魔力の塊
お母さんはラナイ村とは逆方向に村の中を進んでいく。
途中の道で隣のレオン君と出会いました。嬉しくて「よぉ」って言いながら、片腕を上げて挨拶しました。
「メリナ姉ちゃん、帰ってきたのかよ! もうクビになるなんて、スゲーよ! 冒険者って厳しいんだな」
うるさいよ。冒険者じゃないし、クビにもなってない。
「そっちの子は?」
「ナタリア。よろしく遊んであげてね」
「ああ。よろしくな、ナタリア」
すっと出されたレオン君の手をぎこちなく握るナタリア。微笑ましいです。
「じゃあな。また森に行こうぜ」
私に対してなのか、ナタリアに言ったのか分からないわね。レオン君的には、遊んでくれるなら、たぶん、どっちでもいいんだろうな。
そのまま走り去っていこうとするレオン君をお母さんが呼び止めます。
「レオン君、ごめんだけど、ナタリアちゃんを連れて村を案内してくれる?」
「あぁ、いいぜ」
偉そうにナタリアの手を牽いて、レオン君は水車小屋の方へ向かいました。まずは、あそこの天辺までよじ登れる俺、カッコいいだろ的なヤツをするんでしょうね。
お母さんと二人になって軽い雑談をしながら村を出て、森へ繋がる細い道を歩きました。目指す所は、少し森に入った所にある小屋らしいです。
古い横開きの木戸をノックしても中からは返事がないので、そのまま開けました。鍵もされていません。確か、ここは倉庫だったかな。
埃っぽいのに、意外に床には積もっていません。大人はよく使用している所なのでしょうか。
突然、お母さんが床を何回かリズムよく足でトントントンと音を鳴らしました。すると、部屋の角の床板がずれて、人の手が見えました。
「なんだ、ルーかい?」
ルーとはお母さんの名前です。
凄く嗄れた声で分かりました。相手は二つ隣のお婆さんです。
「異常はないよ」
「ええ。ちょっとお願いしたいのよ。少しだけ魔力を使いたいのだけど、いけます?」
「……あんたが言うんだったら必要なんだろ? いいよ。……って、メリナもかい?」
顔だけ出しているお婆さんに会釈する。すごくシワシワのお顔です。
「お久しぶりです」
「シャールに行ったもんだと思っていたよ」
お婆さんの手招きに従って、私とお母さんは床下に潜ります。梯子があって、それを順に下りました。
石壁が地下にまで設置してあるとは思っていませんでした。それに、下の方には青白く光る何かがあるようで、それが照明となっています。
部屋は結構広くて、テーブルと椅子が置いてありました。テーブルの上の皿にはパンや果物もあったりします。お婆ちゃん、グルメですね。
「で、何に使うんだい?」
「この子をラナイ村に飛ばします」
飛ばす?
「転送かいな……。術式はあんたにお願いしていいかい?」
「えぇ。大丈夫ですよ」
「ラナイ村くらい歩けば良いと思うがねぇ。勿体無いねぇ」
「急ぎなんです。メリナ、ここの事は秘密よ」
はい。でも、伝えようもないかな。全く何なのかも分からないわ。青白い何かは魔力の塊だと思う。お父さんが秘匿している「紳士のための女体の奇跡及び悦び」とかいうリアルタッチな絵本の横にあった難しい本の中に、この様な魔力の塊について書かれていたのを覚えています。
でも、どうして、こんな所で渦巻いて一ヶ所に集まっているのだろう。それに、これは村で管理しているのかしら。
不思議に思っていたら、お婆さんが私に言う。
「メリナ、この光は儂らの希望。口外はやめてくれな」
大事な物なのね。
「分かりました」
森の奥でうっすら感じる気配に似ている。でも、悪い感じはしないから、大丈夫よね。お婆さんは変な言い様をしたけど、元からボケ始めていたから気にしないでおこう。
「メリナは頭が悪いから、先に言っておくわね」
母親の言葉だと思えないというか、一番近しい人から見てのご意見だから、本当に私がバカみたいじゃないですか。
「この魔力は危険だから、絶対に触ってはダメよ。あなた、興味本意で変な事ばかりするのだから。もしも使いたくなったら、お母さんに相談しなさい。分かった?」
私は首肯く。
どんな感触なのか、手を伸ばそうとしていた事が分かったのかしら。さすがお母さんです。魔力に手触りがあるのか知りたかったのですよ。
「では、ラナイ村に行ってらっしゃい」
「うん。今度来るときはお父さんにも会いたいな」
「そうだね。楽しみにしているよ」
お母さんは言い終えると、真剣な顔になる。歳ほど老けてない顔が珍しく凛として、私は少し緊張します。
「ガァナラハ、ナハカタマァナ。マヤナリカマ、ナサナムガラ。タァラヤニカサハタァヤナマサソヤカ、ヤナハサヤラナイバシャックナマユナ……」
お母さんが喉の奥から何やら呪文を唱えます。全く何を言っているのか分からないし、長いです。ちょっと怖い。あと、床に映るお母さんの影がお母さんの体型じゃなくて、魔物みたいです。私の影も伸びて見えるから光源の為だと思うのですが、それくらい妖しげな雰囲気になっているという事でしょう。
青白い光の一部がフラフラとお母さんの手に移動します。それから、私の方にやって来て包み込みます。
「うーん、ラナイ村の近くの森に竜の巫女さんがいるわね。そこに移すよ」
お母さんが小さく呟きました。
アデリーナ様かな。
「よろしく。ありがとう」
「頑張ってね。ナヤマナフニマ、ハナサヤマカリャナアラナイムタナヌハサナヤ」
「ガァナマナ」
何となく、私もそれっぽく返事してみよう。
にっこり笑ったお母さんの顔と共に、景色が滲んで歪む。
やっぱり、お別れの挨拶が謎言語なのが悔やまれるわ。茶目っ気を出すんじゃなかった。「バイバイ」で良かったなぁ。




