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神殿に帰還

『良いか、メリナ。地上に戻すぞ』


 聖竜様は私に言ってくれる。


「はい。また来て良いですか?」


『我が呼んだわけではない』


 そっか。


「……じゃあ、また来ます」


 どうやって来たのか分からないけど、何とかなるわよね。


『簡単に言うものだ。数百年はこの場に現れた者はいないというのに……。余程の精霊がお主に付いているのであろう』


 私の精霊なんかどうでもいいのですよ。それよりも私を見てください。


「寂しくはないのですか? 何故、外に出ないのですか、聖竜様」


 こんな暗いところで一人なんて、不健康的過ぎると思うのよ。それにご飯はどうしているのかしら。楽しい生活が送れるとは到底思えないわ。


『カハハハ! 心配するでない、メリナ!! 我は竜だ。寝る、それこそが快感』


 ……快感ですか。単語の選択をお間違いですよね。それに、寝るのが好きでも、聖竜様、そこは言わないのが華で御座いますよ。

 指摘するのは能わないですが、『快感』はよろしくないのではないでしょうか。皆が信仰しているのですよ。



 そうだ! 頼まれ事を思い出した。

 あの気持ち悪い見廻り騎兵のマンデルのおっさんからだけど、変態でも信者は信者よね。


「聖竜様、騎兵分隊長のマンデルという者より、『地下にお住いであることを知らずでありましたが、常日頃頭上を失礼し大変申し訳ありません』とのことです。以上を伝えるよう、お願いされました」


『うむ。分かった。何かあれば、マンデルとやらを気にしてやろう』


 えっ、マンデルさん、良かったわね。何やら、信心の甲斐がありそうよ。

 でも、素直に喜べない私がいる。

 もう『雄として残念です』とか、そういう発言がなければ、もっと推してあげたのに。


「第三街区にマンデルは住んでいるようです」


 ここまでよ、マンデルさん。荒くれ者の検分でお世話になった分はお返ししました。


「後で見ておこう。家族に病気の者でもいれば、我が治しておこうぞ」


 流石! 聖竜様、治療とか余裕なんですね! カッコいいです!!



 さて、お別れの時間です。悲しいです。聖竜様の尻尾が再び振られ始めましたから。


『たまに話し掛けるぞ、メリナ』


 おぉ、それは嬉しい!


「お待ちしております。今までもお話をして頂いて良かったのですよ」


『お主がどこにいるのか分からなかったのだ』


 そうですか。聖竜様も万能ではないのですね。私の居場所なんてすぐに魔法で分かるのかと思っていました。


『では、息災でな』




 気付くと私は神殿の中庭に立っていた。

 もう夜明けで空が明るくなりつつある。


 とりあえず、自分の部屋に戻ればいいかな。服を着替えないと。

 血を付けたままで神殿を歩くのは不審者と勘違いされても仕方ないわ。



 薄暗い廊下では幸い、誰ともすれ違わなかった。

 静かに扉のノブを回して、ゆっくり中を覗きながら開ける。シェラもマリールも寝ているわね。二人とも寝息が可愛い。


 さて、私の着替えを出さないと。壁際の古い木製タンスの一番下の段、それが私の衣服が入っている所。と言っても、一着しかないけどね。


 ささっと、汚れた服を脱ぐ。聖竜様の部屋の匂いがたっぷり付いていたので、私は堪能する。

 いえ、くたびれた靴の中の臭いと同種なのですが、聖竜様の物と思うと愛おしいですね。不思議です。洗うのが勿体無い。

 いえ、でも、ゴブリンとか私の血も混ざっているか。非常に残念ですが洗うしかありません。許せません、ゴブリンどもめ。



 一晩眠らずに動いていた為でしょうか、それとも、神殿に戻って来たことで安心してしまったのでしょうか。


「ひゃっ!!」


 露になっていた、私の双房を後ろからむんずと掴まれた!


 ……マリール!!


 振り向き様に肘を叩き込みたい衝動を抑えながら、私はその手を振り解く。



「直で触ると凄いわ。服で分からなかったけど、メリナ、あなたも良いものを持ってるじゃん。ほんと、ぷにぷに、すべすべね」


 ほざいているマリールを放置して、私は急ぎ服を頭から被る。ズボンはまだ脱いでいない。まさか、そっちには興味ないわよね、マリール……。怖いわよ。



「……マリール、あなたは何を目指されているのですか? そんなに触りたければ、ご自分の物があるでしょうに」


「それは持てる者の傲慢よ」


 ……マリールさん、あなた、難しい言葉を使いましたが、これはおっぱいの話ですよ。


「大丈夫です。マリールさん、自然の摂理を思い起こして下さい。絶壁であってもいずれ風化して平野となります。あなたのお胸も同様です」


「?? どっちも真っ直ぐに平たいじゃない!!!」


 そうですよ。そのつもりで言いましたもの。



「ひ、ひどい! 心配して起きていたのに!!」


 マリールは自分のベッドに飛び込み逃げた。そのまま、うつ伏せで動かない。


 言い過ぎましたか。すみませんです。

 だって、直に触るのは反則でしょ。ビックリしたんですもの。




 さて、着替えも終わって朝御飯まで一眠りとベッドに入った所で、外が騒がしくなった。

 馬の蹄の音と馬車の車輪の音かな。それが寮の前で止まる。



「アデリーナ! すぐに冒険者ギルドに行くぞッ!!」


「待ちなさい! 今行っても開いていません! まずはカトリーヌさんに連絡です!!」


 アシュリンさんとアデリーナ様だ。

 二人とも大声で、早朝だと言うことを忘れておられるのかしら。



「まさか、あの様な事態になるなんてっ!」


「起きたことは仕方ありません。今取り得る、最善手を打ちましょう」


 騒がしい。何があったのか知らないけど、私も協力すべきなのか、それとも、このまま眠っていて良いのか。


 うん、寝ましょう。

 一晩起きているなんて初めてでしたもの。おやすみなさい。




「メリナさん、起きてくださいませ」


 シェラが声と共に優しく揺さぶってきた。

 目を開くのが辛い。


「うー、眠ーい」


「ごめんなさい、メリナさん。昨日も遅かったようですね。心配しましたのよ」


 シェラ、ありがとう。この娘は、とても良い子だわ。


「本当にすみませんでした。遅くなる時はちゃんとお伝えしないといけないですね」


「お仕事なのは分かりますが……。メリナさんの部署が部署だけに、何かあったのかと気が気でありませんでしたよ」


 そう! 何かあったのよ!

 聖竜様にお会いできたの!

 それを早くシェラに伝えなくちゃ!!


「シェラさん、まだでしょうか!?」


 私が口を開こうとしたところで、廊下から大きな声が聞こえる。アデリーナ様だ。


 その声にシェラがピクリと体を跳ねる。ついでに、大きな柔らかそうな胸もプヨンと上下に揺れる。うん、見事な果実ね。人がメロンと呼ぶのも納得だわ。ゆったりした巫女服の上からも分かるなんて大したものよね。



「す、すみません、今、お起きになられました」


 シェラがドア越しに答えると、アデリーナ様が部屋に入ってきた。



「起きたですって!? ……メリナさん、ここにいらっしゃったのね」


 こめかみに青筋が見えます。

 ひー、怖いです。


「朝食後、私の部屋にいらっしゃい。アシュリンには伝えておきますのでお務めの前に、絶対に来なさい」

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