くくく、これが欲しかったの
私は静かに様子を伺う。目の前のメラメラと燃える薪が私の心のようです。
アシュリンさんがグレッグさんと話している。バシバシ背中を叩かれているわね、グレッグさん。とても嫌そうな顔をしている。
あっ、グラスに口を付けた。
ニラは私に話し掛けてくれる。私も笑顔で対応する。たまに、彼女がお酒の入ったコップを口に持っていくのが気になる。
串に刺した肉をニラがくれたので、私もニラに焼き立てのを渡してあげる。
そして、さりげなく、空になった私のコップを見せる。
「あれ? メリナ様の空っぽですね。私、入れてきます」
「お願いします」
私は肉を歯で引きちぎりながら、彼女の動きを観察する。
樽は二つ。
一つは水で、もう一つ、小さい方が勝利の美酒ってヤツです。
さて、ニラはどちらを入れるのか。
うん、小さい方に行きました。木杓も手にしています。
そう、そのままコップに注ぐのです。
不味いけども癖になる。そんな不思議な、その液体を入れるのです。
あっ!
アデリーナ様がニラに何かを言ってる!
で、二人してこっちを見た!
目が合ったのでにっこりしておこう。
おいっ!
なんで、お酒を樽に戻すのよ!
「お待たせしました」
「えぇ、ありがとうございます」
私の前には透明な水が入ったコップが置かれている。とてもキラキラしています。揺れる炎の光が水面に反射しています。
もう一度確認しましょう。もしかしたら、赤色の光で錯覚をしているかもしれません。
はい、これは水。期待はずれですよ、ニラ。
「……あら、ニラさん。あなたも杯が空いていますね?」
「えっ、そうですか。少し残っているので空けますね」
無理はしなくてよろしいのですよ、ニラさん。私にくれても良いのです。私はニラの喉の動きを注視する。ゴクリと喉が鳴る、私の。
「お礼に私が入れてきましょう」
すくっと立ち上がってコップを受け取って、樽に向かう。
私は小さい樽の木杓を手に取る。すると、すぐに金髪の女性が横に立った。
「まぁ、メリナさん。二夜続けてのお酒は、まだ早くなくて?」
「いえ、こちらはニラ、あの冒険者の方の物で御座います」
そう言って私は、赤くて魅惑的な液体をコップに入れる。跳ねた液滴が私の手に乗る。
まぁ、勿体無い。
私が見詰めていると、アデリーナ様がその滴をハンカチで拭った。
「メリナさんはお疲れでしょう。私が持っていきますわ」
「大丈夫です。とても芳しい匂いですね、これ」
「そうですか? こちらの大きい樽にあるものも素晴らしいものですよ。何せ、聖竜様の泉から取ったものですから」
ん? そうなの?
それは飲まないといけないわね。
いえ、さっき飲みました。
考えている間に、アデリーナ様が私の手の中のコップを奪ってニラに渡した。
「メリナさん、こちらのハム、なかなか美味しいですよ」
「アデリーナ様、ありがとうございます」
私は皿に載せられた薄切りハムを手掴みで食べてから、元の自分の場所に戻る。
あいつ、アデリーナが邪魔しているわね。私が至福の液体を手にすることを。
私はニラが手にしているコップを見る。いっぱい入っている。私が溢れんばかり、いえ、溢れるように注いだから。
「ニラさん、そのお酒、美味しいですか?」
「はい! こんなの飲んだことないです。今日は本当にありがとうございます。ガラスの容器も凄いです」
ほほう。そうですか。
「乾杯しましょう!」
私の提案に、ニラは笑顔で応える。
二人で、カンと一度だけ杯をぶつける。
「あれ? 私のだけ色が違うかな?」
私は不思議そうにニラに言う。
「えぇ、アデリーナさんが、メリナさんはお酒が苦手だから、お水をと言われまして。うっかりしていました、私。メリナ様のコップには最初から水でしたものね」
「そんな事もないのですよ、ニラ。苦手ではないのですよ。全くもって苦手ではないのですよ。覚えましたか? 苦手ではないのですよ」
私が真剣な顔で言うものだから、ごめんなさい、ニラさんは凄く恐縮されています。
私は乾杯の時の接触でコップに付着した滴を舐める。
昨日と同じく、クソ不味い。でも、喉を通った後の心地よさは抜群だわ。
くくく、これが欲しかったのよ。
「……メリナ様。すみません! 本当にすみません! ……あの、許して頂けますか」
うん?
ニラさん、どうしましたか?
あっ、私、笑みが零れていたのかしら。
「いえ、大丈夫ですよ。少し思い出し笑いをしていたものですから」
ほっとするニラを見つつ、横目でアデリーナ様を確認する。
見てた! あの人も私を見てた!!
直ぐにアデリーナ様は樽に蓋をしていく。
そして、
「はい。では、もう遅いのでお開きです。明日は夜明けとともにシャールに戻りますね」
早い。早すぎる動きだ。
この私に美酒を味わせない気ね。どういうつもりですか!?
「おっ、メリナ。貴様も呑めよっ!」
ちょっと顔が赤くなられているアシュリンさんから、グラスを頂きました。
先輩、ありがとうございますっ!
「あぁぁあ~~!!」
アデリーナ様のお叫びを背に私は一気に頂きます。喉を熱くしながら液体が通る。
よしっ!
「やっぱ、クッソ不味いわぁ!」
私の喜びの声に、ニラさんが少し驚かれましたね。うん、ごめんなさい。




