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メリナ、もういい

 走りながら魔法を出す。止まって唱えた方が威力も正確性も良いのだけど、今は非常事態。

 何でもいいから、あの猿二匹の魔法を止めないと!


『私は願う。氷、氷、氷の槍。

 いっぱい、いっぱい、あいつらの周りに出て!』


 細長い氷の槍が奥の二匹の前に生えて、簡単な柵みたいになる。刺せるだけの強度は期待できないから、とりあえず囲んでみた。



 全力で駈け続ける私の後頭部に衝撃が走る。

 たぶん、さっきまで戦っていた大猿に石をぶつけられたのだと思う。


 でも、無視!

 後で魔法で回復できる!

 今は一刻も早く、発動を止めないと。


 ふらつきそうになった足を踏ん張って、前に出る。

 でも、頭のダメージは抜けなくてスピードに乗りきれない。



 そんな時に、地面に光の文字の魔法陣が描かれ、グルグルと廻り出す。


 これは、魔法の中でも上位の魔法が発動するときの兆し。村にいた時でも、5度も経験していない。


 今から逃げるには、きっと発動に間に合わない!

 


 せめて一撃でも喰らわせたい。そうすれば、誰かは生き残れるかも。

 目に見える魔法陣の円弧の具合いからすると、オロ部長はもちろん、アデリーナ様も範囲内に入っていると思う。



 

 私の思いとは関係なく、魔法は発動する。

 何が来るのかは分からない。私はまだ諦めない。立ち止まって周りを見る。


 地面に浮き出た魔法陣から薄い緑の光が溢れて、空に飛び出る。

 光に当たっても痛くない。直接の攻撃魔法ではないかな。


 あっ、体が動かないや。拘束系か。


 この後に私はどこかに連れていかれて食べられてしまうのかな。術が解けた瞬間に反撃してやる。けれど、このまま動けないままに食べられるなら負けちゃうか。悔しい。


 魔法を唱えた猿二匹の後ろの森が騒がしい。梢が揺れている。

 あぁ、小猿だ。働き猿が見えた。

 まだいたのか。



 私が出した氷の柵が魔法を唱えた大きな猿の豪腕で破壊され、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 そいつらは口を開いて、ネットリとした唾液が糸を引く、凶悪そうな牙を見せた。

 笑っているのかしら。今からお食事タイムですものね。


 クソ。



 でも、私の意識はあるのよ。

 魔法は使えるんじゃないかな。


 燃え消えてしまったらいいのよ。



『聖竜様、メリナです。お力を――』


 心の中で唱えている最中に、私の横から白い物が飛び出す!

 意表を突かれて詠唱が中断される。


 これ、長い! オロ部長!?



 私が認識した時には部長が一匹の猿を食べていた。とても猿は大きかったのにパクリと丸のみだ。首の当たりが異様に膨らんでいる。


 それとともに魔法陣が消えて、私は動けるようになる。



 アシュリンさんも残った方の大猿に向かう。

 今までにはない速さだ。


 で、かなり前からジャンプして猿の黒い顔面にパンチを入れる。


 そのまま、仰向けに倒れる大猿。

 何それ? アシュリンさんは肉体強化系の魔法の恩恵に与っていると思うけど、最初から使いなさいよ。


 倒れた猿は、オロ部長がピュッと吐いた液で溶けた。



 終わりました。いえ、もう一匹、大物いるんでしたっけ。確か、女王猿。



 警戒し直して構える私にアシュリンさんが声を掛ける。


「メリナ、もういい。女王猿は去った」


 えぇ、近付いていた小猿の群れも遠くに行き始めているのが分かります。


「……どうしてですか? 今なら女王猿とかいうのも追い込めると思います」


 もう夕暮れ時になりそうだから、時間なの?


「そうか、メリナは蟻猿を知らないのかっ!?」


 騒いでいる私たちの所にオロ部長がニョロニョロとやって来た。


“メリナさん、蟻猿の女王は逃げ足が早いのです。ですから、態と引き付けてから退治するのが鉄則です”


「そうだっ! だから、オロ部長は混乱魔法に掛かったフリをしていたのだっ!」


 詳しく訊くと、蟻猿は蟻のように巣に餌を持ち運ぶ習性があるらしい。雑食性で、植物の実でも動物でも新鮮な物を好むグルメな魔物。普段は臆病で人間を襲ったりしない。

 ただ、群れが大きくなると攻撃性が増すらしい。オロ部長によると、そうすることで群れの猿の数を調整してるんだって。獲物と闘って群れ全体を小さくするのか、それってなかなか大変な生き物ね。

 で、今回の群れは数を大幅に減らしたから、また大人しくなるだろうって話だ。


 餌を発見したり運んだりする係は『働き猿』。彼らの内、体格の良い個体が選ばれて『兵隊猿』とか『近衛猿』になるんだって。オロ部長の推測では特別な餌を与えられることで体格や魔力が飛躍的に変わるのだそうだ。



「でも、どうして掛かったフリなんかされていたんですか?」


 私の後ろからアデリーナ様の声がして、私の問いに答える。


「一番大きいものは女王猿が食べるのよ。で、今回の餌で一番大きいのはカトリーヌさん。ノコノコ近付いた所を逆に食べる予定だったのよ」


 私にも教えておいてよ。情報の周知は基本中の基本でしょ。


「ごめんなさいね、メリナさん。女王猿はとても感覚が鋭いのよ。カトリーヌさんが掛かったフリをしているのがバレないように、あなたには伝えなかったのよ。ほら、メリナさんは演技が下手でしょ?」


 いえ、私は演技も上手です! 上手なはずですっ!


「クハハ、メリナはすぐに目に感情が出るからな」


 出ないもん。


「じゃあ、私に殴られても解けなかったフリをすれば良かったじゃないですか?」


“あんな一撃をもう一発喰らえって事ですね? お断りです。久々に意識を刈り取られるかと思いましたよ”


 あっ、すみませんでした、部長。

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