アデリーナ様の推察
私たちは村の位置を確認しました。でも、まだ森の中にいます。
「ダメだなっ! かなりの警戒だ。村の者が目を見張らしている」
偵察に行ってきたアシュリンさんがそう言う。
「昨日は、かなりの騒ぎになりましたものね。それに、メリナさんが森を焼きましたし。叫び声とかも聴こえたのでしょうかね」
声に関しては、お恥ずかしい限りです。認めたくありませんが、そんな記憶がうっすら有りました。
「私が行こう。任せろ」
エルバ部長が言う。
「大丈夫ですか? 小生意気なガキがあんな所にノコノコ行ったら殴られませんか?」
「メリナ、エルバ部長を何だと思っているんだっ! 仮にも調査部長だぞっ!」
「いや、アシュリン、仮じゃないからな。正式だからな」
エルバ部長がアシュリンさんに指摘する。なお、背の違いが凄くてエルバ部長はかなり見上げておられます。意図せずに上目遣いです。
「メリナさん、大丈夫です。部長の敏腕を見せて頂きましょう」
「アデリーナは分かっているな。さすがだ。よろしくね、みんな」
エルバ部長、最後、聞き間違いですかね。それとも、耳が悪くなったのかな。
とても可愛らしい年相応の声色に聴こえました。
……いえ、顔付きとかも変わって、とても子供らしいです。
「じゃあね、行ってくるね。ここで待っていてね」
エルバ部長は無邪気な感じで村に走っていった。
「何ですか、あれ?」
「さすが調査部長ですね。完璧に童女を演じておられますね」
演技ですか、あれ?
むしろ、先程までの偉そうな感じの方が演技ではないでしょうか。
「誰もあの子供を間諜とは思うまいっ! 更に一撃必殺の技も持っているのだからな」
私には負けましたけどね。
確かに皆、騙されるでしょう。初見からアレだったら、私も丁重に扱ったと思うわ。
「メリナさん、あんなか弱い子が巫女に見えないでしょ? しかも、森に一人で行くなんて言ったら止めるでしょう?」
あっ、ラナイ村の村長が「一人でノノン村に向かった」って言っていたのは嘘だと、アデリーナ様はあの時点で判断していたのか。
ラナイの前の村の「見ていない」っていうのが本当だったわけね。
トコトコと陽気な感じでエルバ部長が戻ってくる。
「村長はまだ村にいた。加えて、フロンと思われる気配も村長の家から感じた。ただ、誰にも気付かれずに、そこまで行けるとは思えないぞ。代官とその配下も来ていた」
戻ってきたエルバ部長が戻した口調で語る。
うん、やっぱり凄いわね。全然可愛くなくなったわ。
こっちが素なのか、さっきの子供らしいのが素なのか、知りたくなるわ。
いえ、今は巫女さんの救出が先です。
「まぁ、アデリーナが正体を明らかにすれば、すぐに捕らえられようとは思うな」
「王家であることを、外では余り出したくないのです」
「ふん、シャール伯との関係か」
エルバ部長の問いにアデリーナ様は頷く。
「なら、どうするんだ? お前たちは村長の家財を破壊し、更に奴隷という財産を盗んだんだ。今行くと、代官とも構えることになるぞ」
アデリーナ様はにっこり笑う。
「メリナさんを残して、私たちで村に近づきます。私が矢で合図したら、メリナさんはここで森を目立つように燃やしてください。もしも失敗したら、私が責任を取りましょう」
私の魔法で村の人を誘き寄せるのですね。
そして、その隙を突いて、アシュリンさんが村長の家に侵入。フロンさんとか言う人を救出。
エルバ部長が魔力感知という不思議な力で村の様子を探り、アデリーナ様が矢で脱出経路を示す。
合図は矢が一つで順調、矢が二つでアデリーナ様の所へ集合、矢が三つ以上で退避とのことです。
村に入るアシュリンさんが一番危険だけど大丈夫でしょう。あっ、伝えるのを忘れていました。
「ナタリアが言っていたのですが、村長の命令に逆らえなくなる事があるらしいのです。魔法かもしれません。気を付けて下さい」
「精神魔法の一種かしら?」
「それ程の魔力を感じないがな。まぁ、いい。村長の居場所は特に注意しておこう」
皆が配置に付こうと動き出す寸前に、アデリーナ様がぽつりと言う。
「……おかしいですね、メリナさん。私が術者なら、そんな大事な事は知らせません」
どういう事でしょうか?
「ナタリアの様に幼い人間でも意に反して操られたと認識出来ているのです。村の大人なら尚更です」
ん、まぁ、そうでしょう。
皆、嫌々ながらでも言うことを聞いているんでしょうね。
「そうか。普通なら村長の寝首を掻く、か。魔法は村で厳禁だ。少なくとも代官にチクる」
エルバ部長の言葉に、アシュリンさんも続く。
「村から逃げてもいいだろうな」
うん、私が村人の立場なら、魔物の一種に何かされたと思って、術が解け次第、退治するでしょう。
「それを村人達がしていない。更に交流がある隣村の人間も勘付いていないとなると不思議ですよね」
「代官とグルか。いや、思ったより高位な精神魔法で皆を操っているんだろうな」
「はい、その通りで御座いましょう。長時間に渡って支配できる、そんな魔法なんだと思います。代官については差し置き、魔法が厄介なのは間違いないでしょう」
アデリーナ様、賢いなあ。やっぱり王家の人です。あと、エルバ部長、何を調査されていたのですか。無能の極みですよ。
「で、何が変なんだ?」
自称天才のエルバ部長が尋ねた。組織的な立場上、よろしいのでしょうか。「それは私も知っていた」とかいう感じで体面を守られても構わないのですよ。
「そこまでの術が使えるという前提ですと、私が術者なら、ナタリアを虐待していることを言わせません。命令した通りに動かせるのであれば、術を掛けて、『お前が不快に思うことを他人に喋るな』と命令します。更に言えば、『村長が術を掛ける』などと他言させないようにします」
うん、アデリーナ様らしい、悪辣な考えです。日頃の行いからも滲み出ていると思います。
「考えすぎだろ」
「いいえ。これは誘われている気がします。エルバ部長、アシュリンがフロンさんを救出するまで、近くに誰かいないか、また、魔法発動による魔力の増大がないか、確認を厳重にお願いします」
「憶測に過ぎない」
「いえ、そうでないと、ナタリアは他人の命に関わる大切な事を村を離れた直後に伝えなかったという事実だけが残ります。しかも、その様な重要な事をメリナさんにだけ伝えるとは愚かすぎます。自己保身に過ぎると思いません?」
「分かった。いいだろう。そうだな、幼子であってもメリナに言うくらいならアデリーナに伝えるだろう。メリナの家で、術発動の何らかのトリガーがあったという事だな」
「はい。安心する、お茶を飲む、知らない人と喋る。何かは知りませんが、そういったものがメリナの家にあったのでしょう。でないと、私でなくメリナを選んだ説明が付きません」
ちょっとだけ私の心が傷付きそうなのですが、そこへのフォローは全くありませんでした。
皆、配置に付くため、村へ向かいます。
私はここで立っているだけです。さっきの会話も引っ掛かって寂しい気分になりつつあるのですが、頑張ります!




