戻ってこない
朝日で目が覚める。
くぅー、頭が痛いわ。体も重いし。
ん? 重すぎるわ。何かお腹の上に違和感が。
私はまだ眠い眼を擦りながら、そちらを確認する。
マリールかっ!
奴が私のお腹にどっしり座っている。
「何してんのっ!?マリール!!」
「いえね、シェラのは分かったから、メリナのはどんな感じかなっと思って」
ひー、両手をワシャワシャしないで!
私の胸を触る気ね! 私の純潔を穢さないでっ!
って、触ったらマジ殴るわよ。いえ、もちろん手加減してだけどさ。
目だけでも殺気を発したのに、マリールは止めてくれません。
「一揉み、二揉み、三の揉~み。四はなくて、五っ、五っ、五っ」
意味が分からないわ。最後の五の三連続は何なのよ! 理解不能だけど、リズムに乗ってマリールは私の胸を弄ぶ。
こんな時に枕は便利。
思っきり投げつけて、私どころかベッドの上からマリールを退けてやった。
シェラはもう部屋にいなくて、朝御飯はマリールと二人で食べた。何でも今日は週に一度の特別な礼拝の日らしくて、担当するシェラの部署は忙しいらしい。マリールが教えてくれた。
なのに、昨晩は私を心配して待ってくれていたのね。ありがとう、シェラ。
「メリナさん? もう大丈夫ですか?」
後ろから、キレイなのに怖い声が聴こえた。口に入れていた肉塊が喉に詰まりそうになる。慌てて水で流し込んで、声の主を見る。
「はい、アデリーナ様。昨日は本当に申し訳ありませんでした」
お酒のせいで記憶は余り無いのですが、部屋の状況から、何をやらかしたかは完全に理解しています。
恐らく、私はアデリーナ様のグラスにお酒を注ごうとして失敗したのです。お服にも掛かってしまう大変な粗相を仕出かしてしまいました。
「次はきちんとグラスへ。グラスに入れさせて頂きます」
私の言葉にアデリーナ様はしばらく無言だった。
「……良いのですよ、メリナさん。私は全然、全く気にしていませんから。昨晩はお疲れ様でした。五年後くらいですかね」
妙な感じでアデリーナ様は去っていった。
五年後? 何の話よ。何かの事情で探りを入れられた気がする。だけど、全く分からないわよ。
「……メリナ、昨日、アデリーナ様と何を話したの?」
何だっけな。本当に覚えていないよ。お酒が楽しい気分にさせてくれることくらい。お酒をちょびっと飲んで、意外な苦さにびっくりしたくらいから記憶が飛んでるの。
「誉められて、何かを約束して、土下座していました」
「何それ、全く分からないじゃん」
「お酒を頂きまして、不覚にも記憶がだいぶ無いのです。でも、床とかアデリーナ様の服がお酒で汚れていましたので、粗相をしてしまったようです」
「ふーん、まぁ、いいわ。アデリーナ様が部屋まで迎えに来たから、相当な事があったのかと心配してた」
マリール、ありがとう! でも、胸は揉ませないわよ!!
私は魔物駆除殲滅部の小屋でアシュリンさんを待つ。
おかしい。あの人は私より先に来て、この椅子に座っているはずなのに。
森から帰ってきていないの?
魔物に襲われた? いえ、あのアシュリンさんが負けるはずない。そんなの想像できない。
道に迷った? それは有り得る。あの肩車事件の時は街中の道順さえ覚えていなかったもの。
でも、どうしよう。
オロ部長と相談したいけど、居場所が分からないわ。
アデリーナ様なら分かる?
そうだ!
アシュリンさんは薬師処からの依頼で血吸いコウモリの羽根を採りに行くって言ってた。だから、まずは薬師処にアシュリンさんが戻って来ていないかを確認しましょう。
もしかしたら、夜遅くの帰還で、今は家で寝ているのかもしれない。
ん? アシュリンさんの家? 私と同じように神殿の中で過ごしているのかしら。
それは、今は関係ないわね。
とりあえず、マリールの働いている部署、薬師処に向かいましょう。
私は小屋の近くの畑で農作業している巫女さんに声を掛ける。
「すみません、薬師処に行きたいのですが、どの建屋になりますでしょうか?」
黒い巫女服を着た、その方は、快諾して何と私の希望する所まで案内してくれた。自分の仕事を止めてまで、そこまでして頂けるなんて、とても優しい人だ。感激です。こんな方が私の先輩だったら!
その額の汗、私が拭ってあげたいです。
脱臭致しましょうか、そのお靴を!
「ここですね。御用があるのでしたら、私が話を通しますが」
「本当にありがとうございますっ! 先日、魔物駆除殲滅部にご依頼された血吸いコウモリの羽根が届いたか、知りたいのです」
私は自分のセリフが神殿には似つかわしくないよねとか思いつつ、彼女にお願いした。
私、本当にこの人と同じ神殿で働いているのかしら。いえ、まだ仕事してないや。
「分かりました」
静かにそう答えて、農作業の巫女さんは中に入っていく。
「あなたもどうぞ、メリナさん」
外で待とうとした私にそう言ってくれた。
「はいっ! でも、どうして、私の名前を?」
「毎日、あのアシュリンの大声が聞こえてきますから」
アシュリンさん、呼捨てされてる……。このとても優しい人から。しかも、『あの』呼ばわりだし。何してるのよ、アシュリンさん。
畑を踏み荒らしているのも、あの駆けっこの時だけじゃないんじゃないの?
「まだ届いてないようですね」
農作業の巫女さんの助けもあって、薬師処での情報収集は捗った。
それにしても薬師処は立派な建物ね。白い石造りで、ザ・神殿って感じ。しかも中には小部屋がいっぱいあって、どの部屋も私の魔物駆除殲滅部の木の小屋よりも広そう。
巫女さんもいっぱい居て、やっぱり羨ましい。私たちみたいに、巫女服を貰っていない見習いも何人か見掛けた。でも、マリールはいなかったわ。これだけ広いとなかなか逢えないわよね。
「ありがとうございました」
協力してくれた巫女さんに私は深く礼をする。
「いいのよ。あなたもアシュリンの下で大変でしょ」
何だろう、妙に親近感を持たれているわ。
「あなた、数日前、アシュリンを殴ったでしょ? 私、見てたの。話したの覚えていませんか?」
えっ、あの時の畑にいた巫女さんですか!? 私が「他の人には言わないで」ってお願いしたら、首をブンブン振っていた、あの人ですか!
「心がすっと晴れましたよ。あのアシュリンに一矢報いるなんて。私のお祈りが届いたとスードワット様に感謝致しました」
笑顔で言わないで。
何なの。この竜の神殿の巫女さんは、どこか黒い所がないといけない条件でもあるのかしら。純粋なのはシェラだけじゃないの。少なくとも私が知っているのは。




