追随を許さない
朝からラナイ村に向かう。
昨日のアシュリンさんの聞き込みでは、巫女さんは見ていないとのことでした。エルバ部長は馬車に乗ったまま素通りされたのでしょう。私もシャールに向かう際には先ほどの村には寄りませんでしたから。
何か手懸かりが道中にあるかもしれないと言うことで、アデリーナ様は普通の速度で馬を御している。なので、荷台には幌を付けております。日射しが遮られ、お尻も痛くなくて最高です。
「アシュリン、昨日からメリナがおかしいのよ」
金色の髪を風に靡かせながらアデリーナ様がアシュリンさんに言う。すぐ横に私がいるのに。
「メリナはいつもおかしいぞ。気にするなっ!」
本当に失礼ね。お酒の魅力が悪いのよ。
「そうですけど、何て言うか、態とらしいおかしさというか違和感が御座いまして」
鋭いです、アデリーナ様! さすが、人の上に立たれるお方です。私、メリナは感心致しました。
が、今は控えてください。
話題を変えましょう。
「今日は雲一つないお天気ですね」
「あぁ? あるだろ。むしろ、黒い雨雲があっちに見えるだろっ!」
適当な発言ですからね。どうでもいいです。
でも、雨雲か。幌の上に雨が溜まらないように下から手で支えないといけないかしら。そんな安い作りでなければ良いのだけど。
「ほら、いつもと違う。故郷が苦手なのかしら」
「いや、土産を買っていたぞっ」
「そうですか」
ふふふ、困惑するがよろしくてよ。
村と村の間、右手の林と左手の川に挟まれた道沿いで、二人の若者が見えた。一人が座っていて、もう一人はその傍にいる。
で、私たちの馬車を見付けて、立っている方が手を振ってくる。もう一人は、ただ座っているだけてなく、足首を痛めているようね。手で擦っているから。
「どうしました?」
アデリーナ様が丁寧に優しく訊ねる。
「すみません、こちらの者が足を痛めまして、できれば馬車で村まで運んで頂きたいのです」
アシュリンさんが足を痛めているという人を見る。それから、少し体を乗り出して馬車の後ろも確認した。何もありませんよ?
それから、アデリーナ様に言う。
「雨が降るかもな」
空は見えてなかったでしょ。
「そうですか。でも、構わないでしょう。濡れましょう」
いえ、私は着替えがないのですよ。ダメですよ。幌があるのに横殴りの雨が来るんですか。
「すみません、女性に、しかも巫女様にお願いするのは気が引けるのですが、私一人ではこの者を運べません。一緒に荷台へ持ち上げて頂けませんか?」
「メリナさん、お願いします」
「はい、分かりました。今日は暑いですね」
「そうですか? まだ朝ですよ? 本当におかしいわね」
私は座っている男を見る。
うーん、体大きいな。両足を痛めてる訳じゃなさそうだから、自分で動けばいいのに。
それに、もう一人のお仲間さんもガタイが良いのだから、肩を貸して上げれば村まで行けたんじゃないかな。
さてと、足側と頭側、どちらを担当するのか訊こうと視線を立っている方の男に移す。
危ない!
後ろ手にしていたと思ったら、ナイフを取り出してきたのが見えたよ!!
拳で顎を砕くように突き上げる。それから、胸に肱を叩き込む。
男はそのまま仰向けに倒れた。
「さすが、メリナさんね。言動がおかしくても、その辺りの思いきりの良さは追随を許さないわね」
「あぁ、相手の言い分を待たずの攻撃だからな。狂犬、誰もが納得する異名だっ!」
誰ですか、狂犬って。アデリーナ様、もしかして昨日からその名前の布教活動されてます? それ、反省文を書かなかったらというお約束だったと思うんです。
「メリナさん、そちらの座っている方も宜しくお願いします」
はい、お任せあれ。
逃げようと立上がり際の男に、私は後頭部に横蹴りを入れて意識を刈り取る。
でも、事態はそれで終わらない。
林の中から、わらわらと男達が出てきて、馬車の前後を塞ぐ。幸い距離はあって、近接戦闘の恐れはなさそうだ。
「盗賊だな」
「えぇ。見廻り兵の怠慢の証拠ですね」
こんな王国の端っこまでは兵隊さんも来ないですよ、アデリーナ様。
「殺って良いですか?」
「仕方ないでしょうね。メリナさん、殺してはいけませんよ」
はい、分かりました。半殺しですね。
「おいっ! 抵抗するなよ!! 女しかいないお前たちが敵うとでも――」
前方で偉そうに喋り出した奴がボスかな。
『私は願う。炎が欲しいの。前方の男たちの足を巻く、そんな炎の雲が欲しい。でも、途中で消えてね』
一気に炎の靄が立ち上り、五、六人の男の下半身を焼く。地面を転がって火から逃れようとしているのもいたけど、無駄な努力です。却って、全身を焼くことになります。とはいえ、足を焼かれて全員が倒れるのも時間の問題ですけどね。
さあ、もう大丈夫です。足が動かないので反撃されることはないでしょう。火を消します。
本当に人間は柔いわ。逆に言うと、この程度の強さしかないから盗賊なんていう割に合わない仕事をしているのかしら。
残りは後ろね。
「……メリナさん、これ、生きてます?」
「たぶん、今は生きています」
私は後ろに向かいながら、アデリーナ様に返答する。
もしかしたら、最初に倒れた人は危ないかな。
「私が愚かでした。メリナさんがこういう人だっていう認識を刻み込まないといけませんのね。アシュリン、ごめんなさい! 彼らが死なないか看てきて下さいな」
「ああ」
アシュリンさん、アデリーナ様の我が儘にお付き合いされるのですね。ご苦労様です。
とは言え、後ろも同じ様に焼くとアデリーナ様にまた怒られると思うのです。なので、攻撃魔法は使いません。
うん、向こうはもう戦意を喪失してるわね。
盗賊なんて烏合の衆です。前方の悲劇を見て逃げ出さない者はいないかと思っていましたが、もっと酷いですか。慌てふためいているだけでした。
林、川と分散して逃げるには都合が良い地形なのに、残念でしたね。素人かな。
『私は願う。氷、氷、氷。氷の柵で奴等の逃げ場を無くして』
蟻猿との戦いで学んだの。肉体でなく地面に放つだけなら、走っていてもそれなりに魔法が発動するの。だから、歩いている今ならもっと簡単よ。
ほら、今も思い通り。
林から後方の道、それから川へと何本もの氷の槍が立ち並んでいるわ。この囲いの開放部は、私たちの場所の方面だけ。
さぁ、いらっしゃい。殴って差し上げるから。
「メリナさん! 最初からそれをしなさい!!」
時間はそんなに置かずに盗賊たちは一人残らず降伏した。




