123 恋する人とデートをいたしましょう
エリーナとクリスの話は瞬く間に社交界に伝わり、おおむね「収まるところに収まったか」と驚かれることなく受けいれられた。学園では令嬢たちがお祝いにかこつけて話をせがむので、ベロニカに威嚇してもらってやりすごしている。ジーク、ルドルフ、ミシェルが挨拶と一緒に「おめでとう」と言葉をくれたが、気まずいのか長話をすることはなかった。
そして卒業パーティーまで一週間となったこの日。エリーナはクリスに誘われ、王都でデートをしていた。恋人になってから初めてのデートということで、エリーナはワクワクしてサリーと一緒に服を選んだ。サリーは「お嬢様の幸せが一番です」と母親のように嬉しそうにしていた。
入念に肌の手入れもされ、朝からマッサージにお化粧と万全の体制が組まれていた。薄紫の大人っぽいワンピースドレスがエリーナのアメジスト色の瞳と引き立て合う。フリルが可愛らしく、心が弾む。髪はサイドを編み込んで後ろに流し、クリスからもらった髪飾りをつけた。
そのエリーナを見たクリスから「きれいだよ」と誉め言葉をもらえれば、天まで上るような嬉しさを感じる。
そして、エリーナはクリスと共に馬車に揺られながら、幸せを噛みしめるようにおしゃべりを楽しむのだった。馬車から降りる時に手を引かれるのも、エスコートもいつもより特別なものに思えて、まるで世界が変わったようにすら思えた。
(クリスといるだけで、恋人になれただけで、こんなにも変わるのね)
足が宙に浮いているようなふわふわした感覚で、クリスに手を引いてもらっていなければ、飛んで行ってしまいそうだ。木枯らしがつきさすように肌を撫でるのに、エリーナの心は温かい。服越しに伝わるクリスの温かさが、冬の寒さを吹き飛ばしていた。
とはいえ、冬場にあまり外を出歩くのは辛いため二三の店を見た後は、早めにカフェ・アークへと向かう。なんでもクリスとっておきのプリンがあるそうで、今日のデート最大の楽しみなのだ。
いつ行っても賑わっている店内で、個室に通される。ほどなくパティシエがやってきて、自信に満ちた表情で新作を持ってきた。目の前に置かれたお皿の上には二つのケーキが乗っており、エリーナは「うん?」と小首を傾げる。
「ケーキだわ」
よく見る、一人分に切り分けられたケーキだ。あえて違いを挙げるなら、クリームや果物が乗っておらずプリンのカラメルソースがかかっていて生地がプリン色であることか。
エリーナは正体を見極めようとじっと視線を注ぎ、はっと目を見開いた。
「まさか、この上の部分はプリンなの!?」
予想の上をいく、まさかの発想だ。エリーナは常々プリン味のケーキがあればお茶会がさらに楽しくなると思っていただけに、目を輝かせる。それを見たパティシエは誇らしげに説明を始めた。
「これはプリンケーキです。おっしゃった通り、上の部分がプリン生地になっております」
ケーキの下はよく見るスポンジであり、二層構造になっていた。
「それだけではありません。一つは下が薄いスポンジ生地でしっとり柔らかく仕上げましたが、もう一つはタルト生地で硬めに仕上げました」
「本当だわ、もう一つはタルトになってる」
それで二つ乗っているのかと納得顔のエリーナは、さっそくとフォークを手に取って差し入れた。まずはスポンジケーキの方からだ。触れると崩れるのかと思ったが、思いのほかプリンはしっかりしていてすっと切れる。倒れることなく刺さり、口に入れるとプリンの甘さとカラメルソースのほろ苦さが広がってスポンジが全てを優しく包んでくれる。
「これ、スポンジがカラメルソースを吸っておいしさが倍増しているわ!」
噛めばじゅわっとカラメルソースが染み出してきて、甘さが尾を引かずどんどん食べられる。天才だ。エリーナは紅茶を飲んで、プリンをケーキとして味わえることを喜んだ。
クリスは始終にこにこしてエリーナが食べているのを嬉しそうに眺めている。
そしてエリーナはワクワクしながらタルト生地のほうへフォークを伸ばす。こちらのケーキのカラメルソースは固めてあり、タルトの食感を損なわないように工夫されていた。硬い生地が小気味よく切れて、口に運べばプリンの合間にサクサクとほどよい食感を与えてくれる。バターの香りがプリンと混ざり合って、奥深さを増していた。
「どっちもおいしいわ! 甲乙つけがたい!」
幸せとエリーナは頬を緩めて、プリンケーキをぱくぱくと口に入れていった。それは小動物のような可愛さであり、クリスはその表情の甘さを感じながらコーヒーを飲む。
「エリーが喜んでくれるなら、僕も嬉しいよ」
「最高よ、ありがとうクリス!」
二人は微笑み合い、楽しい時間を過ごす。そして甘くとろけるような時間はあっという間に過ぎ、仲良く手を繋いでローゼンディアナ家へと戻っていくのだった。
湯あみを終え夕食を食べれば、二人はサロンで談笑する。想いが通じ合ってからは、なるべく一緒にいるようにしていた。不思議なぐらい話は尽きず、たまに思い出話をしては笑い合った。
眠くなったところで、クリスは部屋までエリーナを送ってくれる。恋人になってからますます甘やかされるようになった。それを嬉しく思うから、エリーナも断れない。
「エリー、おやすみ。いい夢を」
そう甘く優しい微笑を浮かべて囁き、エリーナの額にキスを落とした。エリーナの顔は真っ赤になり、
「おやすみなさい!」
と慌てて部屋に駆け込む。心臓は早鐘を打ち、顔が熱い。クリスの魅力は刺激が強すぎる。
エリーナはふぅと幸せな溜息をついて、ベッドに寝転がる。キスをもらっても、まだふわふわと現実感がない。エリーナはその幸せに悶えてベッドの上を転がるが、ピタリと止まって天井を見る。ざわりと、胸に言い知れぬ不安が押し寄せた。
(まさか、卒業パーティーで終わりだなんて、ないわよね……。この先も、クリスと一緒にいられるわよね?)
手に入れば、今度は失うことが怖くなる。満足など到底できそうにない。エリーナは一抹の不安を抱えながら、それをかき消すようにクリスとのデートを思い返し眠りについたのだった。
一方のクリスは自室に戻り、蝋燭の下で今朝届いた手紙を読んでいた。読み進めるにつれ表情が険しくなり、眉間に皺が寄っていく。
「思ったより早かったな……」
クリスは重い口調で呟き、深刻さが声に滲んでいた。
机の上に置かれた封筒に押された蝋印は、懐かしいウォード家のもの。クリスが養子に来る前の家を示す印だった。




