目を輝かせて聞き入りリズがメモを取る。前に、リズにもプリンの話を聞いていたのだが、材料も作り方も知らなかったため役に立たなかったのである。
「材料はこっちで用意するから、和風プリンを作って!」
話を聞いただけでおいしそうであり、未知のプリンにワクワクする。
「え、いいんですか! 一介の料理人じゃ材料を仕入れられなくて困ってたんです!」
マルクは和食を作る前段階として、和風プリンに挑むつもりなのだ。材料として挙げた抹茶やきな粉、小豆などは周辺諸国にはないもので、大きな商会の力が必要だった。
そして時間が来たためマルクが帰った後、エリーナはクリスを通してドルトン商会に該当する特徴を持つ商品の買い付けを依頼した。ラルフレア人にとって見たことも聞いたこともない食材のリストを見たカイルは、胃の辺りを抑え「魔王の妹から恋人になった子が天使なわけないよな」とぼやきつつ、東に販路を持つ商人や商会に片っ端から当たっていくのは、また別の話。




