95 幸せのおすそ分けをもらいましょう
休日が終わり、放課後のサロンではエリーナ、ベロニカ、リズの三人が集まっておしゃべりに興じていた。この三人だけで集まるのは久しぶりである。リズはオランドール家で働いた分動きが洗練され、所作だけで見ればどこでも働けるぐらいになっていた。
ハーブティーのいい香りがサロンに広がり、心を解していく。お茶を淹れてリズがエリーナの隣に座ればロマンス小説茶会の始まりである。いつものように新刊の品評からとエリーナが口を開きかけた時、ベロニカがわざとらしく咳払いをした。どうしたのかと二人の視線が向く。
「わたくし、卒業したらジーク様と婚姻を結ぶことになりましたの」
ベロニカは少し照れた表情で、視線を逸らしながら早口で言い切った。めでたい知らせに二人はパッと喜びに表情を華やがせ、声を揃えてお祝いする。
「おめでとうございます!」
「まぁ、もともと決まっていたことだけどね」
心なしか声が嬉しそうで、二人も嬉しくなって心が温まる。
「とうとうベロニカ様が王太子妃になられるんですね。結婚式には必ず出席いたしますわ!」
「私も侍女として必ずパーティー会場に滑り込みます!」
「気が早いわよ」
「さぞ美しいお姫様になるんでしょうね」
そしてリズと結婚式の衣装やパーティー、その後の生活でひとしきり盛り上がり、恥ずかしさに耐えられなくなったベロニカから扇子の一撃をもらったところで、次の話題となった。
ベロニカは紅茶のカップをテーブルに戻し、少し憂いを含んだ瞳を二人に向けて話し出す。
「ねぇ、最近ジーク様の様子が変なのよ。頻繁に手紙をくれるようになったり、花を持ってきてくれたり……それに政治や歴史の勉強に前より力を入れておられて」
喜ばしい話のような気がするが、ベロニカの表情は曇っていた。それに対しリズは紅茶を飲みながら、思ったことを口にする。
「ご結婚されるから、ベロニカ様を大切にされているのではないのですか?」
「そうだったら嬉しいのだけど、なんだか何かに迫られているみたいな緊迫感があるのよ。妙に聞き分けがよくなって、ちょっと怖いわ」
エリーナは同じことをルドルフも言っていたなと思い出し、う~んと首を捻る。
「確かに以前のような奔放さが無くなったというか、我がままではなくなりましたよね」
「そう……実は、わたくしの婚姻と同時にエリーナを側妃に迎えるかも話題になったのだけど、ジーク様が反対をされたのよ」
「えっ」
これには二人して驚く。エリーナが側妃に迎え入れられそうになっていたこともだが、それよりもジークが反対したことに驚きだ。
「陛下が推進派でね……珍しく真っ向から対立していたわ。エリーナにその意思はないから、側室に迎える気はないって。見直したわよ」
(あ、会食の時に側妃になる気はないって言ったから……)
エリーナの知らないところで守ってもらえたようだ。エリーナの中でジークの株が上がる。ベロニカと幸せになってほしい。リズはう~んと唸り、難しい顔でカップの中の紅茶を見つめていた。
「ジーク殿下らしくはありませんが、きっといいことなんだと思いますよ」
リズはゲームでの俺様でわがままなジークを知っているだけに、違和感はぬぐえないが少なくともベロニカやエリーナにとってはプラスになっている。この先ストーリーがどう転ぶのか分からないが、ひとまず様子見だ。
その後いつも通りロマンス小説の品評会へと移り、新作について論じた。ベロニカは陛下との会食があるそうで早めに帰り、残されたエリーナとリズはお茶で一服してから帰ることにする。
少し静かになったサロンでリズはしみじみとベロニカについて呟いた。
「本当に幸せそうでよかったです。二人ならいい王と王妃様になれますよね」
両手でカップを包むように持つリズは、この時だけはプレイヤーだった前世の自分に戻っているようだ。侍女でも令嬢でもない、普通の女の子の姿で頬を緩ましている。
「そうね。ベロニカ様が幸せなのが一番よ」
「はい。最初はベロニカ様が怖くて、エリーナ様がジーク殿下とくっつけばいいのにと思っていましたが、今はこの形が最高だと思っています」
ゲームとこの世界は違う。キャラは一人一人が生きていて、その生き方に、選択に応じた今がある。
「えぇ。いい顔をされていたわ……ちょっと憧れちゃった」
きっとあれが恋人と幸せになる姿なのだろう。ロマンス小説では何度も読んでいたし、今まで悪役令嬢として見てきたヒロインもそんな顔をしていたが、友人の表情を見たことでエリーナの中で現実になった。
そうくすぐったそうに笑うエリーナを見て、リズは目を丸くする。
「エリーナ様! 今の顔すごくよかったです! 恋する乙女って感じでしたよ。その調子で本当の恋する乙女に進化しましょう!」
「リズ、つくづく貴女はわたくしを何だと思っているの!?」
失礼極まりない言葉にエリーナが鋭い声を飛ばせば、リズはえへへと笑ってお茶を飲んだ。笑ってごまかす気だ。
「プリンとロマンス小説が大好きなヒロイン未満の自称プロの悪役令嬢ですよ」
いや、ごまかさずにしっかり息の根を止めに来た。しかも言い返せないほど的確だ。
「悔しい! 私はプリンとロマンス小説を愛するヒロインもできるプロの悪役令嬢を目指すわよ!」
演技の幅が広がるのはいいことだ。エリーナがそう意地になって言い返せば、見つめ合った二人はどちらからともなく笑い声を上げる。それがなんとも心地よく、二人は片づけが終わると肩を並べてサロンを後にしたのだった。




