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今晩の用意は私が致します

 かなり時間が経ったのに、私たちはまだ山の麓にも辿り着いていません。雨が降って足止めとなってしまったのです。今は止んで陽も出てきたのですが、今日はここまでとなりました。



 なので、アデリーナ様が指示を出します。


「予定を変更しましょう。メリナさんはナタリアを連れてノノン村に向かいなさい。私とアシュリンは戻ってエルバさんの探索を再開します」


「大丈夫なのですか?」


 村の人たちは気が立っているようでした。村中に入ることは叶いませんよ。


「ノノン村に着き次第、私の側に転移しなさい」


 簡単に無茶を仰らないで下さい。


「アデリーナ様、私は転移魔法は扱えません」


「なら、最速で私の下に駆けつけなさい」


「メリナっ! 貴様は自分の任務のみを考えろっ! ナタリアを安全なところに置き、前線に戻ってくる。軽易な事だっ!」


「……いえす、まむ」


 まぁね、アシュリンさんがいれば、よっぽどな事はないですものね。




 さてと、今夜の寝床を用意しないといけません。

 でも、大丈夫です。周りにいっぱい素材があります。地面は炎で乾かせば良いのですしね。


「皆さん、ゆっくりして下さい。今晩の用意は私が致します」


「メリナさん、よろしくお願いします。確かに、こんなに歩いたのは何年ぶりでしょう。メリナさんも大変でしょうから、食事は簡単なもので大丈夫ですからね」


 お任せ下さいっ!

 久々の我が森です!! 僭越ながら、張り切らせて頂きますっ!



 皆が休んでいるところから少し離れて、私は作業を開始する。



 まずは地面を魔法で焼きます。それから濡れていなさそうな落ち葉をいっぱい集めて山盛りにします。


 はい、布団の出来上り!

 ちゃんと人数分を用意しました。



 さて、次はご飯の用意です。

 両親や村の皆へのお土産を持っていますが、これは食べません。大切に持って帰るのです。


 それに、私はここまでの道中、そんなに歩いていませんが、食べられる草とキノコを摘んでおります。大きなドングリもその辺りに落ちていますよ。

 これで行けます。お腹、いっぱいです。


 もちろん、全部、魔法で軽く焙っておきましょう。ほら、ドングリから香ばしい薫りが立ちました。



 私はきちんと数えながら、草とキノコを一本一本、地面に並べていく。一人当り、草が10本、キノコが2個です。大きな緑の葉っぱをお皿にしますかね。

 アデリーナ様には、おまけして、草を3本追加しましょう。

 あと、ドングリはいっぱいあるので、皆がお好きなように食べられるように真ん中に置きます。



 あっ、水か。

 魔法で出せば良いのだけど、器がありません。困りました。アシュリンさんの水筒を借りるのは、一つしかないので回し飲みになってお行儀が良くないと思うのです。


 おっ!

 いいのがありました。

 枝の先が長い壺状になった植物が生えていますね。


 蓋が開いたものは中で蟻が死んでいる時があって気持ち悪いのですが、蓋の閉じた若い壺に入った液体は問題なく飲めるはずです。


 この草を何本か、根っこから引き抜いてドングリの横に移植します。これで、座ったまま自由に壺から水分を取ることができます。

 完璧です。


 今宵の準備、出来ました。



 都会の生活と比べると若干貧相ですが、ここは大自然の中ですからね。

 こんなものでしょう。



「皆様、用意が整いました」


「まぁ、とても手際がいいのね。見直したわ。そういった家庭的な魔法も使えるのでしょうか? メリナさんは良い妻とおなりになられそうですね」


 向こうから聞こえる、アデリーナ様の驚かれる声が心地よいです。




 私が心を込めて準備した食事を見て、彼女から違う響きの驚きを頂きました。


「……これは……」


 絶句ですね。



「メリナ、食虫植物が山盛りのドングリを囲んでいる事には、どんな意味があるのかっ!?」


「意味ですか? 特にないですよ」


 皆様が快適に食事できるようにとの配慮ですけど。そういった意味なら有るとは言えますが。


「そうか、怪しげな茸や草も規則正しく並んでいるから、蛮族の呪いかと思ったぞ」


「アシュリン、蛮族に失礼です……」


 なっ!?


「この壺から水が飲めるんですよ?」


 私は一つ壺を捥いで、中の水を飲んで見せる。ほら、凄いでしょ?


「うわぁ……」


 ナタリアさんが短い言葉と共に少しだけ後ずさったのが気に掛かります。


「メ、メリナさんにお願いしたのは私ですものね。暗くなる前に有り難く頂きましょう」


「はいっ!」


 私たちは車座になって、食事を取る。



「このドングリ、行けるなっ! シャール近くでは見ない種類だ」


 アシュリンさん、ありがとうございます。

 焙ることで、皮も剥きやすく、甘くもなるのですよ。


「確かに、そうですね。すぐ横に生えている食虫植物が目障りですが、食べられないことはないです」


「そうでしょ! このドングリが一番美味しいんですよ。年がら年中落ちていますし。虫が入っているのが当りですよ。クリーミーです」


「聞きたくありませんでした。その当りはどれですか? 褒美としてメリナさんに差し上げますから」



 ぶつくさ言いつつも、皆はドングリを堪能してくれた。


 黙ったままだけど、ナタリアも食べています。お水も必要でしょう。壺を取って差し上げました。さぁ、お飲みになるがよろしくてよ。

 


「……メリナさん、これは日頃の意趣返しでしょうか。私の前に有る、ひょろっとした草の数が多い気がするのです」


「いえ、アデリーナ様への感謝と尊敬の証です」


「……殺したいわね。素材の味を活かしたと言うより素材そのものを食べさせられるなんて思ってもいなかったわ。いくら噛んでも繊維が残るし……。そもそも、これ洗ってないんじゃなくて?」


「あっ、忘れてました」


 アデリーナ様は皿にした葉っぱごと、後方に草を捨てられました。

 ナタリアも悲しそうな顔をしました。そうですね、アデリーナ様はお行儀が悪いです。そう思って、悲しくなったのですね、ナタリアは。私の草を一本あげましょう。


 アシュリンさんは流石です。キノコも含めて完食して頂けました。

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