再び爆走
寮の横に用意された馬車は森に向かった時とは違って、幌馬車でした。速度が出そうな感じではなくて安心しました。スピード狂で、且つ、他人の言葉を聴かない人がここにいますからね。
私の視線は馬車に積まれた樽に行く。うーん、どれがお酒かな。小さいのがないなぁ。外からでも臭いで分かるかしら。
あっ、瓶がある! 液体が満たされている黒っぽいのが何本か木箱に入ってる。中は絶対、あの赤い液体よ。
わざわざ「メリナは触るな、飲むな、見詰めるな」って書かれているのも、それであることを証明しているわ。
ふふふ、一本くらい服の中に隠しても分からないと思うのよ。いえ、悪い事だとは知っていますよ。でも、少しくらい良いのかもしれませんよね。
すみません、誘惑に勝てそうにありません。
「このままでは、よろしくないですね。メリナさん、幌を畳んで頂きますか?」
えっ、アデリーナ様、今回も爆走のご予定ですか?
「早く進むには必要だっ! やるぞ」
アシュリンさんは既に紐を外す作業に入りつつ、私に命令しました。渋々ながら従います。
「ヒャッハー!! イェーエエエ!!」
何でしょう。ああ見えて、アデリーナ様は日頃抑圧されているのでしょうか。森への道と違って、ここは街と街を繋ぐ大きな道ですよ。異様な叫び声に色んな方が振り向きますし、恥ずかしいです。
一つだけ利点があるとしたら、近付く前から気付いて貰えるので事故が起きないことくらいでしょうか。
黒い服を着た巫女さんが運転する馬車が猛烈な速度で走り抜ける。そんな貴重な体験を周りに振り撒いておられます。旅人達の今宵の話の種で御座いましょう。
たまに遅い馬車が前にいることがあります。遅いと言っても私達よりも、という意味になるのですが。
「どけ、オラッ! 聖竜様を舐めるんじゃないのよっ!!」
アデリーナ様、あなたが先輩巫女でも王家の人でもなければ、私、聖竜様の名を貶めるあなたを成敗していたかもしれません。
鈍重な荷馬車は道を譲りたくても直ぐには出来ません。そんな時はアデリーナ様はこちらから道を外れるのです。いえ、人の道を外れるという事ではありません。
巫女としてのアイデンティティーは、私と同じく、もう崩壊しそうではありますが。
アデリーナ様は草原であっても石が多い荒野であっても、前に進むためには躊躇しません。森へと向かった時の馬車は小さくて、道じゃない所も走っていたのですが、あれはたぶん、小回りが利くように設計された特別なヤツです。今回は普通の幌馬車ですよ。整備されていない所を走るようには出来てないのです。片側が浮いて、しょっちゅう転倒しそうになるのです。恐怖です。
そんな中、私は荷台と言うのでしょうか、御者台の後部は、私とアシュリンさんが座る座席と、更にその後ろに荷物を置くようになっている場所があるのですが、そこで反省文を書かされています。
筆が暴れます。というか、アデリーナ様ですね、暴れているのは。
吹き荒ぶ風だとか体が浮くほどの馬車の振動とか、諸々の悪条件の中、アシュリンさんの監視の下、私は椅子を机にして文字を書くのです。もちろん、私は床に正座です。
いじめですね。これは、可愛い後輩を虐待する大変な不祥事だと思うのです。
言葉には出せませんが。
ノンストップで夕暮れまで走ることで、私達はラナイ村の一つ前の村までやって来た。
私が巫女になるために村からシャールまで旅をした際は、馬車を乗り継いで三日間。なのに、アデリーナ様だと一日と後ちょっと。
感心なんてしないわよ。蛮勇を称えたりもしない。
もう少しお尻への労りが欲しいです。今日ほど転移魔法を身に付けたい、使いたいと思った日はありません。
村に入ると、夕食間近だと言うのに巫女服を着たアデリーナ様に注目が集り、村長の家の一室を借りることが出来ました。
それにしても、揺れない地面に違和感あるって凄い事ですね。あれだけ激烈な振動でも体は慣れたりするんだ。
部屋に入り次第、私はアデリーナ様に反省文を見せました。
「きったない字ですねぇ。もう少し学も身に付けた方がよろしいかもしれませんね」
あの環境で書いてみなさいよ。それ以上の代物はできませんよっ。
「一応、受理はしますね。この反省を活かして、次は改めるようにお願いします」
そう言ってアデリーナ様は私の懸命の反省文を丸めて部屋の片隅に捨てた。そう、投げ捨てた。ぽんって軽く。
「何かご不満?」
はい、ぶちのめしたいです。
「何も御座いません。お酒が飲みたい気分です」
正直に言えるはずが有りませんでした。
「……何も反省してないじゃない。そこに書いてありましたよ、『お酒は懲り懲りです』って」
書いただけです。
「夜中に馬車から盗み出そうなんて思わないようにね、メリナさん。そこのアシュリンが見張っていますから」
「まさか。善悪の判断くらい、言われなくても知っています」
「いいえ、あなたは善悪を知った上で、それを無視して行動できる方です。信用しませんよ」
くぅ、信頼感ゼロね。
私だって、瓶を盗んだりなんかしないわよ。思い直したのです。
……初日からはね。うふふ、まずは隙を探さないとね。
「アデリーナ様、明日はラナイ村ですね。エルバ様はそこにおられるのでしょうか?」
「今、アシュリンが村長に訊いている所です」
「調査部って何を調査されているのですか?」
「私が聴いている分ですと、エルバさんは一年前に失踪した巫女さんをお探しらしいです」
そんな事があるんですね。神殿の生活が嫌になったのかな。
「夕食は何でしょうかね?」
「一気に話が飛ぶわね……。何でしょうね。素朴な味わいを楽しみましょう」
「オロ部長、元気だと良いですね」
「? また突飛ね。……疲れるから、そういうのは止めて欲しいわ。カトリーヌさんはいつも通りでしょうに」
くくく、そういう作戦ですよ。
私が何を考えているか、話題を頻繁に切り替えることで隠蔽するのです。明日、いえ、明後日には私に話し掛けることを躊躇い始めるでしょう。疲れているのかなと思わせるのです。
そうしたら、私の「一人にして欲しい」と言う願いに従うでしょう。
それが狙いです。お酒をゲットです。




