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契約

 アデリーナ様はまだ私を帰らせてくれない。

 自分のグラスを一気に空けて、更にお酒を注ぐ。私のグラスにも少しだけ足してくれた。


「で、本題」


 アデリーナ様の金髪が月の光で照らされる。部屋の暗さもあって怪しげに見えてしまうわ。


「私ね、強い人が好きなのよ」


 そうですか。


「男でも女でも」


 そういう言い方をされると、違う方向の好き嫌いだと受け取られますよ。


「でね、私はメリナ、あなたが欲しい。拒否権はないわよ」


 これ、どっちの意味よ。慰みものの意味なら、すみません、お断りしたいのですが……。


「大人しく言うことを聞きなさい、メリナ」


 私は返事に困って黙ってしまった。

 アデリーナ様がテーブルの向こうから上体をぐいっと乗り出して、顔を近付けてくる。舌舐りまで見えたよ。


「どちらかと言うと、可愛い娘の方が好きよ、わ た し」


 そんな眼で私を見ないで下さいませ。




「ギャハハ、誤解したでしょ、メリナ!」


 いえ、誤解させられたのです。

 今は、顔面を撃ち抜いてもいいかなとか思っています。


「欲しいのは本当よ。戦力としてよ」


「戦力ですか?」


「そう。私に仕えない?」


「……私は竜の巫女になりたいのです。残念ながら、お側には」


 とりあえず、本心を伝えておこう。


「うんうん、それでいいわよ。巫女のままでいいから、私に仕えるということで」


 アデリーナ様の勢いに、私は喉が渇き、グラスにもう一度口を付ける。

 やっぱり苦い。



「私がね、巫女を辞めざるを得なくなったら、その時に頼らせて欲しいのよ」


「王家の方なのに、ですか?」


「だからよ。下手に王位継承権なんかがあるから、不測の事態があれば命を狙われるの」


 不測の事態って、どんなよ。でも、『具体的には国が滅ぶ時ですか?』とか王家の人に言っちゃうと、本当に不敬罪に問われそうで口に出せない。


「仕事は楽しいから辞める気はないんだけどね」


 そうですね、毎晩楽しそうに私たちを脅されてましたね。



 グラスに少し口を付けてからアデリーナ様が言う。いえ、少しじゃないわね、ガッツリ飲んでるわ。


「アシュリンからは、メリナのコードネーム候補として、狂犬と巫女戦士の二つが提案されているわ」


 何ですって!?

 あの会話がこんな所に影響してくるのっ!?


「すみません、両方ともお断りです。それに、アシュリンさんは関係ないのでは――」


 あっ、アシュリンさんが既にアデリーナ様に仕えている可能性か。


「アシュリンはここに来る前から、私の護衛だったわよ」


 なぬっ!

 つまり、アシュリンさんは王家に直で仕えるくらいの家柄ってこと!?

 それに驚くわ。


「でも、コードネームなんか不要じゃないですか? 護衛なら表立って名前が出てもいいと思うのです」


 アデリーナ様はもう空いたグラスに酒を注ぎながら喋る。

 この人、本当にお酒が好きなのね。


「護衛の情報はなるべく出さない方がいいの。だから、メリナみたいな庶民は都合がいいわね。それに、表に立たない仕事の時には名前が出ないほうがいいでしょ」


 その表でない仕事が非常に気になります。が、それよりも大事な事が。このままではトンでもない名前を付けられてしまう。


「コードネームについては私が考えてはいけないでしょうか?」


「えぇ、私が気に入ればね。今、言いなさい」


 また本当に嫌な笑顔だこと。人の名前で遊ばないで下さい。


「……」


 何も出て来ないよぉ。どうしよ、でも、狂犬とか巫女戦士とか、おかしいわよ。

 巫女戦士なんて、半分、どんな経歴かばらしているじゃないの!


「無いなら、私が決めるね」


「いえ、『竜の炎』でどうでしょうか」


 私が得意な魔法と敬愛する聖竜様の組み合わせよ。


「何か、しっくり来ないわね。メリナの偏執的な性格が分からないわよ。スマート過ぎるのかしら。あなた、お酒が足りないのよ」


 偏執じゃないし、仮にそうでも分からなくて良いですよ。


「では……『湖の巫女』は?」


 シャールの後背にある有名な湖と巫女の組み合わせ。


「却下。メリナの案はダメね。私が決めるわ」


 そう言ってからアデリーナ様はグラスを空ける。そして、天井を見上げる。


「聖竜様のお告げが来ました。メリナ、あなたは『竜の靴』です」


 ……ちょっと聖竜様をバカにしてるの!?

 絶対、お告げなんか来てないでしょっ!


「アデリーナ様、おふざけはお止めください」


「えー、メリナ、こわーい」


 クソが。只の酔っ払いの戯れ言じゃない。



「本当にお告げが来たのよ。メリナには聞こえなかったのかな? 本当に巫女見習いなのかな?」


 何それ。聞こえなかった私が悪いみたいに感じちゃう。


「……すみません、私には聞こえませんでした。修行が足りないのでしょうか。それとも、私は巫女として……失格なのでしょうか」


「ギャハハハ、そうよ。だって、私も聞こえてないもん! お酒の勢いだもん!」


 もう帰りたいよ。帰らせてよ。


「でも、決まりよ。あなたは『竜の靴』よ。理由は分かるよね?」



 本当の意味は分かるよ。昨日の事だもの。でも、こじつけって大事。


「はい。この私の靴のように、私自身が聖竜様の御靴となり、陰ながら聖竜様が速やかに、また正確にご使命を達成できますようにとの、アデリーナ様のお考えが顕れたのですね。流石です。敬虔な巫女としてのアデリーナ様の名声も高まるでしょう」


 自分で言っておきながらだけど、高まるわけないでしょ。


「あら、薄々思っていたけど、頭の回転もいいのね。口から出任せも大切よね。まぁ、それで行きましょう。まさか、本当は靴の臭いに拘る竜の巫女が由来だなんて、誰も思わないものねっ!ギャハハハ」


 出任せって、はっきり言わないで下さい。


「うん、じゃあ、私が助けを求めるまでは普通に過ごしていなさいね。五年くらいは何もないと思うわ。契約はその時にね、それまで信頼感をお互いに高めましょう。それと、今の話はアシュリンも含めて他言無用。分かった?」


 やっと終わった。

 五年とか言ってるけど、国が崩壊することなんて有り得ないから、私がアデリーナ様にお仕えすることは、たぶん来ないわね。

 あと、アシュリンさんに相談しても、何も解決しないことくらい知ってるわよ。

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王女とは思えないほど笑い方が下品で好き
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