森を出る
「しかし、あの蟻猿が上位魔法を使うとまでは思っていなかった。メリナが突っ込まなくともオロ部長は演技を止めていただろう!」
アシュリンさんが今更のフォローを入れてくれる。
「どうして、オロ部長は動けたんですか?」
そう、思い出した。あの魔法は強烈で、私は指先も動かすことは出来なかった。すぐにオロ部長が筆談で答えてくれる。
“私の体は魔法の干渉を受けにくいのです。メリナさんの氷も刺さらなかったでしょう?”
そうだったのですか。でも、氷の塊を口の中に作られた時は窒息しそうになられてましたね。
「部長は素晴らしい戦闘力をお持ちなのだ。今回も一目で蟻猿と判断されて、単独で女王猿を始末しに向かわれたのだろう」
アシュリンさんの言葉にオロ部長は首肯く。
「反省点と言えば、メリナの戦闘力を甘く見積もっていたなっ!」
「えぇ、まさか矢を蹴りで押し込むなんて思いもしませんでしたよ」
えぇ、そうでしょうよ。
「アデリーナ様も、その後、猿に刺さった矢に別の矢をぶつけていたじゃないですか?」
アデリーナ様こそ、うちの部署に適任なのではないでしょうか。性格的にも、武器の性能的にも。
「えぇ、有効打を繰り返さないのは猿が不審に思うでしょ? 狙いを付けるのに少々苦労しましたよ」
うん、あの正確性は確かに凄かった。今までの弓使いさんの中では断トツの腕でした。
「何にしろ、ご苦労だった。では、戻るぞ」
「女王猿は、このまま生かして良いのですか?」
私は拘るわよ。敗けた気分だもん。
部長がいなければ、私は拘束魔法に掛けられたまま、巣に運ばれていたかもしれないし。そんな危険な魔物を放ってはいけないわよ。
「もう遅い。オロ部長が魔法陣の中で跳ねた段階で、巣に戻っているだろう。そこに挑むには準備不足だっ」
「メリナさん、お気になさらず。冒険者の方々には依頼しておきます。この先は巫女の仕事ではありません」
「でも、私は魔物駆除殲滅部です!」
「クハハ、メリナは本当に戦闘狂だな! 頼もしい限りだ」
……いえ、そういうつもりではないのですよ。
そうよ! 私は何を熱くなっているの。
巫女よ、巫女。私は素敵な都会っ娘になりに来たの。
服にゴブリンの返り血を付けたまま、森を進撃とか、本当に村にいた頃よりもひどいじゃない。
「いえ、そうですね。皆様の仰る通りでした。街に戻りましょう。はい」
「……メリナさんは分かりやすいですね」
アデリーナ様の呆れたような笑みが少しだけ癪に触ったけど、私たちはグレッグさんの下に戻る。
ちゃんと馬の場所で生きておられました。
「ご苦労だった」
アシュリンさんが普通の声量でグレッグさんに言う。それから、大猿の爪を渡していた。
「蟻猿の爪だ。大きくて質が良い」
「何のつもりだ? 俺は施しを受けない」
受け取っておきなさいな、グレッグさん。お金が入り用だって言われていたじゃない。
「お前は冒険者だろ? 我々の依頼に応えた証だっ! 感謝の証と思って貰って良い」
アシュリンさんは義理固いのよね、意外に。私にもこの靴をプレゼントしてくれたし。
そう言われて、グレッグさんは黙って袋に入れる。その後ろでは部長が動かない猿の山をペロッと丸飲みしていた。
空に浮かぶのが太陽から星と月に変わっても、私たちは森の中を歩いていた。
夜の森は暗くて危険なはずなのに、魔物とは遭遇しない。オロ部長が周囲の状況を見てくれているのかな。蛇って凄いな。
私が火炎魔法を唱えたところ、つまり、ゴブリンの群れを返り討ちにしたところからは、ハッキリとした道はない。暗いのもあって方向が分からないのに、部長はくねくねうねうね、木々の間を縫って進む。
もう真夜中かなという時間にオロ部長と待ち合わせをした大きな木の所に戻ってくる。グレッグさんとも出会った所ね。
「部長、本日はありがとうございましたっ! このアシュリン、部長の変わらずのお強さ感激致しましたっ!」
キリッと敬礼してからアシュリンさんが礼を言う。
「カトリーヌさん、また今度、呑みましょうね。ご一緒して頂きたいのですが、この先には一般人を待たせておりますので」
アデリーナ様の言葉にオロ部長は首肯く。
それから、サラサラとメモを私にくれる。
“お疲れ様でした。即行で組んだにしては上出来でしたよ、メリナさん。また、お出掛けしましょう”
はい。もう少し出来たかもしれないと反省しています。
考えもなく大猿に突っ込むのでなく、魔法で初撃を与えていれば勝てたのかなぁとか、でも、それだと女王猿が逃げるのは一緒だったかなとか、一人で振り返ってました。
「ありがとうございました。次は女王猿を仕留めます」
何より、この森の情報を知らないのが不味かったわ。蟻猿なんて、私の村の森には棲んでいなかった。まずは、その辺りを調べないといけないわね。
オロ部長は鞄を外し、それをアデリーナ様が受け取る。そして、軽く手を振ってから、木を登っていた。先に神殿に戻られるのですね。
私たちも森の入り口の広場に向かう。
うん、宴会よ、きっと。
道中、アデリーナ様が用意した軽食を頂いていたけど、お腹がペコペコです。楽しみです。




