馬車で森へ
アデリーナ様が二頭の立派な体格の馬に鞭を打つ。パシンッととても大きな音で、それに反応した馬の嘶きが昼前の神殿に響く。
えぇ、スピード狂っていうのは街を出てから存分に知ることが出来ました。街道とか無視で、一直線にアシュリンさんが入った森へ向かって行くのですね。道無き道を突き進む、そんなアデリーナ様の生き方かもしれないものが、そのまま顕現しているかのようです。
……もう止めて頂きたい。怖いし、お尻が昨晩に引き続いて痛いです。このままでは、私のお尻が真っ赤に、若しくは鉄板のように鍛えられてしまいます。
「ヒャッハー!!」
たまに乙女が出してはいけない叫び声がアデリーナ様から出てきます。
「アデリーナ様、私、少しばかり胸が悪くなってきました」
「ギャハハハ、メリナ、顔を外に出したらダメよ。頭を何かにぶつけますからね」
何の配慮よ。一回止めてよ。
前方からの風が凄くて、口を開くと中に入ってきて喋りにくい。
「アデリーナ様、今、私の額にバッタが! バッタが直撃しました! ベチャッとなった気がしますっ!」
大変、気持ち悪いです。
「避けるのよ、メリナ! どう? 風のようになった気分は!」
これは風なの? どちらかと言うと、我を忘れた闘牛のようなのですが。
「暴風ですよ、これじゃ!」
「ギャハハハ、じゃあ、もっと速くするわよ!」
『じゃあ』じゃ、無い! 何も繋がってませんよ、その接続詞。
私が仕方なく、袖で顔を拭いたタイミングで、馬車が加速する。車輪の軸が軋む音がしたけど、そんなのお構い無しね。これでは戦車です。ちょっと人が座りやすい、豪華な戦車です。
……たぶん、戦場でも最前線で十分に活躍できそうです、アデリーナ様が。
「ヒャッハー! 行っけー!!」
王家の人の弾けた声だけが草原に響き渡る。
森に着きました。とっても速かったです。
少し水を頂きました。
「この馬車はどこに置いておきますか?」
「ここでいいじゃない?」
ここは、私が脱臭魔法の練習をした所。人通りも多くて、盗まれかねないと私は心配なのです。
それを伝えるとアデリーナ様が笑う。
「王家の物を盗む? そんな恐れ知らずを見てみたいものですね」
いえ、こんな森の前に王家の馬車が放置してあるなんて誰も思わないですよ。ちょっとした出来心から、一族郎党の絶体絶命の危機を招くなんて思わないですよ。
「馬は森に連れていくわよ。荷物も運んで貰わないといけませんから。それにアシュリンの声だとか臭いを覚えていますしね」
そうなんですね。これ、アシュリンさんも知っている馬か。神殿で飼っている馬かしら。とても大きいわよ。
よし、休めたから落ち着いてきたわ。帰りは絶対に徒歩で帰りましょう。
「でも、貼り紙くらいしておきましょうね」
アデリーナ様は紙に羽ペンで書いたものを御者席に置いて、その上に石で重しをした。
紙とペンはアデリーナ様がしていた肩掛け鞄に入っていた。何でもオロ部長の会話用で、後で渡すんだって。地中は狭いから代わりに持って来たらしい。
紙を見たら、″この馬車は王家のものです。盗んだら死刑。竜神殿のアデリーナ″って、とても簡単に書いてありました。
こんなのでいいのでしょうか。
「これ、絶対に死罪になる不幸な方が出ますよ」
ただの脅しか悪戯だと思うわよ。
でも、アデリーナ様は私の言葉を無視しました。
「さあ、ご飯にしましょう」
私はアデリーナ様の指示に従って、木箱から食器、それにパンとバター、ハムを取り出し、ナイフで食べやすい大きさに切る。
食器とか、凄い量の綿の中に埋もれた状態だったんだけど、お金掛かっているだろうなぁ。
水を樽から取って、私たちは食事をする。お皿とかは馬車に乗せての立ち食い。アデリーナ様にもそんな事をさせて良かったのかしら。でも、私の懸念を伝えたら、「あなたが椅子になりなさい」とか仰りかねないので言いません。
あと、アデリーナ様は昼前なのにお酒を飲んでた。いいのですか、今は仕事中の時間ですよ。
「これ、洗いますね?」
ハムの油でベトベトな食器を見て、私はアデリーナ様に訊く。了解を貰ってから、水魔法を皿に向かって放ち、水で濡らす。それから、その辺の草の葉でゴシゴシした。
「……メリナさん、布はそちらに入ってましたよ」
えっ、そうなんですか! すみませんでした。
「じゃあ、それは次に使用させて貰いますね」
「えーと、この妖しげな形の葉っぱで拭いたお皿とグラスを次の食事で使う気なんでしょうか?」
ダメ? でも、私は黙って片付ける。だって、私的には十分に綺麗になったんだもん。




