106 お見合い相手について知りましょう
ネフィリア・ゼスタはゼスタ侯爵家の末子であり、上に二人の兄と二人の姉がいる。母親が西の国出身で、薄紅の髪は母親譲りらしい。
幼い頃は女の身で文官になると豪語し、学問書を読み漁った逸話を持つ人物だ。向上心が強く、文官にはなれないと知った時から将来の夫を支えるべく、幅広い学問を習得するために南の国、西の国へ留学し、有力貴族とも顔を繋いだ。
文字通り努力の人であり、二十歳となった彼女は尽くすに値する夫を見つけるため、王国に戻って来たのだった。
それがベロニカから聞いたネフィリアの人物像であり、エリーナは非の打ちどころのないことを知って力なく笑った。そこまで完璧なら、悪役令嬢になって攻めるのは難しい。
昼休みの食堂で、エリーナはベロニカと昼食をとっており、簡単に茶会のことを話してからネフィリアについて尋ねてみたのだった。二人は中二階にある個室を使っており、人目を気にせず話ができる。
「エリーナ。見合い相手に興味を持ったことは褒めるけれど、言われっぱなしなのは情けないわね」
ベロニカは優雅にナイフとフォークを操ってステーキを食べている。エリーナは軽食のサンドイッチだ。さすがは貴族が多く通う学園とあって、食堂のメニューは一流のシェフによるものであり、食材も厳選されている。
「はい……悪役令嬢にもなれませんでした」
しょんぼりと弱気なエリーナに、ベロニカはそこじゃないと眉間に皺を寄せる。
「ネフィリアさんは論理的で野心家よ。恐ろしく頭も切れるわ。前に絡んできた侯爵令嬢のように悪役令嬢っぽく啖呵を切っても、引き下がるとは思えないわ。彼女の論理を上回るか、気持ちで圧倒するかでもないと……」
エリーナは齧りかけのサンドイッチを皿に戻し、「はい」と小さく言葉を返した。見るからに元気のないエリーナに、ベロニカは表情を曇らせる。
「そもそも、クリスさんは断ったんでしょ? 何を暗くなっているのよ」
「そうですけど……ネフィリア様に言われたことが当たりすぎて、クリスに甘えすぎていたなって。色々と考えていたら、胸が苦しくなってきて……」
ベロニカはエリーナの皿にちょこんと乗った小さなサンドイッチに目を落とし、そしてパチクリと目を瞬いた。いつもよりずっと量も少ないが、何より……
「エリーナ。今日プリンがあったわよね。取らなかったの?」
「あ、はい……なんか食欲がなくて」
「重症ね」
ベロニカは信じられないといった顔をしていたが、すぐに面白そうに口角を上げた。
「まぁ、そこまで思いつめられるなら、次にいけるんじゃない?」
「次って何ですか」
分かったような口ぶりのベロニカに、エリーナは拗ねたような視線を送る。遊ばれているような気がしてきた。エリーナは「どういうことですか」と問い詰めるが、ベロニカにのらりくらりとかわされた。
そして時間が来たのでエリーナは諦めて授業へと向かったのだが、この日プリン大好きなエリーナが初めてプリンを食べなかったため、学生たちは何かの前触れかと震撼したのだった……。
そして家に帰り、手早く夕食を終わらせ湯あみをしたエリーナは自室に籠っていた。クリスを見ているとネフィリアの言葉が思い出されて苦しくなり、碌に顔も合わせられなかったのだ。鬱積した思いを抱えたエリーナは寝返りを打ち、ぼんやりと天井を見上げる。
部屋にはお嬢様シリーズのアロマが焚いてあり、サリーはリラックスできる香りだと言っていた。塞ぎがちであるのはサリーにはお見通しだ。
(私もクリスのために、何かがしたいわ)
プレゼントをあげるとかではない。何か、クリスに役立てることをしたいと思った。だが、商才も学も十分に持ち合わせていないエリーナにできることは思いつかない。
(……だめだわ。クリスの利になるところに嫁ぐくらいしか思い浮かばない)
しかし、クリスはエリーナの意思を優先しているため、本当にエリーナが自主的に選んだ婚姻でなければ喜ぶはずがない。それが容易に想像できて、エリーナは再び溜息をついた。
(クリスの幸せって何なのかしら)
そうぼんやり考えを巡らせば、すぐに「僕の幸せはエリーが笑って、幸せそうにしていることだよ」とクリスの声が返ってきた気がした。以前、それに似たことを言われた気もする。
(クリスも、ちょっと執着しすぎよね。嬉しいけど……心配になるわ)
そして思考はまたクリスのために何ができるかに戻り、堂々巡りの様相を見せ始める。いつまでたっても答えが出るはずもなく、エリーナは知らないうちに眠りに落ち、次に目を開けた時には窓から日の光が入ってきていたのだった。




