ラナイの村に着きました
見廻り兵を呼ぶために、以前と同じように火球魔法を空に向けて放つ。
でも、来たのは鍬や鋤で武装した村の人達でした。
「皆さん、私達はこの盗賊たちに襲われました。見知った顔が、この中におられますか?」
アデリーナ様が問うと、村人たちは震えながら顔を横に振る。
村人さん達は、アシュリンさんが治療したとは言え、ひどく火傷を負っている盗賊どもを見て怯えた感じです。私の村の人たちなら、こんなの日常茶飯事とまでは行かないけど、慣れているんだけどな。この辺りは、まだ治安がいいのかしら。
「では、処刑しますよ?」
えー、アデリーナ様、そうなら、最初から焼き殺しましょうよ。
「メリナさん、やっておしまいな――」
「お待ちください! 巫女様のお手を汚させるなど末代までの恥。お代官様にご連絡しますので、村に連れ帰らせて下さい」
村長さんが止めに入ったわね。アデリーナ様もこれを期待していたんでしょう。
でも、10人近くいるのよ。ご飯の用意だけでも大変じゃないかな。減らした方が良いかなとか思うんだけど。
アデリーナ様は、そのまま彼らを渡した。私はちょっと不満。
彼らが去った後、私達はまたラナイの村に向けて出発する。
「アシュリン、どう思いますか?」
アデリーナ様が馬車を進めながらアシュリンさんに訊く。
「雨はもう止んだ」
さっきから雨の話が多いな。それ、何かの符号でしょう。
「雨って、戦闘の事ですか?」
私は直接訊く。
「そうですよ。もしも相手に耳の良い人がいると困るでしょ。だから、メリナさん、あなたも雨と言いなさいね」
「先に教えて下さい。あとお腹が空きました」
「貴様は演技が下手だ。敵に察せられる。あと、飯は食べたっ!」
ぐむむむ、その指摘はずっと受けるわね。心外よ。ご飯は、まぁ、食べましたよね。こちらはお酒のためのフェイクです。
「見ろ、今も悔しそうな顔をしているっ!」
そうなの?
私は自分の顔を引っ張ったりして元に戻そうとする。ほら、いつもの笑顔になりました。
「さっきの盗賊たち、村の人達じゃなければ良いのですが。じゃないと、私の立場上、村全体に処罰を与えないといけません」
アデリーナ様がそんなことを呟く。王家としての立場でしょうか。
「それにしても貧弱な者共だったな」
えぇ、アシュリンさんの言う通りです。
「えぇ、盗賊にしては弱すぎるのよね。しかも、巫女を襲うなんて大それたことをしている割にはお粗末な感じでしたし。……村の者だとすると、ややこしくなりそうです。代官の不祥事ですので、ひいては伯爵の不始末。それに、もし村人ならメリナさんが村を壊滅させそうですし」
私への評価が異常者そのものなんですけど。
いくらなんでも、無関係な人を傷付けませんよ。
「そっか。その時は、いっそのこと、メリナさんにお酒を与えて暴れて貰うのも良いかもしれませんね。ほら、メリナさんのお顔、可愛いから、恩情があるかもしれません」
お酒の案は非常に良いのですが、村を襲うのは無理です。
「メリナっ! 酒はダメだっ」
はい……。後ろにあるのにな。
「……アシュリン、もしかして、メリナさんはお酒に反応してますか?」
「あぁ。視線が鋭くなっていた」
えっ、マジですか?
「ふーん。メリナさん、まだお酒に拘ってるのですね」
ちょっ、アデリーナ様、勘付かれました? 私がお酒の瓶を狙っていること。
お昼前にはラナイの村に着きました。
ここでも巫女服を着たアデリーナ様に対して、肥えた村長さんが皆に呼ばれてお出迎えされていました。
「最近、この辺りは野盗が出ますか?」
雑談の中でアデリーナ様が村長に尋ねた。
「出ないという訳ではありませんが、最近は聴かないです。聖竜様のお陰です。どうか致しましたか?」
「それは結構な事です。いえ、私たちの同僚を追っておりましてね。この辺りに来ていると聞いているものですから、少し心配したのです。この数日で竜の巫女を見ておられません?」
「えぇ。一日お泊まりになられて、更に森の方面へ行くと言われました」
森となるとノノン村の方向かな。
「森ですか? 何かあるのですか?」
「抜けた先に開拓村が幾つか御座います。魔物が多い土地なので、我らは立ち寄らないのですが」
「開拓村?」
「えぇ、30年ほど前から解放奴隷を中心に森を開いています」
えっ、そうなの? 私の両親も元奴隷?
「森の手前でなく、森の向こうに? そんな所を開拓ですか。不思議ですね。どういった事情でしょう?」
「そこまでは私どもには分かりませんので、ご勘弁を」
「えぇ、そうで御座いますね。しかし、その巫女は、本当にその森を抜けて開拓村に行かれたのでしょうか?」
「はい。確かにそう仰っていました」
「あなたが本人から聞いたのですか?」
アデリーナ様、ちょっとしつこいですね。
「はい。村を出る際に巫女様から聞きました。お一人で向かわれました」
「そうですか。ありがとうございます」
アデリーナ様は、にっこり笑って話を終えられました。
なのに、村長さん、最後は詰問ぽくなっていたから額に汗をかいてるよ。お気の毒に。アデリーナ様は底知れぬ迫力を感じるものね。王家たる所以でしょうか。
「しばらく逗留させてくださいね。一番立派な、あなたの家が良いです」
遠慮もありません。
「すぐに向かわれないのですか?」
「疲れました」
確かにそうですね。ゆっくりしたいです。
村長さんの返答を待たずに、私たちは馬を馬車から離し、自分達の小荷物を携えた。
「では、よろしくお願いします」
村長さん、すみません。お世話になります。




