140 不安を口に出しましょう
王都観光を終えた日の夜。エリーナは自室でリズと話していた。リズは正式にエリーナ付きとなり、サリーは主にクリスに付くことになった。今日一日リズたちは王宮の侍女に仕事を教わっていたらしく、明日からエリーナたちの周りで働くそうだ。リズは王宮の様子を興奮冷めやらぬ様子で、色々と話してくれた。
「憧れの王宮で、王族の方たちはイケメンだし最高です。掃除の時は物を壊したら首が飛ぶので恐怖ですけど」
楽しそうに話すリズに、エリーナは相槌を打つ。リズはラルフレアで王宮侍女になるためにオランドール家で侍女見習いをしていた。夢が叶ったため、その表情はキラキラと輝いている。
そしてエリーナは王都の様子を話した。
「王都はとてもきれいだったわ。基本的なものはラルフレアと変わらないから、すぐに慣れそう。さっそく本屋を見つけたから、今度行ってみるつもりよ」
「いいですね。こっちのロマンス小説もたくさん読みたいです」
リズは楽しみですと上機嫌であり、何事も前向きに取り組む姿勢をエリーナは好ましく思い頬を緩ませる。
「ラルフレアの小説も入って来るといいですね~。そういえば、ラルフレアではそろそろ殿下が即位されるころですかね」
リズはお茶を飲み、ふと頭に浮かんだことを口にする。ラルフレアを出て一週間が経とうとしており、その間向こうの情報は入ってきていなかった。
「そうよ。明日、正式にジーク殿下が王位につかれるって。ベロニカ様はもう王妃様なのね。一ヶ月後ぐらいに結婚式があるそうよ」
そうエリーナはシルヴィオから聞いた話を伝える。
「わー、おめでたいですね。結婚式、行きたいです」
きゃっきゃと喜ぶリズに対し、エリーナの顔色は晴れない。リズが不思議そうな視線を送ると、エリーナは顔を曇らせたまま口を開く。
「それと、王の罪が全て明らかになり、処刑されたそうよ」
リズは少し目を見開き、声を落として「そうですか」と呟く。そして悲しそうなエリーナの手に自身の手を重ねた。
「エリーナ様はお優しいですね。エリーナ様が心を痛める必要はないのに」
「でも……私が一因で、その決定を下したのがジーク殿下だと思うと」
ジークにすれば、父親を処刑したことになる。そのためジークの気持ちを考えずにはいられなかった。
「そのお気持ちだけで、十分ですよ。エリーナ様は笑って前を向いてください。やっとクリス様と結ばれて、これから物語が始まるんですから」
エリーナは「そうね」と力なく微笑み、不安げに瞳を揺らした。
「でも、最近クリスが何かを言いたそうに見てくるの。もしかして、別れてほしいとか、恋人になったけど結婚はできないとかだったらどうしようかと思って……」
ラルフレアを出た時から気になっていたのだが、何を言われるのかが怖くて踏み込めずにいた。物事をはっきり言うクリスが迷うほどのことだ。相当な何かだと考えられた。
リズもう~んと眉間に皺を刻み、目を瞑る。その脳裏で最近のクリスを思い出していた。
「確かに、最近のクリス様は時折思い悩んだ顔をされていますね……でも、エリーナ様のことは大好きだと思いますよ。だって、エリーナ様を見る目は傍から見ても胸焼けがするぐらい甘いんですもの」
心配そうだったリズの表情が、うんざりしたものに変わる。王宮侍女の間ではエリーナを溺愛するクリスの話題で持ち切りだった。ラルフレアから来た侍女たちが積極的にクリスの逸話を広めているからだ。何より、一目で分かるぐらいクリスの表情がとろけ切っていることもある。
「そうだといいんだけど……」
リズが励ましてもエリーナの顔色は晴れず、リズは心配そうに言葉をかける。エリーナの気持ちに寄り添うのも侍女であり友人の務めだ。
「他にも何かあるんですか?」
リズの優しい言葉に促され、エリーナは伏し目がちで言葉を続ける。
「前にも話したけれど、やっぱりこの世界が終わるんじゃないかと思えて、怖いの。毎日目が覚めたら、同じ景色であることに安心しているわ」
「エリーナ様……」
リズはエリーナの手を強く握って、身を乗り出す。
「大丈夫ですよ。終わりになんてなりません。エリーナ様はこの世界で生きるんです」
「でも……」
「今から弱気でどうするんですか! 諦めの悪さが悪役令嬢でしょう!?」
「……そうね、今から弱気になってちゃダメよね」
リズから元気をもらい、エリーナはリズを見つめ返す。少し前向きになれたため、気になっていたことを尋ねてみる。
「ちなみに、ゲームではどれぐらいでエンディングだったの?」
「そうですね……クリスルートは無かったので分かりませんが、他は次の春が来るまででした。どれも結婚式がエンドでしたね」
「今が冬だから、だいたい三ヶ月くらいね。春が過ぎれば安心できそう」
エリーナは何度か頷き、よしと気合いを入れる。
「なら、ゲームのエンドを回避するために、クリスからの結婚は受けないことにするわ」
「なんでそうなるんですか!」
意気込んで拳を握るエリーナに、リズは目を剥いて食い気味に言葉を返した。ヒロインが恋愛路線を放棄するなどありえない。
だがエリーナは不安げに瞳を揺らし、俯いてぼそりと呟く。
「だって、結婚したらそこで終わるかもしれないじゃない。ストーリーはヒロインが幸せになったら終わりでしょう?」
その憂いを帯びた表情に、エリーナの不安を理解したリズは優しくエリーナの手を包み込んで笑いかけた。
「大丈夫ですよ。ここは今までとは違います。だって、転生者の私がいるんですから。だから幸せになっていいんですよ」
リズの言葉は願いだ。リズにもこの先どうなるのかはわからない。だが、この世界が今までのゲームとは違うことは理解していた。その違いに賭けたいのだ。
「幸せ……クリスと、みんなと一緒にいたいわ」
「なら、それに向かって突き進みましょう! まずは、クリス様とイチャラブしてください!」
リズはエリーナの腕を掴んで一緒に突き上げる。オーっと掛け声もつけた。それに対してエリーナは目を白黒させ、
「イチャラブって何!?」
と困惑した声をあげるのだった。だがエリーナの戸惑いを軽く流し、リズは「あっ」と何かを思い出したように声をあげる。二人の時のリズはいつも以上に自由になるので、エリーナは会話について行くだけで精一杯だ。
「あ、あと。気分転換がしたい時は、図書館がおすすめですよ。王宮の図書館に、けっこうロマンス小説があるみたいです」
「そ、そう……明日行ってみるわ」
そして話はアスタリア王国で流行しているロマンス小説へと移っていく。二人は盛り上がり、お互いが眠くなるまで語り尽くしたのだった。




