メリナの復讐
注意:メリナさんやりすぎ
私達は神殿の中庭のベンチに座りました。映像の中でアデリーナ様、いえ、アデリーナが水に浸かっていた池の畔です。
そこに位置して、今日の昼の部の映像を待つのです。いつも通りに神殿には人はいません。
考えてみたらおかしな事で、新しい王が居ると言うのに警備兵も見えないのです。
アデリーナから、しばらく神殿を閉鎖することに決まったと聞きました。事情としては、副神殿長が正気に戻り、それまでに実行した例の物を崇める計画を差し戻すためらしいです。
何がどう戻すのかは気にはなりましたが、恐ろしそうでもあって、それ以上は尋ねませんでした。
しかし、沈黙もよく有りません。自分の焦りを隠したいから来る心理かもしれませんが、私は下らない質問をアデリーナにして、間を持たせます。
「アデリーナ様、この池で身を清めていたんですか? そんな人、誰もいないから恥ずかしく無かったですか?」
「えぇ。新人の時ですかね。巫女長の帽子が風で飛ばされて拾いに行ったんですよ」
「素直な時期もあったんですね」
「あら、今も素直で御座いますよ。ほら、さっきも心からの感謝を申し上げました。私を貶めようとする性の悪い一代公爵様より、遥かに素直だと思いますけどね」
ふふふ、会話は成功でしたね。私は平静を取り戻して来ましたよ。それどころか、戦意も復活です。
最後に勝つのは私なのです。
幾らアデリーナが反省や感謝をしようとも、私の鉄槌を振り落としてやります。
予想外の言動に揺らぎはしましたが、改めて、そう決意しております。
幸運な事に、私の殊勝に見える態度を確認して、アデリーナもゆとりを感じたのでしょう。
「メリナさん、多少の無礼は眼を瞑ります。それで手打ちです」
「な、何の事か分からないです」
敢えて、ここで私の仕業だと言明する必要は有りません。いえ、今のアデリーナの言葉は誘い。今からの出来事の犯人が私だとはっきり自白させる目的だったと思いますよ。
私はそんな物に引っ掛かる愚か者ではないのです!
映像が始まり、捏造された私の青っ鼻が映されたところで、アデリーナは小馬鹿にした笑いも込めて言い放ちました。
「きったないわね」
お前っ!!
しかし、私は堪え忍びます。この後の復讐を考えれば、ここで暴れる必要は無いからです。
グッと、拳をきつく結ぶだけです。爪が食い込む痛みで心の苦痛を和らげる。
そして、遂に始まるのです。王城での即位の演説シーンも完了し、この戯けた物語の上映が終わる間際に、ガランガドーさんが記憶石の術式に干渉し、侵入します。
映像が乱れ、ヤギ頭が主催していた邪教の祈りが街中に響きます。極めて不穏な雰囲気を醸し出してくれます。
「あら、始まりましたね?」
くくく、アデリーナ、お前の余裕がいつまで持つのか、楽しみですよ。
音は小さくなり、それに重ねてアナウンスが入りました。
『只今より、突発イベント、アデリーナ・ブラナンの秘密を上映致します。皆様、両目を見開いてご鑑賞下さい。見ないと呪います』
ガランガドーさんの声です。丁寧な言葉遣いですが、彼の不遜さが現れた重低音の声でして、その違和感が気味の悪さを助長しています。
まずはジャブから。
突然の下品な笑い声と草むらを疾走する馬車が現れます。森に入ったまま戻って来ないアシュリンさんを探しに向かった時の光景です。皆様にもあの衝撃を伝えたいのです。
御者台にズームインして狂い笑うアデリーナが映り、更には叫びます。馬車の車輪の音で聞こえにくい所もありましたが、「サイコー!!」って喜んでおります。
「はしたない姿で御座いますね。赤面致します」
「まだ早いんじゃないですか」
こんな物、全然ですよ。むしろ、意外に愉快な人だって、庶民から好感さえ頂けるんじゃないでしょうか。ご褒美みたいなものですよ。
次のシーンです。
あたかもアデリーナ様と対面しているかの様なアングルです。
テーブルの上に赤黒いお酒が入ったグラスが二つ。アデリーナ様の執務室でお酒を初めて飲んだ想い出から作り出した映像です。
「酔った姿を公開されるのは結婚前の女には辛いで御座いますよ」
「鼻汁を垂らしている姿の方が辛いんですけど?」
「うふふ、メリナさんはもう落ちようがないじゃないですか。私と違って」
……その傲慢っぷり、ここまでですよ。
何故なら、私はこのシーンで仕掛けているからです。
映像は続きます。
ブリュブリュリュリュ!!
何の音でしょうか。かなりの轟音でして、それが辺りに響きます。これは、誰もが聞いたことのある、あの音です。
「……メリナさん?」
「はい。臭そうですね」
「メリナさん!?」
くくく、余裕が吹き飛びましたね。澄ましたお顔が歪みましたよ。
映像の中でも会話が進みます。
「ア、アデリーナ様、何の音ですか? とっても臭いんですが……。は、鼻が、私の極めて美しい鼻が曲がります……」
私の戸惑っている様子が分かります。ガランガドーさん、上手くやってくれています。この怯えながらも気品のある声調に整えるのには時間が掛かりましたよ。
「あら? 知らないの、メリナさん。おならです」
「えっ……」
「身も出ました」
「へっ?」
「お見せしましょうか?」
「……え? 要らないです……。ご勘弁を……」
ぶりュリュリゅルル!!
くくく、酷い! 酷すぎる!
どうですか、アデリーナ!? 全国に今、あなたの放屁と放便が上映されております!
完全捏造映像ですが、とても精微に出来ており、誰が見ても実際の物だと思うことでしょう。
「あぁ、お尻がお熱いで御座いますわぁ。素敵です」
「……アデリーナ様、全く知りたくない……です……」
くはっ! 皆がそう思ったことでしょう!
サイコー! 私、サイコー!!
隣にいるアデリーナが怖いので、残念ながらお顔拝見は出来ませんでした。チラッとでも表情を確認したいのですが、沈黙が尋常でない様に感じられて、その危機感から私は映像に目を遣り続けています。
次のシーンは、王都のパン工房の屋根から赤い巨鳥ブラナンにアデリーナが魔法を唱えるシーンです。
「野。糞。溜まりて爆ぜよ、我が尻の穴っ!」
極悪な詠唱と共に光の矢が幾つも飛び出す中、ブリュリュリュルリュルとアデリーナのお腹からも何かが出ている音が轟きます。
「見よ! これが古くて黒き、異臭を放つ、新たなる脱糞スタイルである!」
ヤッバー! すっごく見たくねー。
新手の拷問ですね。
自分で作ったセリフながら、サイコーです。大満足です。もちろん、画像としてブリュリュリュルリュを映すのは私の美的感覚が許さないので、見えない視点にしております。
キリリとしたアデリーナの眼が痛々しい。
沈黙を続けるアデリーナが気持ち悪いので、少し座る位置をずらして距離を開けつつも、私は思わず笑みを溢してしまいました。ニヤニヤしてしまいます。
さぁ、クライマックスですよ。
王城のテラスから行ったスピーチのシーンです。
まずはアデリーナ様がテラスを進みます。その後ろで控える私や巫女長にシェラ、それからデュランの方々。
特に私の周りには真っ白い鳥の羽を舞わし、キラキラ光らせています。何と言っても公爵ですから、それくらいの演出は必要です。ここはかなりの時間を割いて美しさを探求したところです。
毅然とした私の顔は凛々しいですね。
そんな輝く私を背景にして、立ち止まったアデリーナ様は喉を鳴らします。
「ごほん、うんち」
出たー、出オチっ!
自然と飛び出した排泄物の単語、切れ味抜群です。
これを見て頂いている方々は度肝を抜かれたのではないでしょうか。
そして、演説に続きます。
「今回の悲劇を逃げずに、私と共に戦った忠国の諸君! 私、アデリーナ・ブラナンは、ここに王国が魔王に勝利し、その支配から解放された事を宣言す――あー! 出るー! 我慢できない!! するー! うんこー! うんこー! うんこー! ちんこー! うんこー! サイコー!」
んー、ちょっとシュールにし過ぎましたかね。ここは大して笑えませんでした。むしろ、こんな形式の万歳もあるのかなと思えなくもないです。
映像は終わりました。私は、やり遂げたのです。
これで後世の歴史の書において、新国王アデリーナ・ブラナンの欄にはうんこ女王の異名が添えられていることでしょう。
王国中の皆様、ご覧になられたでしょうか。ご感想をお聞きしたいところでして、とりあえずは隣にいる今回の主人公に尋ねます。
私はアデリーナを見る。何故か首が重くて回りにくいのは、私の深層心理か本能かが、そちらを向くことを拒んでいたからでしょうか。
「……メリナっ!!」
ククク、お怒りですか! 良い表情ですよ。
「おあいこですよね、これで。多少の無礼で手打ちですし」
「はぁ!? 想像を絶していたんだけどっ!!」
はい。ありがとうございます。
その反応が欲しかったのです!
私は直ぐ様に立ち、土を蹴って猛ダッシュ。
逃げました。街の外へと走るのです。
アデリーナの光の矢が襲ってきましたが、私には当たらない。
くくく、アデリーナ、存分に怒りに震えるが良い!
魔法の照準も整えられないくらいに怒り心頭で御座いますねっ!
ざまぁみろってんです!!




