長いものには巻かれろ
クソガキとの距離は数歩です。
魔法を唱えられたとしても詠唱完了までに殴り付けられるし、刃物を刺しに来ても迎撃できる。
このまま対峙を続けたとしても私は無詠唱魔法で虚を付ける。
つまり、既に勝っている状態です。
なので、無駄な戦闘は回避してあげましょう。クソであろうと幼いのです。後々、気分がよろしくありません。それから、アデリーナ様にバレたら完全に呆れられます。
何より、ナタリアのお姉さん召し使いを一刻も早く救出しないといけないのです。
「家に帰りなさい。私は行かないといけないのです」
「あぁ? 私も仕事なんだよ! お前が還れよ、土にな!!」
突っ込んで来ました。いえ、やり取りの突っ込みではなく、物理的な突撃の意味です。
鋭い刃物が私に向かってきます。
余裕で横に避けて、さあ、手刀で刃物を叩き落とそうとしたところで、ヤツが消えました。
後ろ!
葉を踏み込む音を頼りに、後ろ回し蹴りを瞬時に出します。空振りましたが、間合いを元に戻す事が出来ました。
幻影? 転移?
魔物かしら。面倒ね。
「気付くか、フツー。死ぬ前に言えよ、どこに雇われた?」
「スードワット様」
「ざけんなよ」
彼女はもう一度突っ込んで来ます。
私も前に足を進めます。
そして、リーチの長さを利用して先に顔面を殴りに行く。
当たる寸前にクソガキが消える。
分かっていました。
二度も同じ手に乗りません。私の手がお前に向かう前から視線を広げていますよ。
今度は左斜め後方に出現しました。
なるほど、私の心臓を背中から刺す気なのですね。
『私は願う。氷、氷。あいつの後ろ』
魔法を唱える。同時に、私は体を低く屈め、コマのように捻る。
氷の槍が二本、狭い間隔で地面に刺さったのを確認したと同時に、私は足払いをクソガキに繰り出す。
またもや、後方に跳ねて捉えきれなかったけど、ガキは出現したばかりの氷の棒に背を打って体勢を崩しました。足払いの勢いが良すぎて、すぐに私の視界から消えましたけどね。
「ギャッ!」
無様な叫び声ですこと。
私は真後ろの方向にヤツがいることを確信して、足を伸ばした低い姿勢から手の力も使って背面へ高く跳びます。そこから、体を伸ばしながら空中で一回転して、クソガキの脳天に蹴りを食らわせて差し上げました。
中々の大技でした。
ガゴッ! と、とても心地よい響きがありました。あと、ギャフンって情けない声もありました。勝ちです。
落ちている刃物は物騒なので、足蹴にして遠くにやります。クルクル回転して木に刺さりました。後で返しましょう。
目を覚ましたクソガキは、私を挑発的に睨んできます。
まだやるのでしょうか。明らかに私の方が優れています。戦闘力も性格も、何もかも。
「これ以上は殺しますよ」
もちろん、そんな事は思っていないです。あくまで脅しです。殺るなら、寝転んでいる時に殺っていますから。
「……目的は?」
「躾です」
「クソが!」
クソはお前です。親の顔が見たいですよ。
アシュリンさんみたいな人ですか。
あっ、アデリーナ様とアシュリンさんとも合流しないといけないかな。
「……アシュリンを連れてくれば良かったか。あいつ、声でかいんだよな」
クソガキが呟いたのを聞き逃しません。知った名前だったものですから。
どのアシュリンも大声でガサツなのかしらと微笑ましく思う前に、嫌な予感がしました。
「魔物駆除殲滅部……」
私は試しにキーワードを提示してみます。
「あぁ!? お前、アシュリンのバカまで調べているのか!?」
間違いなく、うちのアシュリンさんです……。嫌な予感の確率が上がりました。推定有罪です。オロ部長と同じパターンではないでしょうか?
「調査部長?」
「私を知っているんだろ! 早く殺せよ!」
えっと、どうしたら良いのでしょう。
いえ、今後もお世話になるやもしれません。正直に申しましょう。
「……私も……竜の巫女です……」
「あん? 所属は? ふざけんな。何のつもりだ!?」
「魔物駆除殲滅部です……。蛇のオロ部長とか知ってます……」
「……マジ?」
「マジ」
私の背後の空中に転移された調査部長様に私は脳天を叩かれました。
「エルバ部長、お詫びに昼御飯を一緒に食べませんか?」
「お前、謝罪が先だろ!?」
いえ、先に襲ってきたのはあなたですよ。
が、そこは組織の常。長いものには巻かれなくてはいけません。そう言えば、オロ部長には実際に巻かれて締め上げられそうですね。
「すみませんでした。まさか、部長がクソガ、あっ、そんな子供の姿だなんて思いませんでした」
「クソガって、ほぼ言ってしまってるだろ! ちゃんと謝罪しろよ」
「本当にすみませんでした。刃物を出すなんて思ってませんでしたし、お互い様かもしれませんね」
「いや、マジで素直に謝れよ」
「何度でも謝りましょう。脳天砕こうかなと一瞬思ってすみません」
「マジ怖いんですけど! いちいち、何か付け加えるなよ」
これは、ダメだわ。この人、根に持つタイプだわ。関係の修復は諦めましょう。
違う部署だし、調査部は私が異動したい先ではありませんし。更には、私にはオロ部長という心優しくて素晴らしい上司がいますし。
私は騒ぐ部長を置いて、よく焼けた犬蜘蛛に向かう。
いい匂いです。
足を一本引きちぎる。胴体から抜けるときに糸を引きました。とても食べ頃です。大きくて、私の腕ほどあります。
堅い殻も熱でヒビが入っています。手で剥いて、肉を出します。
直ぐ様にかぶりつきたいけど、どうしましょうか。
仕方ないわね。
私は手にした蜘蛛の足をエルバ部長に差し出しました。
「つまらない物ですが、どうか、これで怒りをお収めください」
「いや、マジでつまらんのだけど! 私に食えって言ってんのか?」
知らないの? 美味なんですけど。
私は食べて見せる。
「マジかよ……。蜘蛛を喰らう巫女はいかんだろ。絵面最悪だぞ……」
ちょっ、引きすぎですよ、部長!
私部長の閉じない口に蜘蛛の肉を入れてやった。
「……ウマイな……。蟹だ……」
分かって頂きましたね。




