拳と剣
巫女服は頭からすっぽり被って着るタイプの服でして、長いスカート状です。普通に考えると戦うには不向きな形なのですが、足を縦に広げてもビローンって軽く広がります。
アシュリンさんと最初に出会った時にそんなに乱暴に扱ったら破れるんじゃないと思ったものですが、耐久性も良さそうですね。
コウモリの羽が原料って言うのが、何だかダークサイドっぽくて不満では御座いますが。
アデリーナ様も同じく黒い巫女服なので、華やかさに欠ける舞台です。
さて、私は作戦を変更していました。
開始早々に顔面に拳を殴り付けて壁に吹っ飛ばす予定だったのですが、大剣の切っ先が真っ直ぐ私に向かっており、突っ込むことが出来なかったのです。
ならば、線をずらして回り込めばとも思ったのですが、隙がない!
アデリーナめ、一度もこんなスタイルで戦う所を見せなかったのに! 隠していたのかっ!?
剣先が少しもぶれない。そこから、アデリーナの剣の技量が付け焼き刃でない事を示唆しています。剣と言うか鉄板に近い武具だというのに。
「緊張感のある出だしになりましたね、マイア様」
「そうですね。アデリーナさんの構えは、私の友であったブラナンのものと似ています」
「そうなんですね。あの剣も王家秘伝の剣なのでしょうか」
「剣については初めて見たので、違うかもしれません。アデリーナさんは光の矢の魔法のように、魔力を物質に変換し武具を造る魔法に精通しているようです。そういった精霊を宿されているのでしょう。剣技については、ブラナンは王家に記憶を植え付けていましたから、もしかしたら、序でに剣技も伝えていたのかもしれません。大切な依り代が下手な争いで失うのは避けたいでしょうからね」
ふむ、マイアさんの言う通りなら問題なし。ブラナン程度の腕なら、実際に苦戦せずに撃破出来ました。
しかし、私は飛び出せない。
「メリナさん、向かって来られないのですか?」
アデリーナが静かに口を開きました。
それに私は返す。
「その剣は隠されていたのですか?」
「えぇ。常に手は隠しておくものですよ」
瞬間、アデリーナが動く。
鉄板の様な大剣をこちらに向けたまま、突進。
私の選択肢は幾つか有ります。
横へ避ける。大剣に乗る。後ろへ間合いを開ける。
で、私が選んだのは、剣を叩く。
体を低くしてから、切っ先を見つつ下からのアッパーパンチ。刀身を跳ね上げ、開いた隙間からアデリーナの体を撃つ思いです。
私はアデリーナを舐めていました。何も対応できずに、私の思い通りになると考えていたのです。
しかし、アデリーナは私に合わせて剣を下げ、狙いを私の胸へ維持します。かなりの反応速度でした。
でも、ヤツの顔面は、がら空きになった。
此処で体勢を変えて、下がった剣へ飛び移る事も考えられましたが、私の本能はそれを良しとしませんでした。
目の前に迫る剣を前に、私は魔力を練る。……間に合うかギリギリですね。
ガランガドー、出てきなさいっ!
そして、デスブレスですっ!
きっと、それは魔法じゃないっ!
飛び散る鮮血。
それを見て唇を上げたアデリーナ。
私は無傷でして、直ぐ様に前へ詰め、剣の中程に渾身の一撃。
ビリリと振動はしましたが、厄介な剣は折れず。衝撃でアデリーナが手を離すことも有りませんでした。
「メリナさん、私に変なものを斬らせないでくれます?」
「変ではないです。あのアデリーナ様の真実を見せた映像を作った張本人です」
さらっと私の罪を軽くする素晴らしい返しだと思います。
「ふーん、じゃあ、それが本当か訊いてみますか?」
大剣の先には、血を垂れ流し痙攣するミニチュアガランガドーさん。
「今のメリナさんの言葉に異論は御座いますか?」
鬼です。だって、ガランガドーさんは剣が貫通して、千切れなかったのが不思議なくらいの状態なんですから。
「喋らないか。残念で御座いますね。さて、メリナさん。古竜の血は魔力豊富ですから、拾い集めてルッカにでも与えては如何ですか? さぁ、乞食の様に跪いて良いのですよ」
……こいつ。
映像の件、ちゃんと手打ちにしてくれているんですか!?
私は平静を装って答える。
「それも良さそうですが、ルッカさんは王様の血をもう一度飲みたいんじゃないでしょうか? きっと、そうです。早く私に殴られて、喀血しましょうね、アデリーナ様」
その言葉を終えて、またもや、私達は互いに構えての膠着状態に入ります。
互いに隙なし。会話で何とか気を緩めさせたいところです。
「初合は引き分けですか、マイア様?」
「そうですね。お互いに力試しをしたと言うのが実情でしょう」
「あの小さな竜は何だったのでしょうか?」
「一対二の状況を作ろうとしたんでしょう。ただ、アデリーナさんの判断が早かったですね。すぐに潰しました」
「そうですか。しかし、小さいとはいえ、古竜を一撃とは凄い!」
「えぇ、私はあの竜に殺される寸前まで行きましたからね」
「えぇ!? マイア様が、ですかっ!?」
「もっと大きくて、あのサイズなら剣も効かなかったかもしれませんが、それでも良い腕をされています」
私とアデリーナはじりじりと回りながら間合いを計る。その緊張の中、声がしました。
『……主よ、痛いのだが……。あと、我は張本人ではない……』
ガランガドーさんが念話してきました。細かくて詰まらない事までも呟いています。
大丈夫ですか? 貫通してますが、生きてらっしゃったのですね。良かったです。
私はそれ以上、ガランガドーさんの相手をしませんでした。戦闘が大事ですから。
アデリーナは剣にガランガドーを付けたまま、こちらに向けています。剣を大きく横に振れば、スポッと取れると思うのですが、それは私の攻撃チャンスになるので避けているのですね。
「メリナさん、私ね、実は――」
ふん、ヤツも同じく私の隙を作ろうと饒舌ですね。
「――人間以外の動物には好かれるんですよ」
「……はぁ」
興味はない。変な魔力の増加もないから、只の会話か。
「ふーみゃんも私を気に入り過ぎて、あーなったのかもしれません」
「ならば、大罪を犯していますね。罰しましょう」
可愛いふーみゃんをあんな愚かな生き物に変えるなど、言語道断ですから。
「例えば馬。私が鞭を握れば、限界を感じない程に走ります」
あぁ、あの爆走。魔法かなんかだと思っていましたが、やはりそうか。
「朝なんて小鳥が部屋に寄ってくるんですよ。才能だと思っております」
そんなの見た事ないです。森でゴブリンや猿が寄って来たくらいですよ。
くそ。剣先が本当にぶれないな。重くないのか。時間が経てば、素手の私が有利と思っていたのに。
「どうしたんですか? 命乞いなら早めにお願いしますよ、ブリュリュブリュナンさん?」
ここで、私サイドの観衆が大きく嘲笑しました。マイアさんの精神魔法、凄い効き目です。シェラでさえ笑っています。
「ん? 竜もね、動物だと思いませんか。ガランガドー、私の命令に従いなさい。メリナを共に倒すのです」
『……断りたい。主には逆らえぬのでな……』
ガランガドーさん、弱々しい声ながらよくぞ言いました!
『……しかし、何故か惹かれる想いが……湧いてくる……。この胸が熱く……ときめく……。こ、これは恋なのか……』
そんな訳ないだろっ!?
でも、裏切ったら、お前、あれですよ、あれ!
思い出しなさい、あの断頭騒ぎを!!
「そう? 逆らえなんて、私は申しておりません。私とガランガドーさんの仲では御座いませんか。ねぇ、ガランガドーさん、私達二人の邪魔をしないで下さいな。ほら、あなたの主人の力を信じるだけで宜しいのよ」
『う、うむ……。主よ、回復魔法ならば協力するぞ。さらばである』
ガランガドーは消えました。アデリーナの口車に乗せられたのです。
「竜が消えましたか?」
アデリーナ側の歓声が響く中、パットさんがマイアさんに質問します。
「はい。アデリーナさんは変わった能力をお持ちですね。なるほど、魔法では御座いませんが、動物を馴らす魔力を持続的に放出させる特異体質かな。王よりも調教師が適職かもしれません」
ガランガドーめ、後で私が調教してやる。
「これで変な召喚魔法も封じました。このアデリーナ・ブラナンの剣の前に平伏しなさい、ワイルドモジャよ」
貴様っ!
その名で私を呼ぶなっ!!
皆に気付かれるだろうがっ!!
私は激昂とともに、前に出る!
振られた大剣は私の見切りさえも読んでいたかのように、速度も距離も伸びる。初速よりも増す回転速度は、アデリーナの技能が剣でも異才を持っていたことを示しています。
刃が腰に当たる寸前に、私は宙返り側転。剣を飛び越えるくらいの気持ちです。
アデリーナはそれに合わせてきて、私を斬ろうと剣軌道が上昇しましたが、私の方が速い。
両手を太い幅の剣に付け、安全を確保します。
一瞬だけですが、私は剣の上で逆立ちをする形となり、アデリーナと視線が合いました。
アデリーナは手元を返して、剣をひっくり返す。その上で私を床に叩き付けようとしているのでしょう、剣を下げます。
読めていた。
アデリーナの思惑よりも速く、私は手を跳ねている。
側転をキャンセルして、足も畳んでアデリーナの方へクルクル空中を回りながら猛スピードで近付きます。
そして、拳の間合いに入った所で、瞬時に体を広げ、顔を目掛けて腕を振るう!
「死ねぇぇ!!」
私の気合いと共に、炎を纏った腕が轟音と共にアデリーナへと向かう。ラナイ村でフロンを焼いた灼熱の腕です。無意識に出していました。
しかし、アデリーナの剣は戻っている。本当に速い。
それで私を斬る選択肢も有ったでしょうが、ヤツが選んだのは防御。相討ちは望まずだったんですね。
私とヤツの間を大剣が縦に塞ぐ。
構わず、撃つ!
拳は大剣に刺さり、融かし、崩す。
そのまま、焼き滅ぼせ! 我が拳よ!
さらば、黒き白薔薇!! うんこの女王よ!
でも、当たりませんでした。
大剣を目隠しにして、ヤツは後ろに下がっていました。
武具を捨てたのかと思いきや、今度は細い剣を持っています。とはいえ、コリーさんの突剣ほどてはなく、妙に反りの強い片刃の剣です。
私は勢いを止めずに前へ出て、優々と間合いに入る。
私の拳は唸り、ヤツの胸へと向かう。
なのに、それを剣の腹で受けきるだとっ!
意表を突かれるも、私は直ぐに蹴りへと移行。膝を横から破壊するつもり。
それをアデリーナは両足でジャンプして避けました。
こいつ! 私の蹴りだぞっ!
フロンよりも体術に優れていたかっ!?
しかし、足を地から離したことは悪手です。身動きの自由を自ら手放したのです。
アデリーナの降り下ろす剣を寸前で回避し、体当たり。
剣の柄で横殴りにしてきたのを無視してヤツを床に押し倒す!
馬乗りになれば、私の勝ちだっ!
涙を流して命乞いをするまで、殴り続けてやるっ!!
しかし、アデリーナは出したばかりの剣を放り投げ、新たにナイフを手にしていたのです。
狙いは首で、致命傷を避けるために私は仕方なく間を広げる。
離れた所で、お互いへ歓声が沸きました。
アデリーナは武器を再度、大剣に変える。
「どうでしょう? 私の目ではメリナ様が優勢と感じましたが」
「そうですね。ダメージの具合でいくと、メリナさんかな。アデリーナさんも非凡な所を見せてくれましたから、まだまだ楽しみです」
「なるほど。ところで、マイア様、ワイルドモジャとはどういった意味なんでしょうか?」
「ワイルドは野性味でしょうが、モジャは分かりませんね。モジャモジャが脳裏に浮かびましたが、これだと意味が分かりません。だとすると、ヌルマニー系の魔法陣言語での1、または、トゥスタイ系での蛮族や魔法使いの意味でしょうかね。野生の魔法使いという意味なら、メリナさんにぴったしだと思いますよ」
「ハハハ、メリナ様はこれからアーバンモジャになりますよ」
……それもヤダ。
パットのバカな言葉に私は気を取られてしまいました。アデリーナはその隙を逃さない。
しかし、奇襲では有りませんでした。
どうしたものか、攻撃の宣言をしてきたのです。
「本当の私を見せて差し上げます!」
そんな掛け声と共に、彼女は両足を揃えました。
何だ!?
「ギャハハハーーー!!!」
尋常でない笑い声を挙げ、コマのように高速で回転を始めるアデリーナ。
余りに速すぎて、一本の剣だったはずが、薄い皿の様に見えてしまいます。
「ギャハ、ギャハハハーーー!!!」
その状態で私に近付いてくるのです!
魔物!?
まさしく、魔物!!
私が後退すると、それに追随してきて、本当に気持ち悪い。
そのまま、角に追いやられましたが、どうしたものでしょう。
アデリーナ様、それ、隙だらけですよ? 頭とか足とか、簡単に攻撃が当たりそうなんですが。
却って、何か仕掛けられてるみたいで、私、怖いんです。だから、様子見で逃げております。




