末恐ろしい
ゴブリン達の攻撃は止まった。
でも、囲まれた状況は変わらない。いえ、オロ部長が淡々とお食事をなさっているので、数は減ってるわね。なのに、奴等は逃げ出さない。
ゴブリン的には私たちが疲れたところをまた襲うつもりなのかしら。でも、オロ部長の食欲は止まる予感がしないわよ。食べ尽くす勢いよ。
「アデリーナ様、これはどう致しましょうか?」
「どうするもないですね。メリナ、やってお仕舞いなさい。魔法でどうにか出来るのではなくて?」
分かりました!
アデリーナ様がいらっしゃるので余り過激な事はと思って躊躇していましたが、殺りますね。
「グレッグさん、私はゴブリンの群れに突っ込みますので、アデリーナ様と馬を宜しくお願いします」
「あぁ、分かった。無理はするなよ」
グレッグさんが居てくれて良かったかもしれない。撃ち漏らしたものがアデリーナ様を襲うかもって考えたら、私は自由に動けなかったと思う。
頼りにはならないけど、頼りにしてるわよ、グレッグさん。あなたが傷付いても大丈夫。最悪、回復魔法で助けてあげるから。だから、身を投げ出してでもアデリーナ様を守りなさいよ。
私は魔法を心で唱える。
『私は願う。全力で殴りたい、蹴りたい。だから、私に力を。物理的に粉砕する力を私に与えて』
あぁ、体内が熱い! この魔法は癖になるくらい全能感が出ちゃうのよねぇ。
たぶん、今の私は笑顔。
この魔法もお母さんにも止められてたけど、魔物退治で村の人たちの前で使ったら、一ヶ月くらい、皆が余所余所しくなったのよね。やり過ぎないように気を付けないと。
って、どうでもいいわ。今の私なら空も飛べそう。飛んじゃえ。
「行ってきます!」
私は土を蹴って前へ跳ねる。オロ部長のようなジャンプではなくて、方向の調整が利くように長く一歩を踏み出す感じで。
さてと、まずは手前の錆び付いたナイフを持ったヤツからね。
あら、ゴブリンも涙を流すのか。怖いのに前線に出てきてしまったのね。でも、早すぎでしょ、泣くの。私に殺られるともう理解したのかな。
ごめんなさいね。戦闘では慈悲は持たないようにしているの。
私はそいつの腹に前蹴りを入れる。小柄で軽いゴブリン達が吹き飛ぶことのないように、上から下へ圧し踏み付けるように。後ろに転げたゴブリンもう一度踏み潰して、腹を破る。
次ね。横の壊れた弓を持ったヤツ。
遅いわ。もう逃げれないよ。
左目にストレート。たぶん、眼球は潰した。で、おそらく、こいつはそのまま倒れて死んだ振りするだろうね。
うん、当たり。
倒れ込んだ所で首を踏み潰す。わっ、首から血が吹き出したよ。靴が汚れるじゃない!
更に球蹴りの要領で、そいつの捥げた頭を蹴り飛ばして、木の側に立っていた別のゴブリンの頭にぶつける。
さぁ、次は。
あら、勇敢なのが三匹もいたのね。槍、いえ、尖った木か、それを持ったのが私に向かって来ていた。
「ガアアアアアア!!!」
とりあえずの大声で、ゴブリンの勢いを止める。
ちょっとだけ怯んでくれたかな。
私からも彼らに走り寄り、一匹のゴブリンの槍を握る。それから、引き寄せて顔を殴る。これも叩き付ける感じで。
よし!額が凹んだ。たぶん、もう動けないね。
二匹目は、っと。
あちゃ、やられた。木の槍でお腹を刺されてしまったよ。近寄りすぎたのかな。
視野が狭くなっていたのか……。普段の私なら躱せていたはずなのに。それに、この魔法、私の体が柔くなるのも難点ね。
痛い、痛い! 痛いけど、大丈夫!!
まずは、こいつを殴ってしまいたい。
私を刺したままのゴブリンの腕を持つ。さっさっと抜かないのが悪いのよ。
そのまま力を込めて、腕を強引に握力で潰して切り落とす。フフフ、ゴブリンさん、柔らか過ぎるのでなくて。
木の棒は私に刺さったままだけど、これで私は動けるよ。
間合いを縮めて、こいつも顔を殴り――
クソ! 三匹目がやって来たか。
二匹目への攻撃を諦めて、三匹目の相手をする。
狙いは私の首。槍の穂先の向きから、ゴブリンの狙いを察する。
私は後ろに跳ねてから、腹に刺さった木を引っこ抜く。これ、抜く方が痛いのよね。何故なのかしら。
「グアアアアア!」
痛みを堪えるためと、威嚇するために叫び声を上げる。
「クソが、ぶっ殺すぞっ!!!」
もう一度、威圧。
『私は願う。お願い、とても痛いの。早く私のお腹を治して。お願い致します』
こっそり回復魔法。
よし、治った!
ゴブリンの表情が悲壮な感じになったから、自分で確認しなくても血が止まったのが分かるわ! 死に掛けだと思ったのが復活するの、とても絶望だもんね!!
「おらっ!!」
三匹目を横からの回し蹴りで吹き飛ばす。逃がさない! 私は走ってゴブリンが着地、いえ転がったポイントまで急ぐ。
起き上がれずに片手を上げて命乞いっぽい事をする三匹目の頭を踏みつけて殺す。
あの二匹目はどこだよ。私の腹を刺したヤツ!
お前にも刺してやる。どれだけ痛いか知っているのか。私は三匹目が持っていた木の棒を持つ。
そして、腕を庇って踞っている二匹目を目掛けて投げる。うりゃ! 見事に脳天に突き刺さった。
ククク、さて、次の獲物はどれだ? 愉快だわ。
その後は記憶にありません。この魔法はお酒のように記憶を奪っていくデメリットもあるのです。
気付いたら、顔面蒼白のグレッグさんが私の前に立っていました。コップに入った水をくれたので、一気に飲みます。
「どうでしょうか? 無事終わりましたか」
「……えっ、うん……。何て言うかな。無事では……無いかな」
まさか、アデリーナ様の護衛に失敗したの!? 万死に値するわよ、グレッグ!!
あら、アデリーナ様はお元気じゃないですか。何よ、グレッグさん。もう少し遅れたら、どうなっていたか分かりませんでしたよ。
「ご期待に沿えましたでしょうか?」
私は朗らかにアデリーナ様に訊く。
「……メリナさん、ドン引きです。魔法でとは言いましたが、まさかの狂暴化とは思いませんでしたよ。相手がゴブリンと謂えど、高笑いしながら殺して行くなんてドン引き以外の何物でもありません」
「高笑いしていました? 『クソが』とかは言った気がしますけど、それは敢えての『クソが』なんです」
冷や汗が出ます。そんな風に笑った記憶は無いんですよ。
「していました。奪った槍を投げ付けて刺さった時なんて、森中に響き渡るのかと思うくらいのでした。あと、敢えての『クソが』は敢える必要が全く分かりません」
そうですか……。末恐ろしいことです。




