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出現、お母さん

 頬を軽く叩いてみても、ナタリアは起きる気配は有りません。仕方がないので、足と首に片腕ずつ回して支え持ちましょう。いわゆる、お姫様ダッコです。


 方角を確認しようと後ろを見ると、通ってきた道があります。今回は直線ではありませんね。ちゃんと村の方へ曲がってくれたようです。さすが、聖竜様のお力です。


 見える山の形からして、この途切れた道の先ですね。ノノン村までもうすぐだ。



 前に向き直し、私が一歩踏み出した所で、ぞわっと背筋を不快感が走る。


 殺気? 何かいるの?

 こんな村の近くで魔物?

 ナタリアを守りつつ、且つ、この疲労の中か……。



 どこから?

 私はナタリアの扱いにも困る。地面に下ろしている隙に襲われる可能性が高い。かといって、猿の時のように棍棒代わりにナタリアの足を持って武器として振り回すのもどうかと思うのよ。間違いなく、ナタリアが死んでしまうわ。




「あら、メリナ?」


 あっ、お母さんだ。

 木陰の後ろからの鋭い眼光が見えたと思ったら、お母さんでした。優しい笑みを湛えながら、ひょっこり出てきました。さっきの凄まじい威圧感はお母さんだったんですね。納得です。



「何をしているの、こんな所で?」


「仕事で立ち寄ったのよ。でも、すぐにラナイ村に戻らないといけないかな」


「その子は?」


 お母さんはナタリアを見る。


「ラナイ村の村長のとこの奴隷さんです」


「まぁ、顔が白いわ。とても怖い目に逢ったみたいね。早くお家で寝かせてあげないと」


 えぇ、疲労困憊なのでしょう。




 10日ぶりの我が家です。

 お父さんは農作業に出ていてお留守でした。

 

 お母さんがお茶を入れてくれる。ナタリアは二階の私の部屋で寝ています。いえ、今は元私の部屋か。


「お母さんはどうしてあんなとこにいたの?」


「えぇ、森から雄叫びが聞こえたのよ。で、様子を見に行ったらあなたがいたの」


 雄叫び……。私ですよね……。

 お母さんも気付いています?


「あの火炎魔法と凶暴化の魔法、使っちゃダメって言ったわよね?」


 完全に承知されておられましたか。

 軽く頭をコンと叩かれました。


「あの女の子のためでしょうから、許してあげるわ」


「ありがとう」



 私は持ってきたお土産を渡す。


「まぁ、美味しそう。メリナも大きくなったものね、ありがとう。近所にもお裾分けするね」


 お母さんは中身が箱の片側へ散々に寄っている事には触れない。短い言葉にも愛情を感じます。


「いつラナイ村に戻るの?」


「上司からは出来るだけ早くって言われてる」


 私はお茶を口にしながら答える。


「お仕事、大変そうね」


 いえ、仕事してないです……。本当にすみません。


「そうだ。ノノン村に竜の巫女さんは来てない? ラナイ村の村長が言っていたんだけど」


「来てないわね。巫女さんが道を歩いていたら、村の人間も気付くでしょうね」


 お母さんは私のお土産を皿に出す。小麦を蜂蜜と練って棒状にしたヤツ。シェラのお薦めです。


 うん、美味しいわ! バラっぽい香りも付いていてお上品です。



「ノノン村って、元奴隷の人が作ったの?」


「えっ。最初に開拓した人たちはそうかな。よく知っているわね」


「それもラナイ村の村長が言ってた。……お母さんも元奴隷?」


「違うわよ。私はメリナを育てるために、ここに来たの」


 お母さんは笑いながらそう答える。



「あっ、起きたわね。ちょっと見てくるね」


 お母さんは二階に行った。全く物音は聞こえなかったけど、お母さんは凄いです。




 ナタリアは怯えている感じでしたが、お母さんのお茶を飲むと落ち着かれました。


「この子を預かっていればいいの?」


 察しの良いお母さんは、私が伝える前に用件を分かってくれていた。私は首肯く。




「ナタリアちゃん、ごめんなさいね。メリナが無茶したんでしょ」


「ここは……メリナ、さんのお家?」


「そうよ。当分はあなたのお家でもあるのよ」


 お母さんは、長期間でも預かってくれるみたいだ。安心です。



「そう、メリナは盗賊に襲われて、それを撃退したんだ。凄いわね」


「でも、弱かったよ。うちの村の人なら一人で勝てそう」


「油断してはダメよ。毒を盛られたりするんだから」


 その言葉にナタリアは体をピクリとさせる。


「ごめんなさい。……私、毒をメリナに飲ませました……」


「いいのよ、ナタリアちゃん。無事生きてるんだから」


 その通り、いいんです。でも、お母さん、あなたも即答でいいんですか? 可愛い愛娘の危機だったのですが。


「村長に命令されたら、逆らえないんです……。私だけじゃなくて皆……」


「皆? 例えば、お隣の人もかな」


「……うん。……たぶん」


 魔法かな。


「ナタリアちゃんは、とりあえず、この家でゆっくりしてなさい。丁度部屋も空いているから、いつまでも居ていいのよ」


「……でも、戻らないと……」


 ナタリアは目に涙を浮かべています。


「戻りたいのなら、送らないとね」


 いえ、お母さん、そこは伝えないといけませんね。


「ダメっ! あの村長さんはナタリアを『それ』って呼んでた。ここにいた方がいいよ」


 絶対、この村に居た方がいいです。


「でも、私が居なくなったら……。お姉さんがいじめられる……」


 お姉さんと言うのは、別の召し使いさんの事でした。詳しく聞くと、ナタリアが粗相をすると村長さんが別の召し使いさんに色々するらしいです。


 えぇ、ナタリアは小さいから分からなかったのでしょうが、お父さんが隠し持っている絵本みたいな色々です。上半身裸で仕事させるとか、それ以上の事とか、最低野郎です。ついでにお父さんも不潔野郎です。


 お姉さんが仕事で失敗すると、ナタリアが裸にされるそうです。でも、聞いた感じだと、ナタリアが幼いためにそれ以上は無さそうで、お姉さんを精神的に加虐するためにナタリアを利用しているのではと思います。


 召し使い二人の仲が良いのが、まだ幸いですか。いえ、お互いが気遣って逃亡できなくなっているみたいなので、見えない鎖になっているのかもしれません。

 


 お母さんは、一つ深く溜め息を吐きました。


「メリナ、任せたからね」


「はい!」


「見送るわね。行きましょうか」


「……うん」


 もう少しだけ村に居たかったなあ。

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