いえす、まむ
アシュリンさんを先頭に私は神殿の敷地を歩いていく。
さっきの建物の前に大きな池があったり、綺麗に芝生が整えられたりしてたけど眺める暇はなかったなぁ。
あの人が大股でドンドン歩いていくし、背負った鞄の紐が肩に食い込むしで、早速の重労働ね。
まだ仕事も始まってないのに。
アシュリンさん、頭が蒸し暑いからと言って、被っていた帽子を取っていた。グワッ、グシャと掴み潰す感じで。
そんな仕種、私の目指す方向性と全く逆なんですけど。
それにしても、アシュリンさんの髪は、女の子なのに短いんだ。村の女の子は私も含めて伸ばすものだと思っていたよ。
いえ、女の子という表現はよくないか。私よりもかなり上だもの。
随分と奥の方まで歩いて来たわね。
さすがシャールの街が誇る聖竜様の神殿。かなり広いわ。
建物もいっぱいあるけど、説明してくれないのかな。私から訊かないといけなかったりするのかしら。
あっ、でも、その前に当面の不安を解決しないと。
「アシュリンさん、どこへ向かわれているのですか?」
私の言葉で彼女は歩みを止めて、体を向ける。
「メリナっ! 私は上司である!! マムと呼べっ!! イエス、マムだ!!」
えー、ほんとに嫌だなぁ。
せめて、もっと小さな声で言ってほしい。近くで農作業していた巫女さんが体をビクッとさせて驚いているじゃない。アシュリンさんだけじゃなく、私まで好奇の目に晒されちゃうわ。
「どうした? イエス、マムだっ!」
「……いえす、まむ……」
小声だけど言わされたよ。流されやすいな、私。
「声が小さいっ! もう一度!!」
「いえす、まむ」
回りの目とか気にしてよ。恥ずかしいじゃない。
「お前はクズ虫野郎だ!! クズ虫らしく、大きな鳴き声で叫ぶんだっ!!」
いきなり何よ。罵倒しすぎでしょ。
私の気持ちなんか全く配慮せず、アシュリンさんは叫び続ける。
クズ虫はあんたでしょって、ダメ、私はこの神殿で新しい生活を手に入れるの。猫を被り続けてお友だちをいっぱい作るのよ。
だから、ここは静かにするのが正解だわ。
「い、いえす、まむ。……アシュリンさん、もうこの辺りでご容赦をお願いできませんでしょうか? 皆さんのご迷惑にもなるかもしれませんし」
「あぁ? クズ虫の癖に生意気だ。クズ虫の親もクズ虫なのか!? お前の母親は大クズ虫だなっ!!」
……あぁん?
お母さんは関係ないじゃない。あんな素敵な人は他にいないわよ。
人様の親をいきなり罵倒できるあんたがゴミクズ虫よ。
私は怒りを鎮めるために無言になる。ほんとは深呼吸したいんだけど、それは目の前のこいつを刺激する、か。
侮辱に耐えている私に対して、ゴミ虫野郎が低い声で言う。
「貴様、舐めているのか? なんだ、その目はっ!!」
えー、そんな事ないよ。ちょっと心の中で悪口っていうか、反抗心を出しただけじゃない。目は普通だったはずだよ。
だいたいね、弱々しくだけど、ちゃんと命令通りに言ったのに。そこを評価してよ。
アシュリンは格闘家の人のように構えた。もちろん、相手は私。
足を前後にしているものだから、スカートの部分が伸び広がってるわね。随分と伸縮性が良い生地みたいだけど、いくらなんでも破れるわよ。
レディーとして、それは良いの?
「来い。修正してやる」
うん、分かってる。あなたは聴かない人だもの。
でも、いいのかしら。
私もヤル気だよ。アシュリンさん、あなたを修正してやるね。新人だからって、舐めんなよってことよ。
私は鞄を置いて、拳を前に構えた。




