132 モブキャラは重要である
ある時は、王子の友達Aとしてヒロインに王子の興味を向ける橋渡し役をした。ある時は、学園の学生としてイベントが起こるたびに周りで見守る役をした。もちろん全て顔はぼやけ、背景の一部である。直接ヒロインや攻略対象と関わることはほとんどなく、イベントが起こるごとに付近にいるモブキャラの体を借りる。
そして最後は決まって、悪役令嬢の断罪シーンでそのゲームは終わる。たいてい悪役令嬢の近くで事態を見守っているモブであり、ざわざわと顰めき声を出したり、驚いたりしていれば悪役令嬢は断罪され次のゲームが始まる。
自分の意思で動くことはできず、イベントの度に意識だけキャラの間を渡り歩いていく。頭の中には分厚いゲームの説明書があり、イベントの無い待機時間はそれを読んで時間を潰した。それによると、ここは乙女ゲームの世界であり、うら若い乙女が真実の愛にたどり着く話らしい。
ヒロインの中にはプレイヤーという違う世界に生きる人がいるそうだ。それがヒロインを動かし、恋愛を疑似体験する。その中でモブというのは背景でありながら、欠かせない存在である。だが他人の恋愛を見せられ続けるのは面白くもなく、無意味な時間だけが過ぎていた。だがそれは唐突に終わりを告げる。
それは、乙女ゲームの世界を十こなした時のことだった。ヒロインが学園に入学し、悪役令嬢と対面したイベントで、ヒロイン側で見守る学生Aの中にいた。ありがちなストーリーで、気位の高いお嬢様という感じの公爵令嬢に罵詈雑言を浴びせられ、怯んだところで選択肢が出たらしい。
突如固まったヒロインとそれを気にせず意味のない動きをするモブたち。選択肢に迷っているのだろうと静観していると、あり得ないことが起こった。
「え、なにこれ。ここどこ? 悪役令嬢って何?」
先ほどまで般若のような形相でヒロインを罵っていた悪役令嬢が、動揺して忙しなく首を動かしているのだ。周りに話しかけようとするが、モブキャラたちは決められた言葉しか口に出せない。
「さっきの何? 勝手に体が動いて……あ、なんか頭の中に本があるわ」
とぶつぶつ呟く悪役令嬢はまるで意思があるようで、驚いて心の中で叫んだ。
(僕と一緒なの!? 役の中に入っているの?)
背景と化したモブキャラのため、声はでないし表情もない。声をかけられないことを口惜しく思っていれば、悪役令嬢の顔が瞬時に怒りに変わった。ヒロインが選択肢を決めたようだ。
そして再びイベントが進み、王子が割って入って事態を収めたところで意識は違うモブキャラへと飛ぶ。だが悪役令嬢の印象が強烈で、また会えることを強く願った。
その後、悪役令嬢のイベントが起こるたびにその特異な現象を目の当たりにした。彼女は確かに意思を持っており、イベント以外は自由に動けるようだった。手あたり次第周囲に声をかけたり、固まるヒロインの前で手を振ったりつついたり。
(おもしろい人だ!)
表情も声もないが、内心大笑いをしていた。初めて面白い、楽しいと感じ、あの人をもっと知りたいと興味を駆られた。
最初は戸惑っていた彼女は少しずつ世界を理解していったが、自分の役柄は受け入れられないようだった。イベントの合間に、「なぜそんなひどい事をするの」と憤っていたからだ。
そしてストーリーは非情にも断罪へと進み、最後に彼女の声を聴けないままゲームが終わった。意識が薄れていき、すぐに次のゲームのモブへと意識が移る。
(次も、あの子がいるといいな)
そう思いながら意識を手放すと、突然辺りが明るくなり罵声が耳をつんざいた。
「貴女のような薄汚い子ネズミが、殿下と踊れると思っているの!?」
目の前で豪華なドレスを着た悪役令嬢がヒロインと思われる少女を罵っていた。少女は貧しい家の出なのか、ドレスの型は古くみすぼらしい印象を受ける。どうやら悪役令嬢のシーンに飛んだらしい。頭の中のシナリオに目を通しつつ、世界観を理解する。このゲームは王宮がメインになるようだ。ちなみに、今は事態を見守っている下級令息Aの役らしい。
そして期待に胸を弾ませながら、おなじみ縦巻きロールを装備した彼女を見つめる。長々とした罵倒が終わり、ヒロインが選択肢のために止まれば彼女だけが動いた。
「またなの? また悪役令嬢をするの? さっきの断罪シーンのダメージも抜けていないのに!」
彼女がどれだけ叫ぼうが、周りは何も反応を返さない。
(ひどいよね。あんなに頑張ってたのに。僕は見ていたから、今も見ているから)
伝えたいのに、体を動かすことはできない。嘆き、絶望の表情を浮かべている彼女を助けたい。そう思った。
そしてこのゲームでも彼女は断罪され、それ以降必ず悪役令嬢の中には彼女がいるようになっていた。いつも彼女の存在を追い、待ち焦がれる。一緒のシーンがあれば心の底から応援し、彼女の呟きに心の中で叫んでいた。そんな状態が続き、通算二十回目のモブ、彼女が十回目の悪役令嬢を演じた時、彼女に変化が訪れた。
「もういいわ! こうなったら、悪役令嬢を極めるんだから! 私は恋のキューピットよ。プロの悪役令嬢になるわ!」
ヒロインに嫌味をぶつけた後、彼女はそう叫んだ。
(プロの悪役令嬢って何!?)
体が自由に動けば、きっと笑い転げていた。彼女は延々と断罪され続けるという状況にもめげず、前向きに悪役令嬢に取り組んだ。心の底から尊敬し、幸せになってほしいと願う。自分が恋に落ちていることに気づくのに、それほど時間はかからなかった。




