10 新しい家族に会いましょう
新しい家族が来ると聞かされてから、エリーナはどう挨拶するかを考えた。最初の印象は大切であり、意地悪な姉というインパクトを残さなければならない。
(あなたなんか、弟と思わないから! お姉様なんて呼ばないでよね! とか、いいわね。きっと泣かせられるわ)
好きなロマンス小説を読みながら、あれこれと考えを巡らせる。今までの経験と三冊目に到達した悪役令嬢ノートをもとに、セリフを考えていく。
(裏でネチネチと意地悪をするのもありだけど……面倒よね)
今までも義理の弟という攻略キャラがいたことは何回かあった。継母の連れ子であったり、後妻との間に生まれた子どもだったりしたが、いずれにせよ悪役令嬢は義弟を冷遇し距離を取っていた。そして、最後はヒロインとともに、華麗なるざまぁが返ってくるのである。
エリーナはすっと息を吸い、意地悪な表情を作ってセリフを口にする。
「馴れ馴れしくしないで! あなたなんか弟と思わないから、お姉様なんて呼ばないでよね!」
気分がすかっとする、いいセリフだ。心の中で自画自賛し、いくつかのパターンを試すエリーをサリーは部屋の隅で残念そうに見ていた……。
そうこうしているうちに、新しい家族と対面する時が来た。イメトレは完璧だ。
祖父に呼ばれ、書斎へと入る。伏目がちで入り、まずはドレスをつまんで礼をする。格の違いを見せつけなければと、美しく優雅な礼を見せつけた。
「初めまして、エリーナ・ローゼンディアナと申しま……す」
鈴のような声で挨拶をしたエリーナは顔を上げ、固まった。
「初めまして。僕はクリス・ローゼンディアナ。よろしくね」
祖父の隣りに立つ男の子は、エリーナよりもあきらかに年上で、赤錆色の髪に金色の目をしていた。少年の可愛さが残っており、成長すればさぞ美青年になること間違いない。
(えぇぇ! どういうこと!?)
予想とは違う新しい家族に目を飛び出さんばかりに開いているエリーナに、祖父は簡単にクリスを紹介する。
「縁戚の子での、年は十三だ。わしに何かがあった時は、この子がエリーの後見人となる」
徐々にショックから立ち直ったエリーナは、少しずつ頭を動かす。
(ひとまず、年上だったのは置いておくわ。あれ、おじい様の養子ってことは……)
浮かんだ疑問をそのまま口に出す。
「えっと、私のお兄様ですか? それともお父様?」
父ならすごく複雑だ。
祖父はクリスと顔を見合わせ、顎に手をやる。
「家に入ったことになるから、どちらでもよいが」
「僕としては、クリスと呼んで欲しいな。お兄様でもいいけど」
「わ、わかりましたわ」
なんとか意地で笑顔を保っていたが、エリーナは混乱状態に陥っていた。せっかく用意していたセリフも全て飛んでしまった。
呆然としているうちにラウルや主要な使用人が紹介され、クリスはエルディに屋敷を案内してもらうため、部屋を出ていった。
「お嬢様、ラウル様。お庭でお茶でもいかがですか?」
固まったまま動けないエリーナに、サリーがそう退出を促した。心ここにあらずの状態で、祖父に頭を下げて部屋を後にする。
先ほどから言葉を発しないエリーナを心配そうにラウルが見ているが、サリーはやれやれと溜息をついた。
「クリス様が年上で驚かれたんでしょう? 昨日、新しく来る弟に、どう悪役令嬢っぽく挨拶するか熱心に練習されていましたから」
「エリー様……仲良くしましょうよ」
サリーとラウルは呆れと憐れみが混じった目をエリーナに向けていた。それを見ずとも感じたエリーナは、頬を膨らませてずんずん歩く。その様子を見た大人二人は、まだまだ子供だと顔を合わせて苦笑するのだった。




