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聖衣として生まれ変わる

 巫女長様はその本を開けて、目的の頁を探す。簡単に破けそうな、粗末な紙です。

 頁下の空欄の所は、どの頁も手垢で黒く変色している。何回も読まれているのですね


「ほら、ここね、そう、ここよ。メリナさん、聖竜様の傷はどんな形でした?」


「十字の切り傷でした。それから、近くに陥没した痕もありました」


「まぁ、一緒ねぇ。本当に拝謁されたのね……。羨ましいわ。私はまだお会いできてないの。いえ、歴々のほとんどの巫女長様たちも叶わなかった夢」


 そっか、巫女長様、さっきは渋々とは言っていたけど、聖竜様自体は敬愛されてるんだ。


「メリナさん、視覚以外の情報も欲しいわ。聖竜様のお体は固いの、柔らかいの?」


「ガチガチです」


「まぁ、それ系のドラゴンなのね。ヌメヌメ系でなくて良かったわ」


 艶光してるヤツですよね。どちらかと言うと山椒魚に近いヤツ。あれ、私も見た目が苦手です。村の近くの沢にたまに出現します。弱いです。


「他には?」


「聖竜様の部屋は臭いが正直きつかったです。ただ、聖竜様の物と思うと、それさえも甘い芳香に感じます」


「ほら、勿体振らずに口にお出して良いのよ。どんな臭いなの?」


 では配慮なく。


「私の古い靴の中の臭いでした」


「まぁ、それは大変ね。すぐに、そのお靴を持って来て頂けますか。いえ、私が向かいましょう」


 何が大変なのかは分からなかったけど、私は巫女長様を自分の部屋へ案内する。




 靴はどこに置いたかな? 捨ててはないはずだけど。


 今朝着替えた時の記憶ではタンスの中には無かったわね。


 あっ、置き場に困って皮袋の中に入れっぱなしなんだった。脱臭魔法で臭いを消した後なんだけど、昨日着ていた服もその中に入れておいたから、残り香とかで大丈夫かな。

 きっと巫女長様のご期待には沿えることが出来ると思うわ。是非、堪能して下さいっ。



「まぁ、こちらの中の臭いね。メリナさん、私、年甲斐もなくドキドキしています」


「えぇ、その服は聖竜様の前で着ていたものになります。ですので、実際の香りです」


 巫女長様は私の靴と服が入った袋を手に深く息を吐いた。それから、(おもむろ)に鼻を袋の口に持っていく。



「これが聖竜様の芳香なのね……。信じられないわ。獣みたいな臭いなのに、そこはかとなく甘いのね」


 はい、でも、もしかしたら、袋に残った私の靴自身の臭いかもしれません。……すみません。巫女長様の嬉しそうな顔を見たら、正直には言いにくいです。


「確かに服に関しては聖竜様の部屋の臭いが移っていました。間違いないです」


 なので、もう一度、聖竜様の臭いであることを強調しておこう。私の靴の臭いが獣臭だったなんて信じたくありませんし。


「では、この服は今から聖衣として神殿の至宝に定めましょうね」


 えっ、私の服ですよ! ただの村人服ですよ! 永遠にお蔵入りして頂きたいのですが。一年、いえ、一月もしたら臭いがなくなって、それ只の村娘の汚れた服と化しますよ。


 巫女長様は服を広げる。私やゴブリン、猿の血で染みだらけです。お腹には穴まで空いている。


「まぁ、この血は聖竜様のものですか?」


「いえ、大体、私のです。あと、ゴブリンでしょうか」


 ちょっとだけ巫女長様は残念な顔をされた。が、私の服を抱き締める。

 幸せそうなお顔ですが、マリール並に変態っぽいんですけど。乾いているとはいえ、血まみれですよ、それ。




 巫女長様の執務室に戻りました。私の服は巫女長様が別の巫女さんに預けられて、どこかに行きました。


 さっきの本をペラペラ捲りながら、巫女長様は私に言う。


「臭いの話は今までに報告ないわね。メリナさん、お手柄よ」


「は、はい」


 訳が分からないままだけど、良かったです。


「その本は何でしょうか?」


「あら、気になるわよね? これは、何百年もの間の巫女長が書き連ねた聖竜様に関する報告を私が纏めたものなの」


 聞くまでは興味なかったけど、俄然私も読みたくなりました!


「メリナさん、お礼に聖竜様がお好きな食べ物をお教え致しましょうか?」


 えっ、とっても知りたいです!


「是非、お願いします」


「500年ほど前に聖竜様の下に行かれた、偉大なる巫女ロルカ様による記録によると、甘いお菓子だそうです」


 菓子? あの巨体の聖竜様が満足されるお菓子なんて、どれだけの量なんだろう。王国中の蜂蜜が必要になるわね。


「どうやって、ロルカ様は聖竜様の下に行かれたのですか?」


 そう、こっちを訊いた方がいいわ。


「ロルカ様はお書きになられていません。ただ、かなり深いダンジョンを進まれたようです。協力者として10名の冒険者達の名前が上がっておりました」


 あの部屋、地上に繋がっているのか、凄いなぁ。あの部屋にあった大きな扉から進んでいけば、入り口が分かるかな。


「ありがとうございます、巫女長様。次にお会いするときは持っていきます!」


「メリナさん、あなたはどうやって聖竜様の下へ?」


「分かりません。聖竜様は『転移魔法の暴走で迷い込んだか?』と仰ってました」


「そんなのじゃ、ダメね。どこに行くのか運次第になってしまうわ。でも、あなた、魔法を使ったの?」


「……余り記憶にないのです。夜の森が気持ち良くて散歩していたのです。気付けば、聖竜様の前に」


 私の言葉に巫女長様は考え込む。


「うーん、転移魔法陣があるとは思えないのよね。それなら、とっくに誰かが見つけていると思うのよ。記憶にないのはどうしてかしら、メリナさん?」


「少しだけお酒を頂きまして」


「記憶が無くなる程よねぇ……。それで、転移魔法の暴走……。ん、メリナさん、あなたは幼いときに何度も行ったと、村で言っておられましたね?」


「はい」


「転移魔法の心得は?」


「ありません」


「転移魔法の暴走でなくて、精霊の暴走……か。そっちの方が、まだ可能性があるのかしらね」


 巫女長様は、真剣な眼差しで私を見る。少しビビる私。


「メリナさん、あなたの精霊が何かを確かめた事は?」


「ないです」


「分かりました。鑑定士を用意しましょう」



 そういうと、巫女長は部屋を出て、近くの巫女に命令する。


「ごめんなさいね、エルバさんを呼んで頂けますか? 調査部長のエルバさん。できるだけ早く」


「えっ。留守? 副神殿長から命じられて再調査に行ったの? 精霊鑑定士って、他にいます?」


「えっ、辞めたの? どうして……。なんで、精霊鑑定士さんを売店に配属したのよ。おかしいじゃないの」


「そうですか……。王都まで行かないといけないの?」


「……もう結構です……」


 巫女長様の声がだんだん小さくなっていく。


 肩を落とされた巫女長様が部屋に戻ってくる。


「ダメだったわ。仕方ないわ。エルバさんが戻って来られたら、またメリナさんとお話しさせてね。急ぎ探させますからね」


「はい」


「他に聖竜様からは何か伝言はありますか?」


「はい。また他の巫女様にお声を掛けると仰っていました」


「あらあら、楽しみね」



 後は雑談をして、私は寮の部屋に戻った。時間は遅いし、眠いしだから。

 今日も仕事はしていません。

 それから、巫女長に獣人さん達の手助けについてアドバイスとか貰うのを忘れていました。全ては眠気が悪いのです!

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