アデリーナ、デレる
私は憤怒の顔を枕で隠すために、ベッドに俯せになっている。
マリールが心配して声を掛けてくれるけど、それには答えない。今、口を開けば炎が吐けそうです。いえ、それこそ、超強力デスブレスですよ。泣いてはいないから、どうぞ、このままでお願いします。
ガランガドーさんも念話をして来ましたが、「少し黙れ。マリールと親好を深めておけ」と命令しています。
二日前に王城でのスピーチを終えて、シャールの公館で過ごしました。豪勢な生活を楽しみ、今日の昼過ぎにシャールへと戻ってきたのです。
今思えば、私を頭が弱いと侮辱した罪を以て、スピーチ後、または最中にアデリーナを叩き伸めすべきでした。そうしていれば、この極めて不快な屈辱を味わう事は無かったでしょう。
私を含め、シャール出身の人間を運んだのはイルゼさんでした。
転移魔法を使ってもらう為に皆で集合した時から様子がおかしくて、私と視線を合わせなかったのです。
で、別れ際にも奇妙な事を言っていました。
「……メリナ様、転移の腕輪をお返したいのですが……」
「いえ、結構です。イルゼさんが装着していれば、明確に次代の次代の聖女とアピールし易いでしょ?」
「……止められなかった私の不甲斐なさをメリナ様が責めたいと仰るのであれば、私はいつでも受入れ、死さえも覚悟しております。その意味でも受け取って頂きたく存じます。私はデュランに戻ります故、シャール間の移動に手間取るでしょうから」
何の話をしているのか掴めていませんでしたが、この時点でイルゼは映像の内容を観て知っていたと言うことです。
私の返答は何だったかな。あっ、そうだ。
「良いのですよ。私は道化みたいなものですから」
「な、なんて、心が広い……。私は本当にメリナ様とお会いできて幸せです。もしも、もしも、適齢期のご親族がいらっしゃいましたら、我が家と姻戚を結ばせて頂けないでしょうか」
私は「こわっ、庶民では有り得ない発想だわ」とか思って、丁重にお断りしました。親族なんて両親しかいないし、お父さんが今の申し出を知ったら、鼻の下を伸ばして重婚の可能性について考えそうだし。
いや、それは今はどうでも良いことなのです。
思い返すに、周りにいた皆が苦笑いしていた様に感じます。
クソがっ!!
あの映像。
思い返す度に腹が煮え繰り返ります。
夕食後にトンでもない衝撃映像を見せられましたよ。お腹一杯で至福だった時間が吹き飛びました。
この私が青っ鼻を垂らしているだとっ!?
公爵デビュー前に、何て恥辱を喰らったのでしょうか。
もしも仮に、本当に鼻水を流したなら…………袖で拭って綺麗にしました、絶対にっ!!
アデリーナの居場所は不明。皆でシャールに戻って来ていて、ヤツもその中にいたのは間違いない。ヤツだけは私に対して微笑みを見せていましたから!
でも、今は私の魔力感知に引っ掛からない。逃亡したのか?
殺す!
アデリーナは殺す!
しかし、私はブラナンの最期の顔を見て学びました。
死は救済と成り得る、と。
そして、残酷な状態とは生き恥を掻き続けることなのです。
うふふ、今の私ですね。私ですねっ!!
だから、やることは決まっている。
今、考えないといけないことは範囲です。協力者はどこまでいるのか、その点に思考を絞るのです。
シェラに確認しましょう。既に、私はこの部屋に彼女が傍にいることを魔力感知で確認しております。
シェラは大変に疑わしい存在です。
彼女は映像が始まる前のアナウンスを担当していました。また、記憶石の扱いに詳しいこともエルバ部長との会話で示唆していました。
「……シェラさん、あの映像っていつ見ました?」
「すみません、メリナ。私は最初だけで内容は存じ上げなかったのです。知っていれば全力で止めておりましたわ。今更ながら、本当に申し訳御座いません。謝罪するにもどうしたものかと思い悩んでおりました」
……本当かな。
とりあえず、シェラの鞭に対する愛、極めて異常な性癖を皆に知れ渡らせる事は保留にしましょうかね。
「……そうですか、心積もりに感謝致します。でも、ナレーションを担当していたへルマンは知っていたよね?」
「声当ては別で行いましたので、果たして……」
ふむ、まぁ良いです。判明してから処罰してやります。
「デュランの方々も協力してたのかな。私、ショックだなぁ」
記憶石はエルバ部長ではない視野も有りましたから。クリスラさんが噛んでいたら、あのデュランの街を燃やし尽くしてやります。
うふふ、聖女決定戦の筆記試験発表の際にギリギリで免れた破滅でしたが、少し遅れただけで御座いましたね。
「記憶石で編集したのはアデリーナ様だけで御座います。何をお考えなのか、私には諮り兼ねますわ」
ほう。
「メ、メリナっ! 早まってはいけないよ! アデリーナ様は新しい王なんだから、殴ったりしたら処刑されるわよ! ねっ、少し話をしようよ。まずは顔をあげようか、メリナ」
マリール、大丈夫です。
今の私を武力で止められる人間はいません。毒物と竜特化捕縛魔法にだけ気を付ければ良いのですよ。
あと、顔を上げたら、今の私には憤怒の牙とか第三の眼とかが生えているかもしれません。
私はガランガドーさんに念話で話し掛ける。
方針は決まりました。今晩は協力して貰いますよ。
『主よ、怒りは尤もなれど、我に出来ることは破壊のみ。全てを無に還すとならば、幾ばくかは手助け出来るが……』
うふふ、ふふふ、ぐひ、グハハ。
ガランガドーよ、ちゃんちゃらおかしいです。思わず、声を出して、更には豚っ鼻まで交えて笑ってしまいましたよ。
私の笑いにマリールが怯んだ雰囲気を感じました。すみません。
無に還すだぁ!?
貴様っ! あの映像を見た時に、貴様が心の中で笑ったこと、この私に伝わらなかったとでも思うのかっ!?
お前自身を無に還せ、この裏切り者が!!
『……不覚であった。すまぬ、主よ。全力で尽くしたい。何なりと申し付けて欲しい』
まぁ、許してやります。
何せ、今晩はきっと徹夜ですからね。
『何をすれば良いのであろうか……』
宜しい。
指示を与えます。
ガランガドーよ、あの記憶石の映像を差し替えることは可能ですか? 不可能であれば、お前は存在価値のないクソ精霊ということで、私は恥を忍んでリンシャルに依頼します。
『……術式は追えた。何とかなると思われる』
それは新たな映像も作り出せると言うことですね?
『うむ』
くくく、アデリーナの真の姿を、魔王よりも黒い内面を剥き出しにしてやりましょう。いや、虚偽も含めて、ヤツの威信を地の底に沈めてやった方が良いでしょう。
翌日、私は昼前にアデリーナの執務室に赴く。殴り飛ばしたい扉も我慢して、丁重にノックしました。
「あら? メリナさん、私は忙しいのですよ。昼食ならお金を差し上げるので外でお取りください」
「いえ、アデリーナ様の物語で気になる点が御座いまして、一緒に観て頂きたいのですが?」
不自然な誘いですが構いません。既にガランガドーの術は発動済み。断られても問題なしです。しかし、驚愕するアデリーナをこの目で見られたら、それは最高の贅沢です。三日三晩は笑顔で過ごせるでしょう。だから、私はここにヤツを誘いに来たのです。
「あぁ、質問があると言うことで御座いますか。良いですよ。国王である私の時間が欲しいとヌケヌケと言う無礼を許した上で、その願いを聞いてあげましょう。慈悲に感謝しなさいね」
お前、国王なら王都で城に籠っておけよ。
「ありがとうございます」
「こちらとしても謝罪しないといけないと思っていました。あの映像、敢えてメリナさんを悪く演出させて頂きました。そうしないと、メリナさんを娶りたいって、多くの貴族から話が来てしまうでしょ?」
ん?
「ほら、人間の男から求愛されたら、メリナさんなら相手を撲殺しそうだなと思いまして」
そんな言い訳で私は騙されません!
「頭が弱いって、アデリーナ様は私に言いました!」
「あら? 事実じゃないですか? もうメリナさんはおバカで御座いますね」
何ぃ!?
「まぁ、宜しい。今の発言で分かりました。私に逆恨みをして、何やら罠か悪戯を映像に仕掛けた様ですね。良いですよ。一緒に観ましょう」
くぅ、こうも簡単に私の動きを読まれてしまうのか!?
汗が滲み出てしまいます。
「でも、そうで御座いますね」
アデリーナ様は椅子から立ち上り、無言で私に頭を下げました。
今までで初の出来事です。
「心より感謝致します、聖衣の巫女メリナ様。アデリーナ・ブラナンの我が儘に付き従って頂いただけでなく、命を惜しまずに戦って頂いた事、表では決して申しませんが、本当に感謝し、また、これまでの発言や行動を謝罪致します」
アデリーナ様はしばらく頭を上げません。
恐らく、私が言葉を発するまで、その姿勢のままです。
……お酒でも飲んでいたのか?
いや、しかし、お酒ならギャハハハモードのはず……。悪いお薬ですかね……。
「アデリーナ・ブラナンにはこれからも聖衣の巫女様を頼りにせざるを得ない時が来るでしょう。変わらず親好をお願い致します。本当に」
マジか、これ?
いや、でも、メリナ、騙されてはいけませんよ。あいつは、あのタイミングで「頭が弱いって周知できました」って私に告げたのです。こんな殊勝な態度を取るのであれば、事前に私に伝えておくべきですし、そうしたでしょう。
これは罠。高度な情報戦ですよ。
「ええ、もうお止めください、アデリーナ様。お気持ちは伝わっております」
緊張感を隠しつつ私は努めて優しく言いました。
それで、漸くアデリーナ様は顔をこちらに戻しました。
「では、行きましょう。楽しみです。私をどの様に嵌めたのか。こんなに深く素直に、心からの礼を言った私を卑しめる非道を天が許すのか、それを確認しましょうね」
!?
それが狙いか!? 私を責め尽くす為に感謝の言葉を述べるとは!!
恐るべし、アデリーナ!
「な、何を仰っているんですか、アデリーナ様。そんなに考えすぎると頭がハゲますよ?」
「本当ですね。気を付けます。でも、メリナさんも上映後には、こっぴどく大量の毛が抜け落ちているかもしれませんね」
……私に何をする気だっ!!
宜しい。勝負です。
もうやるしかない。引き返す事は出来ないのです。
さぁ、驚嘆するが良い。
演出家としても天賦の才を持つ、この私の才能になっ!!
部屋を出ようとしたところで、アデリーナはまた呟きます。
「……メリナさん、先程の感謝は本心で御座います。恥ずかしいので他人には仰らないで下さいませ」
!?
クソ! アデリーナのクセにいじらしさを感じさせるなんて!?
「え、えぇ……」
「ありがとう、メリナ」
変な汗が額を流れます。そして、その隙を更に突いてくるのがアデリーナなのです。
「さあ、見せて頂きましょうか。愚かなる娘の映像をね。あっ、その娘はメリナさんの事で御座いますよ」
ハァハァ……。
やばい。始まる前から、凄い精神攻撃ですよ……。落として上げて、また落とす。翻弄されています……。
負けてはなりません! 気をしっかり持つのです、メリナ!
「堪能して頂けると思いますよ」
「そうですか。メリナさん、意外に余裕な顔で御座いますね。うふふ」
一話に収まらずでした




