133 モブキャラは可能性を秘めている
さらに数々の乙女ゲームの世界を渡り、通算二十九回目のモブ、彼女が十九回目の悪役令嬢を終えた瞬間、目の前が真っ白になった。いつもならすぐに次のモブに意識が飛ぶのに、今回は白い世界で浮遊しているような感じだ。疑問に思っていると頭の中に声が響く。
「はじめまして。二十九回目のモブキャラ、お疲れさまです」
柔らかい女性の声で、姿を探そうとしても視点は動かない。声も出ないだろうからどう答えようかと思っていると、再び声がした。
「声は出せますよ」
「え、あ、本当だ。へぇ、声ってこう出るんだね」
喉の辺りが震えている気がする。今はなんだか気になるが、そのうち自然なことになるのだろう。
「あなたは二十九回モブの中で生き、モブを極められたので、今後の意向を聞きに来たのです」
「どういうこと?」
唐突に言われても何のことか分からない。
「たまに、貴方のようにゲームキャラに自我のようなものが宿るんですよ。たいていはすぐに消えるんですけど、二十、三十と回数を重ねた方がいた場合は、外すようにしているんです」
「へぇ、じゃぁ僕と彼女以外にもいるってこと?」
「いえ……現在確認できるほど強い魂をお持ちなのはお二人だけですね」
「ふ~ん。で? 今後の意向ってどういうこと?」
自分の頭で考え、思ったことを口にできる。それが素晴らしく、返答があることに感動する。
「次の世界を貴方の生きる場所にしませんか? そこでは自分の意思で動き、運命を選択することができます。貴方は男性ですし、ギャルゲーの主人公がおすすめですよ。女の子に囲まれて幸せになれます」
女の声は楽しそうで、善意から出た言葉のようだったが全く響かなかった。それよりも、気がかりな点が出てくる。
「それは、僕だけ? 悪役令嬢の彼女は?」
「彼女はまだ十九回目なので、次の悪役令嬢に移ると思います。でも、二十九回目には貴方のように違う世界にお連れするつもりです」
ないはずの胸が苦しくなる。一緒に生きたいと、強く思った。彼女に幸せになってほしい。彼女を幸せにしたい。そんな想いが溢れる。
「それなら断るよ。僕はずっとモブを繰り返してもいいから、彼女を自由にしてあげて欲しい。僕よりもずっと苦しんで、頑張っているから」
そう返答すると、見えないはずの女が笑った気がした。
「お優しいですね。感動しました。では、彼女を自由にするとしてどんな世界を望みますか?」
要求がすんなり通り、少し肩透かしをくらった気分になりながらも彼女に合いそうな世界を思い浮かべる。今まで乙女ゲームと一口にいっても多様な世界を渡ってきた。学園、後宮、軍事学校とどれも基本的には近世のヨーロッパに似た世界だ。
「幸せになれる貴族の世界かな。魔法はいらない争いを生むから無い方がいい。学園物が楽しそうだった」
「わかりました。では、その世界をご用意します。ヒロインでよろしいですね」
悪役令嬢として振舞っていた彼女とヒロインが結びつかず、少し笑ってしまった。
(ヒロインになったと知ったら、どう思うかな)
戸惑うだろうが、喜んでくれるだろうか。悪役令嬢では得られなかった幸せをつかんでほしい。そうまだ見ぬ幸せを願いながら、頷いた。
「うん、彼女には幸せになってほしいから」
ふふふと優しい笑い声が響いて、女は話を続ける。
「では、特別に貴方もその世界に飛ばしましょう。それほど彼女を想っているなら、貴方が幸せにするべきです。それが、今まで頑張ってきた貴方への報いです」
その言葉にパッと喜びが弾ける。きっと顔があれば満面の笑みだっただろう。彼女のために何かができる。それがとてつもなく嬉しく、全身から力が湧き出るようだった。
(学園の友人でも、使用人でも何でもいい。彼女の近くにいられて、彼女のために尽くせるなら)
盲目的になるほど、彼女は絶望の底にいた時の助けになっていた。あのつまらない、虚しさだけがある世界に光をくれた。
「では、仲良く次の世界を楽しんでくださいね。そこで生き抜いてください」
その言葉を最後に、少しずつ意識が薄れていく中、咄嗟に疑問に思ったことを問いかける。
「あ、最後に一つだけ訊かせてください。貴女は誰ですか?」
その問いを聞いて、女は困ったように笑った気がした。
「私も貴方たちと似た存在です。乙女ゲームの意識ですよ。いつの頃からか、ゲームの世界を管理し、支援しています」
徐々に意識が遠のき、女の声がかすれていく。そして最後に彼女は、何かを思い出しかのように呟いた。
「あ、次の世界は転生者もいるんだった……」
その耳慣れない言葉を最後に、意識は途切れ暗転する。
そしてゆっくりと意識が浮上し、目が開いた。目には何か布のようなものが映っており、遅れて天蓋付きのベッドで寝ていることに気が付く。体を起こし、動くことに驚いた。首を動かせば視界が変わる。全てが新鮮で、色々と試してみたくなってベッドから出ようとした。
「うわっ」
体が前につんのめり、バランスを崩して床に落ちる。体を動かすイメージができず、生まれたての小鹿のようにフルフルと手足が震えている。なんとかベッドの縁に手をついて立ち、壁を伝って歩いてみた。
「すごい……歩いてる」
遅れて声が出ることに気づき、聞こえた声に不思議な気持ちになる。姿見まで足を引きずるようにして歩き、新しいキャラの姿を見た。まだ子供で、7、8歳くらいだろうか。紅い髪はさらさらと綺麗で、金色の目はくりくりと丸い。
(モブの顔じゃないな……誰だ?)
少し歩いただけで疲労を感じ、ずるずると壁を伝って座り込む。深呼吸をしてから頭の中にある本を思い浮かべた。キャラクター情報、世界観、シナリオ、分岐が全て載った本だ。それはこの世界にもあるようで、自分のキャラを確認する。
「クリス・ディン・アスタリア……西の国の第三王子か」
モブの割には豪華だと思ったところから、クリスとしての人生が始まったのだった。




