開戦の合図
「分かりました。アシュリンと再びお組みできること、神に、いえ、聖竜様に感謝致します」
魔物がすぐ側に迫っているというのに、アデリーナ様は嬉々とした表情だ。
昔、アシュリンさんとパーティでも組んでいたのかしら。いえ、でも、アデリーナ様は王家の方。アシュリンさんが所属していたとか言う軍で何かしていたのかな。
「あぁ、私も負けんっ!」
アデリーナ様への返答のはずなのに、アシュリンさんのは意味不明よ。何に負けないんだろ。感謝の程度なのか、神様とか聖竜様に対抗しているのだろうか。
オロ部長がメモを差し出す。
“心踊りますね。ただ、魔法にお気を付け下さい。転送魔法なのか、混乱系なのか、どちらにしろ危険です。私は後方を突きます。もしも異常を感じたら、何らかの魔法を空高くに放ちなさい。それを目印に合流しましょう”
戦闘前だというのに綺麗な字だこと。
オロ部長はそのまま森へ消えていく。
私は森を見る。
アシュリンさんは大きい猿の魔物だと言っていたが、木々の揺れからはそんな感じはしない。小さいのがいっぱいって感じです。
「アシュリンさん。前衛に回られますか?」
「メリナ、この私が魔法使いだと思うかっ!?」
全く思いませんよ。でも、ずっと走っているなら疲れているかなと思いまして。
「前に行くんですか?」
「もちろんだっ! メリナっ!」
「アデリーナ様も戦われるのですね? 前ですか、後ろですか?」
「メリナさん、私をあなたやアシュリンさんみたいな怪物だと思っておられるのですか? もちろん、後ろです」
「魔法ですか?」
「弓ですよ。メリナさんは?」
そんなもの、お持ちじゃないでしょうに。馬の荷にあったかしら。ちょっと不思議ね。でも、お任せしましょう。
さて、私か。
アシュリンさんは大丈夫だと言っても無理をしている可能性があるわね。一晩夜営している訳だし。
「前に出てアシュリンさんを援護します。ただ、猿の群れなら道の両側の木々から攻めてくるかと思います。なので、アシュリンさんと反対側のサイドで前に出ます」
「了解です。では、私とグレッグさんは道の真ん中に陣取りましょう。グレッグさん、私の背後を守ってくださいな。行けますか?」
「俺が前に出なくていいのか?」
騎士見習いとしての意識なのかしら。でも、犬死にするかもよ。
「ダメです。アデリーナ様の背後を守るのはグレッグさんしかいません」
私はそう説得する。それでも、前に行くなら私が下がろう。
「……分かった」
「怪我をしたらすぐに言って下さい。即死しない限り、絶対に私が治します」
森で死ぬ不幸は良くないわ。少しでも魔物の餌を増やすのは避けたい。それが森に入った人のマナーよ。
「即死なら燃やしますね」
「お、俺をか!?」
私は黙って首肯く。でも、グレッグさんは怖気付かなかった。
「その時は墓も作ってくれよな、メリナ」
おぉ、少し根性が出たのね。
でも、本当に無理はしないように。臆病なのも生き残る手段の一つでもあるのよ。
「よしっ! 行くぞっ!」
アシュリンさんが拳を前にしてアデリーナ様に向ける。それにコツンと自分の拳を当てるアデリーナ様。
私が最初じゃないんだって、少し変な感情を持ちつつ、続いて私がぶつける。
「メリナ、期待している」
アシュリンさんが声を掛けてくれた。
「はいっ! 頑張りますっ!」
うん、なかなかいいじゃない。気合いが入るわ。ご期待に沿えて見せます。
アシュリンさんは出会ったばかりのグレッグさんとも拳を当てる。
「誰だか知らんが、アデリーナの守りを頼むぞ」
不躾ね、アシュリンさん。でも、グレッグさんも笑顔で応えた。
「あと、これもな」
アシュリンさんは背負ったコウモリの大羽根をグレッグさんに投げ渡した。
「うおっ! でかいな、これ」
グレッグさん、そう言いながらも丁寧に馬に載せていた。
私たちは配置に付く。
道の幅は十分にある。猿の魔物が木から攻撃するには無理のある距離だ。だから、猿は土を走らざるを得ないはず。地の利はこちらにあるわよ。
問題は簡単に背後へ回られることね。
私の意見の通り、前衛である私とアシュリンさんは道の左右に分かれ、それぞれのサイドの魔物を片付けることになった。
アデリーナ様は道に沿って向かってくるものを撃退しつつ、それから、私たちの援護をしてくれるらしい。
離れた木々に猿が見え始める。やっぱり群れか。何匹いるのか数えられる量じゃない。
アデリーナ様は、眩しく輝く弓を持たれていた。それって魔法ですか?
弓を絞ると、これまた光る矢が出現する。
アデリーナ様は揺れる木の枝を見つつ、狙いをしっかりと付けていた。
そして、放つ。
茶色い猿が一匹落ちた。
それが開戦の合図。
一気に森が騒がしくなる。猿のキーキー鳴く声だ。
あと、私と違ってアデリーナ様の魔法は美麗で優雅だ。そうなのよ、ああいうのがレディーには大切なのよね。
とは言え、殺りますか。
私は木々の上で甲高く叫び続ける猿を睨み付ける。




