12 新しい家族とかけひきしましょう
クリスが来てから一か月が経ち、社交のシーズンが始まった。貴族の令息、令嬢は十六で社交界に上がり、将来のパートナー探しが始まる。家のためによりよい相手を見つけるのは、貴族に生まれたものの義務だった。その前段階として茶会に出席し、有力な貴族や同年代の子どもたちと顔を繋いでおく。
祖父は進んで茶会にいく人ではないが、ごく親しい人たちとのお茶会には顔を出している。今年はクリスの顔見せもあるため、いつもより多く茶会に出るらしい。そしてクリスは祖父に連れられて茶会に出るやいなや、淑女たちを騒がせた。容姿だけでなく、話は機知に富んでおり、気品があり気さくとくれば、令嬢たちの視線がひっきりなしに飛んでくる。
ローゼンディアナ家は、領地は小さく、可もなく不可もないちょうど中ぐらいの家柄だ。だが、近衛騎士を多く輩出した家であり名は知られているため、その跡取りと目されるクリスに人気が出るのも当然の結果である。クリスが茶会に出てから、ローゼンディアナ家に届く招待状の数が激増し、エルディが忙しそうに分別作業に追われていた。
しかし、祖父は社交が好きではなく、断れないものを除いてほとんど出席していなかった。そして、
「エリーが寂しがるといけないから」
と、クリスも妹といる時間を優先し、招待を断ったのである。エリーナは、二人が王都から持って帰って来るお土産を楽しみにしていたので少し残念だったが、クリスが茶会でヒロインに会っても嫌がらせができないため都合はよかった。
本日、そのクリスは祖父とともに王家主催の茶会へ行っており、もうすぐ帰ると先触れがあった。王都までは馬車で一時間くらいかかり、茶会を早めに切り上げて帰って来たらしい。
エリーナはお土産に心弾ませながら、到着の報を聞いて玄関に迎えに出る。二人の姿が見えると、侍女たちは一斉に頭を下げた。クリスはにこやかに笑って侍女たちを労う。クリスはその人柄と気遣いで、すぐに使用人たちに認められていった。ラウルに学問を教わる傍ら、エルディと祖父について領地の経営を学んでいる。
「おじい様、クリス。おかえりなさいませ」
「エリー。お土産だよ」
満面の笑みを浮かべたクリスから箱を二つ受け取った。すぐに侍女たちによってプレゼントが持っていかれ、サリーがお茶の準備をしますと下がっていく。祖父はまだ仕事が残っているようで、夕食前に片付けるとエルディと書斎に向かった。
茶会の後はお土産を堪能するために、サロンでお茶をいただくのがいつもの流れだ。クリスとエリーナは話しながらサロンに移動する。
「クリス。今日の茶会はどうだったの? 誰かよい人はおりまして?」
さりげなく、ヒロインとなる人が浮上していないか探りをいれる。
「いつもと同じ。お嬢様方の話につきあわされてうんざり。それと、お土産はプリンとドレスだよ」
好物のプリンという言葉に自然と口角が上がるが、クリスに気を抜いた顔を見せまいと気取った表情を作る。
「今回のドレスは、王都で流行っているデザインのものにしたよ。本当はオーダーメイドにしたいけれど、エリーが嫌がるから」
「私の成長に服が追い付きませんわ」
悪役令嬢たるものオートクチュールのマダムを呼び寄せるのが当然だが、今は社交界デビューもしていない上、成長期ですぐに着れなくなる。
「また背が伸びたしね。ますます可愛くなって、今日見てきた令嬢の誰よりも可愛いよ」
背中がむずがゆくなるようなセリフをさらりと言えるのは、もはや天性で、ふりまきすぎていずれどこかの令嬢に刺されないか少し心配になっている。
「クリス……そういうのは、決めた人にだけ言った方がよろしくてよ。私を実験台にするのは、賢い方法ではありませんわ」
ツンと澄ました顔で上から目線で言えば、きらびやかな微笑みが返ってくる。
「エリーにしか言わないけど?」
ぐぬぬと、苦虫をかみつぶしたような顔を見せないように、クリスから顔を背けた。
この一か月、悪役語録を駆使して嫌味っぽい、高飛車な言い方を心掛けた。それに加え、彼の部屋にこっそり忍び込み物を隠したり、ノートにいたずら書きをしたり、虫を投げつけたりと意地悪をしたのだ。それなのに、クリスには悪役令嬢ごっこが好きなんだね、いたずらっ子なんだねと、嫌な顔一つせずむしろ嬉しそうに受け止められた。
それが続けばさすがのエリーナも毒気が抜かれ、嫌がらせの数々は徒労に終わったのだった。ヒロインなら泣いて怯えるのに、男だから上手くいかないのか、屈辱的な完敗である。
しかもさすがは攻略対象と言うべきか、容姿、学問、所作、気づかい、全てにおいて完璧だった。少しでも目につくものがあれば、嫌味の一つでも言おうと構えていたエリーナは、ただ地団太を踏んで悔しがるしかなかったのである。
「お嬢様、どうぞこちらへ」
サロンの手前でサリーに呼び止められ、別室へ招かれる。わかっている。新しいドレスに着替えるのだ。サロンでクリスに賞賛され、夕食の席で祖父とラウルに披露するために、このドレスはある。
夜会も茶会もないエリーナなので、ドレスは街にも着ていけるような大人しいものだ。ワンピースと言った方がいいかもしれない。それでいて品の良い可愛さもある。最初にドレスを贈られた時は、難癖つけようと思ったものだが、完璧なセンスのよさにぐうの音もでなかった。プロの悪役令嬢として、好みのドレスにいちゃもんはつけられなかった。
「今回のドレスもすばらしいですよ。お嬢様の可愛さを存分に引き出してくれます」
空色の生地で、胸元を白のレースが彩っており、装飾は少ないながらも、腰にあるワンポイントのリボンが全体を引き締めている。そこにプラチナブロンドの髪とアメジスト色の瞳が合わされば、お人形のようだった。
そしてサロンに入れば、
「まるで天使だね。最高の癒しだよ」
と絶賛され、クリスが選んだものだから自画自賛とも言える。それをアルカイックスマイルで流し、お土産のプリンをおいしくいただいた。プリンが好物であることはそうそうに把握されている。王室御用達の名店のものらしい。これほど甘やかされて裏があるのではと思うエリーだが、対策はヒロインが現れてからでいいかと後回しにするのだった。




