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巫女長様

 アシュリンさんに案内されたのは中庭の奥にある小屋。私の実家と同じくらいの大きさかな。

 でも、石造りでしっかりしているし、扉とかも地味に見えても良い素材なのが分かる。実家と似ているのは、二階があるのとサイズだけね。


「ここは何ですか?」


「なっ、貴様知らないのかっ!? この神殿の長が住む場所だぞっ!?」


 あなたが初日に案内するなり、説明するなりしておきなさいよ。初耳です。


「そうなんですか。……って、巫女長って一番偉いんですか!? 神殿長じゃないんですか?」


「元帥と事務方トップくらいの差はあるな」


 わからないわ、その説明では全然頭に入らないわよ。そもそも事務方って何よ。軍隊内でのことなの?



 アシュリンさんはその偉い人の家にノックも呼び掛けもせずに勝手に入る。

 そして、ズカズカ進む。私もその後ろを付いていく。


 そして、一階奥の扉を、これまた、躊躇なく開く。



「殲滅部のアシュリン、巫女長を拝顔しに参りましたっ!」


 相変わらず無茶をするわね、アシュリンさん。畏れ多くも聖竜様の神殿で一番偉い人よ。この神殿内では王家のアデリーナ様よりも地位が高いのよ。

 ノーアポでご訪問ってチャレンジに過ぎると思うの。



 アシュリンさんの背に隠れながら、おずおずと私も中を確認すると、布製のソファに座り、カップから温かい茶を飲んでいるおばあさんがいた。もちろん、真っ黒い巫女服です。でも、他の人と違って、縁が金色に刺繍されていますね。


 服装は違うけど、間違いなく、私を神殿に紹介してくれた人だ。


 おばあさんは、ほんのり湯気が立っているカップを静かに皿へ置いた。



「まぁ、アシュリンさん。いつも突然ですね」


 少しだけ嗄れた声で優しく言う。


「はっ!」


 副神殿長の時と同じ様に敬礼するアシュリンさん。穏やかな感じのおばあさんとのギャップが凄すぎです。


「それから、メリナさん、お久しぶりです。アシュリンさんの下に行かれた訳ですね」


「はい。お久しぶりです」




「アシュリンさん、今日はどうされましたか?」


 おばあさん、巫女長フローレンスさんは私たちに座るように促してから訊いてきた。


「メリナが巫女長殿に用があるとのことですっ!」


 立ったままアシュリンさんがそう答えて、巫女長様が私に視線を遣る。私は率直に用件を伝える。


「聖竜様にお会いしました。困ったことがあればフローレンス様を頼れと仰いました為、ご挨拶したく参りました」



 フローレンス様は私の言葉をお茶を飲みながら聞く。それから、柔和な笑みを湛えながら返してくれた。


「まぁ、そうなのね。それはお疲れ様でした。少しお話を聴かせて貰おうかしら」


 白くなりつつあるけど、綺麗な金髪。シェラもアデリーナ様も金色の髪の毛で、偉い人はみんな金髪なんじゃないかと錯覚しそう。

 それにしても小柄ねぇ。ニラよりも小さいんじゃないのかしら。この小さいお体に、とてつもない力が充満されているのね。巫女長ですもの。


「それでは失礼しますっ! 私は別の任務に入りますっ!」


 アシュリンさんはお役目御免とばかりに去って行った。あの人、タフだなあ。疲れ知らずです。オロ部長に持久力を付けなさいって言われたけど、アシュリンさん並みを期待されているなら無理ですよ。あんな体力、肩車程度じゃ身に付かないと思いますし。



「メリナさん、神殿にはいつから?」


 二人きりになって沈黙が流れる前に、巫女長は世間話を切り出してくれた。私は、まだ10日を過ぎていないこと、それなりに皆と仲良くしていることを伝えた。


 それだけなのに、巫女長様は嬉しそうだ。


「うーん、あなたがあと30年くらい早く生まれていれば良かったわ」


 とても気持ちの良い笑顔で、そう仰った。


「何故ですか?」


「私ね、巫女になる前は冒険者だったのよ。聖竜様にお呼ばれしてね、渋々だけど、ここでお務めしているのよ」


 巫女長……。一番偉くて凄い人が何て告白しているんですか。

 渋々って! そこはノリノリにして下さいよっ!


「ほら、私って威厳ないでしょう? それに自由に旅したくなるじゃないの? 向いてないんじゃないかなって思い続けて、もうこの歳よ」


 巫女長様は自分の顔を指差す。たぶん、皺の深さを私に示しているんだと思う。


「結婚もしなかったのよ。いえ、これはロマンチックな出会いがなかったからかしら」


 そうなんですね。でも、副神殿長はご結婚されているらしいですよ。巫女長様も出来たのではないでしょうか。


「メリナさんが当時、神殿にいらっしゃれば私は辞めて良かったかもねと思ったの」


 巫女長は朗らかに笑いながら言う。その表情に恨みだとか悔いだとか、そんな暗い感情は出ていない。


「私など、とても重責に耐えられません」


「ふふ、私も耐えてないのよ。リフレッシュって大事よね。たまに一人旅するの。メリナさんともお逢いできたのだから、良かったわ」


「はぁ」


 巫女長様、何て言うか、本当に威厳無いわ。でも、素朴に優雅な感じで素敵なお婆様です。

 


「さて、メリナさん。あなたが竜のお言葉をよく理解できていることが分かりました」


「巫女長様、すみません、よく分かりません」


 普通に喋っていただけじゃないですか。


「あら。でも、よくある事よ。気にしないで。自分ではお気付き出来ないものね」


 何がでしょう。


「聖竜様はね、人間の言葉は喋らないの。いえ、もしかしたら失われた古語なのかもしれないわね。何にしろ、その言葉を理解できる人間が竜の巫女なの」


 私は黙って聞く。


「私はね、メリナさん、その竜の言葉を喋る事が出来るのよ。で、今、それであなたに問い掛けました。竜の言葉を理解できる人間はたまにいるのですよ。でも、メリナさん、あなたは私と同じく竜の言葉を喋っていましたのよ。使える人は本当に少ないの」


 はぁ。全く自覚なしです。本当ですか?

 でも、私が特別な人間みたいな感じで、とても喜ばしい気分になって参りました!


 私の様子を優しい目で見ながら巫女長様が続ける。


「本当に身に覚えがありませんって感じなんですね。まぁねぇ、そうかもしれませんね。いいわ、メリナさん。で、聖竜様にお会いしたって?」


 そう、それをお伝えしたかったのです。そして、困っている獣人さん達を助けるという聖竜様からの頼み事をどうやってやればいいのか訊きたかったのです。


「そうなんです! 広い空間にいる白い竜さんにお会いしました」


「聖竜様のお姿は、神殿にある御像と一緒でしたか?」


 えっ。どうなんだろう。

 アシュリンさんとの競走で何回も御像は見たけど、分からないなぁ。仕方ない。出来るだけ頑張って答えよう。


「大きさは聖竜様の方が遥かに大きかったです。羽根の形は、御像は先が尖った形で飛び出ていましたが、聖竜様は丸まっていました。あと、尾はもっと太いです。それから、角は……」


 私は止まらず話し続ける。聖竜様の事ならスラスラと喋れるんだ。楽しい。


「そうそう、聖竜様は後ろ足の付け根に切り傷があるんですよ。私が小さい頃に見せて貰いました。治らないらしいんですって。で、――」


「あらぁ、本当にお会いしてるのね、メリナさん」


 私の言葉を遮って巫女長様が言うと、少しだけ慌てた様子で後ろの棚から古い本を取り出した。

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