森へ逃げる
アシュリンさんの誘導で村を駆け抜ける。できるだけ人目に触れないようにコースを選んでいるようだったけど、村長の家は村のど真ん中。どうしても見つかってしまう。
「人攫いだっ!!」
「竜の巫女様を騙る、不貞な奴らだっ!!」
「キャー! こっちに居たわよ!!」
「また偽の巫女か!?」
「捕まえて殺してしまえ!!」
「出口を塞げ!」
「裸にして燃やせ! 燃やせ!!」
とてもアグレッシブな掛け声も頂いております。
アデリーナ様は動きにくそうな巫女服なのですが、軽やかに走っておられます。アシュリンさんと闘った時にも思ったのですが、その巫女服は伸縮性が非常に良いのですね。
私が抱えている女の子は暴れたりはしません。しかし、どうしても走っている内に体がずれて落としそうになります。なので、肩車にしました。
相手に強い人はいなかったようで、私たちは何事もなく村の外の森にまで辿り着き、そこに身を隠すことが出来ました。
私は最初に魔法で水を女の子に出して差し上げました。解毒は終わっていますが、何せ毒がなくとも体に異変をもたらしそうなくらい辛かったですから。私と違って飲み込んでますし大丈夫かしら。
女の子の顔色から痛みとかを我慢していないことを確認して、私はアデリーナ様に進言する。
「あの村を焼き払いましょう。聖竜様の火炎魔法で。絶対に証拠は残しません。絶対にです」
「本当に止めて下さいね。恐ろしすぎる発想力ですよ。間違っても、実行してはなりません」
でも、あれだけの敵意を見せられたら、やっても良いのではないでしょうか。
「でも、その子を運んだのはお手柄でした」
おぉ、そうですか。お褒め頂きありがとうございます。
「素晴らしい肩車だった! 私との経験が活きたなっ!」
はぁ? アシュリンさん、何を言っているの。
「アシュリンさんより、遥かに軽いですよ」
「クハハ、誤差範囲だろっ!」
言いながら、私の脛を蹴りやがった。
「どうして、あなたは毒を自ら飲んだのですか?」
アデリーナ様が女の子の目線までしゃがんで訊く。
私が飲んでいたら、こんな感じじゃないわね。
呆れた笑いを浮かべながら「メリナさん、もっと飲まれて、いっそ昇天されてもよろしかったのですが」とか言いそうなのに。
「……ごめんなさい、ごめんなさい」
小さい声で謝罪しながら、女の子は泣き始める。決してアデリーナ様の柔らかい笑顔に潜む内面の怖さを感じ取った訳ではないのです。
安心して感情が出てきたのよね。私も聖竜様を滅ぼしてしまったと勘違いした時は、ぐしゃぐしゃに涙と嗚咽が出て来ましたもの。
私は周りを警戒する。村人が追ってきていたら面倒だから。でも、足音とかはしないわ。
「水を飲めっ!」
アシュリンさんが強引に水筒を女の子に上げる。それで、少しだけ落ち着いてくれたかな。
もう少し森の奥に移動した頃には、女の子の涙も乾いていました。
女の子が細々と言うには、村長に言われるがままに、お茶やグラスに透明な液体を入れたり、塗ったりしたのだそうです。
アデリーナ様から毒薬と指摘を受けた際に、竜の巫女様にそんな事をしてしまったのかと心底怖くなり、死んで詫びようとしたのです。
なお、私がお酒と思った何かを吹き出した時は、何か、清めの儀式だと思われていたそうです。
人の家でお酒を撒き散らす、そんな迷惑な行為は聖竜様の教えにありません。
「この子は奴隷なんですか?」
私はアデリーナ様に確認する。初めて奴隷を見ます。もっと汚い格好で扱われているのかと思っていました。冒険者のニラさんの方が粗末な服装ですよ。
「そうです。その腕輪が証拠です。奴隷用の拘束具ですね。主人の命令に従わなかったら、強く締まるんですよ」
「そうなんですね。破壊します」
ちょっと固そうだけど、これくらいは出来ます。
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
歯を食いしばって全力で両側から引っ張ったら、鉄で出来た輪っかを引き千切る事が出来ました。
「……目を疑います。メリナさんを捕らえるには、もっと高級な物が必要なんですね」
「酒で釣ればいい」
アシュリンさん、お酒で私を縛る気ですか。……うん、たぶん、大丈夫よ。飲んだ上で逃げるわ。
「ふう、エルバさんを探す前に、この子を何とかしないといけませんね。あなた、お名前は?」
「……ナタリアです」
「奴隷になる前はどこにいらっしゃいましたか? あと、辛い想い出かもしれませんが、ご両親は?」
アデリーナ様は女の子、ナタリアに優しく問い掛ける。
「バンディールという所で……お父さんの畑を取られて、皆で奴隷……。でも、どこに行ったのか分からない……」
「バンディールね。お父さんとお母さんのお名前は?」
グレッグさんの故郷じゃないですか。
「ア、アイゼルとドロレス……。あと、弟がアンセル……」
涙を堪えているのが分かります。名前と一緒に顔も浮かんでくるものね。
「分かりました。私があなたを思い詰めさせた一面もあるのですから、その詫びをお約束致します。アシュリン、エルバさんを見付けたら、今回の手間賃として、ご両親の調査をお願いしましょう」
「あぁ、分かった」
「死んでたら、どうしよう……?」
「それはそれで、ちゃんとお祈りしてあげないといけませんよ」
厳しい事実であっても、そのままお伝えするのですね、アデリーナ様。酷です。
私たちはナタリアの気持ちが鎮まるのを待つ。何となく、私はまた手を繋いであげた。
「メリナさん、ノノン村まではどれくらいですか?」
「歩くんですよね? 森を抜けるのに最短でも半日くらいは掛かるかと思います」
特にナタリアの幼い歩みでは遅くなるでしょう。今からだと明日の朝、昼くらいになるかも。
「夜の森は大変ですね。が、仕方ありません。アシュリン、道は分かりますか?」
訊かれたアシュリンさんは即答でした。
「ノノン村を知らん」
どうもシャールでは知られていないみたいですからね。
「メリナさんは?」
「逃げるときに山が見えましたよね? あの山の向こうです」
「では、行きましょう。で、どっち?」
えぇ、周りは木ばかりで山どころかラナイ村さえ見なくて、方向が分かりませんものね。
「さっきの家の窓から見えた山か?」
アシュリンさんが私に尋ねる。
「そうです」
この辺りにある山はそれしかありません。
「ちょっと待ってろっ!」
アシュリンさん、がしっと周りで一番太い木の幹に足を引っ掛けたと思ったら、一気にジャンプした。で、重力に負けそうになったところで、また幹を蹴って上へ登る。枝がある所まで来ると、後は猿を倒した時みたいにピョンピョン跳ねて行きました。
凄いな、アシュリンさん。身軽だわ。
私にも出来るかな。
試してみたけど、コツが分からないわね。滑り落ちちゃうわ。靴は同じなのになあ。
飛び降りて戻ってきたアシュリンさんが「大体分かったっ!」と言って先頭を歩き出しました。




