グラスを手にグイッと
アシュリンさんに連れられて、私は村長さんの家の井戸から水を取り、嗽をする。
「あ、アシュリンしゃんにゃ、は、ありぇがお酒じゃ、にゃいってしゅって、おお、おりゃりぇるたのでしゅきゃ?」
うー。まだうまく喋れないよ。ひどいわ。口の中が麻痺してる。
「くははは、アデリーナがやることだからなっ! 何かあるとは思っていたぞっ!」
知らなかったということですね。
それから、アシュリンさんは魔法を唱える。村の中なのに。
『我は願い請う。縁深き、青き山。その頂に住まし大いなる雲雀の影。陰りし、その鳴く声に我は清らかに動かざらん。啄まられし骨粉、浸れりし花弁。歯牙は折れて暗涙に噎せん』
私に何かを掛けたみたい。
「……強制禁酒魔法ですか?」
「何だ、それは? メリナはバカだなっ!」
アシュリンさんには言われたくないわ。
「解毒だ。メリナ、毒を盛られていたぞ」
なっ!
アデリーナ様、辛いだけでなく、毒まで入れていたのですか!? やり過ぎで御座います!
部屋に戻るなり、アデリーナ様が笑う。
「聞こえましたよ。強制禁酒魔法」
地獄耳ですね。
「……アデリーナ様、毒は余りに危険かと思うのです……」
「あなたがその程度で欲しいものを諦めるとは思っていませんよ。盛ったのは私ではありませんがね」
「アシュリンさんでしたか?」
「あの女の子でしょう。グラスに塗ってありました。お気付きになられませんでしたか?」
あの女の子!? 信じられません。
何のために?
「グラスの縁に滑りが見えました。メリナさんと私の経験の差ですかね。さて、相手はどう出てくることやら」
もう一度アデリーナ様は笑う。今度は口の端だけを歪める、怖い笑顔だ。
「メリナさん、さっきの小さな女の子でも殴ります?」
何を言うのよ。私でも、それはさすがに出来ません。
私は黙って首を横に振る。
「良かったわ。アシュリン、捕まえて来て下さいな」
まさか、アデリーナ様、仕返しのために私が毒を盛った彼女を攻撃すると思われたのですか。
いえ、確かに身の危険はありましたが、そこまでの非道は働けないです。
アシュリンさんは「任せろっ!」って言って部屋を飛び出した。あの人こそ、無理矢理に連れてきそうで危ないわよ。
で、アシュリンさんは村長さんとともに女の子を連れてきた。良かった、暴力沙汰にはならなかったのね。村長さんは保護者として付いてきたのかな。
アデリーナ様がいきなり直球で切り出す。
「村長、そのお酒に毒を盛られました。あなたは奴隷にどういう教育をされているのですか?」
いっ。この女の子、奴隷ですか?
小綺麗な格好をしているのに。
「まさか。何を仰るのですか」
「では、それをお飲みください」
アデリーナ様がグラスを手にして、ぐいっと村長の目の前に出す。
ちょっと間があって、部屋に沈黙が走ります。
で、アデリーナ様のお手からグラスが消えました。
予想外に女の子が奪い取って、一気に飲んだのです。
倒れて痙攣する女の子。
直ぐ様にアシュリンさんが解毒魔法を唱える。村長がいますが、今は緊急事態でしたもの。村内で魔法を禁止されているとか言っている場合ではありません。
「お分かり頂けましたか?」
部屋にアデリーナ様の冷たい声が響く。
「……これは……」
村長さんは言葉を失う。
女の子はアシュリンさんのお陰で無事です。無事ですが、この子も無茶をするわね。
女の子は震えていたので、私は手を握ってあげた。視線は村長に向けながら、だけど。
「代官様に報告させて頂きます! 何の目的か知りませんが、私の物を傷付けるとは巫女様であっても許される事ではありませんぞ!!」
村長さんは叫ぶ。アデリーナ様もアシュリンさんも怯まない。もちろん、私も。
そもそも、その子が勝手に飲んだのですよ。すごく強引な言い様です。
「それも返してもらいますぞ!」
それって、この女の子の事ですか。
私に向かってきたので、女の子を背に隠す。睨み付けてやったら、村長の動きが止まって面白かった。
「あなたの物である前に、私の物なのですよ」
アデリーナ様、王家の方が言われると正しくその通りなのですが、身分を明かさないと意味が分かりません。
「聖竜の巫女だからって生意気を言いやがる! その傲慢さが気に食わない!」
ほら、要らぬ誤解を受けてしまいました。聖竜様に謝って頂きたいです。
「そもそも蜥蜴を敬うなど、反吐が出るわ!!」
あぁん? 本当に反吐を出させてあげようかしら。ってか、やっていいですか?
「誰か、来い!!」
村長が大声で呼ぶ。大きいとはいえ、そこまで遠くに届くとは思えなかったのだけど、村の人達がわらわら集まって来るのが音で分かります。
「こいつ、殺りますか? 殺りますね」
私はアデリーナ様に一応訊く。
「とんでもなく恐ろしいことを言うわね。シャール伯爵と一悶着したいのかしら。……逃げるわよ、アシュリン、メリナ!」
「了解っ!」
アシュリンさんが思いきり壁を蹴飛ばす。それは只の蹴りじゃなくて衝撃波みたいなものが出て、人が通れる大きな開口部を作った。他人の家を破壊してるんだけど、村長さんの家だから全く良心が痛まないわね。
必要はないのに、私も別の壁を殴って同じように開口部を作ってあげました。時間があれば、大きな東屋に仕上げてあげるのに。
唖然とする村長を放置して、アデリーナ様とアシュリンさんは既に外に出ています。
私も続こうとしたのだけど、女の子が動かない。
どうしたの? あんなダメそうな御主人様でも恩義を感じているのかしら。
「早くなさい、メリナさん」
アデリーナ様が私を急かす。
仕方ないわ。
私は女の子の手を引っ張って一緒に外へ出た。そして、脇に抱えて走る。両親へのお土産も忘れずに。




