靴に穴が開きませんように
私の後ろから、アシュリンさんが戦っている音が聞こえる。猿が豪腕を振るっている低い風の音と、パンパンと乾いた軽い音。アシュリンさんが拳じゃなくて、蹴りを何発も入れているのかな。手数を増やしてダメージを蓄積させていくつもりね、アシュリンさんは。
まどろこっしいので、私はその手の作戦は苦手。それに長引けば長引くほど、被害は広がるのよ。
この猿の中に魔法を使えるヤツがいる。
そいつを最優先で倒したい。
とは言え、目の前のヤツも殺しておかないと。ちょっと嫌な感じね。焦りで肌がピリピリする。
オロ部長にお会いした時のように氷塊を猿の口に魔法で作ったら、ボリボリと噛み砕かれた。窒息も無理なのよね。
猿の追撃を避けつつ、状況整理をしよう。
アシュリンさんと私が相手をしているのが一匹ずつ。奥に二匹見える。これで、計四匹。奥の二匹はこちらに向かって来ない。手前の猿とは役割が違う?
あと一匹はどこかしら。アデリーナ様は、『女王猿』を入れて五匹だと言ってたわね。普通に考えたら、あの動かない二匹の向こうに控えているか。
オロ部長はまだウロチョロしている。
私は猿のストレートパンチを避けつつ、部長に声を掛ける。
「オロ部長、大丈夫で御座いますか?」
聞こえたかな?
もう一度、今度は大きな声で。
「オロ部長! メリナですっ! 聞こえますか!?」
蛇の尾がバシンと土を叩く。
うん、聞こえてますね。でも、私の方を見ないから、方向感覚だけでなく視界も奪われているのかしら。
なら、やりましょう。
アデリーナ様の矢が大猿の太股の横に刺さる。でも、やはり途中で止まる。堅すぎるのよ。
なので、それを私は回し蹴りで更に奥へと押し込む。
あぁ、靴に穴が開きませんように。
そんな願いはあるけども、遠慮はしません。足の甲で思いっきり、猿の骨も貫通するくらいの気持ちで叩く。
裸足だったら踵か足の横や裏を使うべきだけど、このブーツなら甲でも行けると思うの。
安全を取ったの。リーチが長くなるから。
ぐい~と、入ってよっ!
いい感触! 狙い通り!
「アデリーナ様! もっと足に射ってください!」
少し猿から離れて私は森に向かって言う。
バランスを崩しつつある大猿に矢が向かう。猿はその矢を両腕を振るって叩き落とす。
それでも、何発かは当たっている。
刺さった矢に、更に矢が当たって、奥に突き刺さる。私の押し込みを見て、アデリーナ様も狙っているのね。
よし! こっちの猿の動きは封じれるわ。
次にオロ部長の戦線復帰を狙いましょう!
アシュリンさんが猿の攻撃を左右に避けながら何度も膝を攻撃しているのを横目にオロ部長に近付く。ちょっと攻撃が手緩い気がしたけど、意外に慎重派なのかしら。
奥の二匹はまだ動いていない。
何故? 今ならまだ数で向こうが押せるはずなのに。
でも、気にしない。というより、オロ部長が回復すれば圧勝よ。あの液をピュッピュッと出せば、何でも溶けるんじゃないの。
「オロ部長、メリナですっ! 動かないで下さいっ」
キョロキョロする部長。でも、這うのは止まったわ。
私はオロ部長の頭をぶん殴る。
堅いわ、やっぱり、部長の頭は断トツに堅いわ。
でも、精神魔法の効力から戻すのは殴るのが一番ってお母さんが言ってた。精神の何をやられたか分からないから解呪の魔法も手当たり次第になってしまうから。
大雑把だけど、大体殴ったら意識を戻す。それが真実。いっそのこと、気絶してもいいくらいの気持ちで殴るのがいいはず。
殴られたオロ部長は少しだけ動きを止めた後に、白くて可愛い手で頭を撫でる。すみません、痛かったでしょうか。
「大丈夫ですか、オロ部長!?」
私の心配に部長は書き書きしたメモを渡す。
“えぇ、ご安心下さい。とても乱暴に起こされた気分ですが、大丈夫です。クソ痛いですが、大丈夫です”
続いて二枚目を渡される。
″夢を見せる系統の魔法でしょう。夢の中でもメリナの声は聞こえそうですね。感謝致します″
夢の中でも聞こえそう? 聞こえなかったのかしら。
いえ、それよりも!
「部長! 魔法を唱えるヤツはどいつですか!?」
魔法は危険! 排除を急がなくちゃ。
部長は奥の二匹を見詰めて、赤い舌をチロチロ出す。
アレね。
でも、おかしいわ。どうして、まだ魔法を使わないのよ。
……私は見えた。
あいつらの口の中に赤い光が灯っているのを。
ヤられた!
あいつら、詠唱してたの!?
魔物の魔法って嫌い! 言葉を喋らないから、人間と違って魔法の準備をしているのが判り辛いのよっ!
「何か、来ますっ! 逃げて!!」
慌てて大声で叫ぶ。
その上で、私はあの二匹に突っ込んだ。




