記憶石による映像
☆マリール視点
ここ2日ほど同室のシェラもメリナも帰って来ていない。だから、私は寂しさを感じながら過ごしていた。
もう一人、ルッカとかいうおばさんもルームメイトのはずだけど、あいつは全然姿を見せないので、もうそろそろ巫女見習いもクビになってると思う。
二人の事が心配は心配だけど、私と違って、王家の一員であるアデリーナ様と仲が良さそうなので、変なトラブルに巻き込まれていても解決はすると思う。だから、そこまで不安ではない。
いや、でも、王様からすると、アデリーナ様は邪魔な存在かもしれないな。纏めて消されていたりしたらどうしよう。
昼ご飯の時間が近付いているのを、先輩たちが実験の手を止めて、各々の午前の成果を机に向かって纏めている姿から察する。
うむぅ、私は食事抜きで実験がしたい。でも、一人で続けるのも皆の輪を乱すみたいで避けたいし、仕方ないかな。
「どう? 上手く言ってる?」
フランジェスカ先輩だ。数ヵ月前の生意気だった頃から私を目に掛けてくれている人だ。私は内心、この人が薬師処に居てくれて感謝している。
「もう少しですね。光の強さを魔物の目の大きさで定量化するアイデアは良かったです」
「でしょ? もっと頼りになる先輩を頼ったら良いのよ」
「でも、どうしても弱い光だと反応しないんですよね。そこを何とかしたいと思うんですが」
「魔物の種類を変えたら?」
うーん、たぶん、洞窟とかの暗闇に棲む魔物なら光に敏感で、私の目的を満たす気がするなぁ。
「冒険者ギルドには依頼しているんですが、どうも私の思っているのと違うんですよね」
「自分で取りに行くのも手よ」
「私、魔法も使えないし、体力も無いんで」
そうだ! メリナに頼んだら捕ってきてくれるかも。持つべき者は友達よね。お金は弾むわよ。
ちょっと心が弾んだ瞬間、突然、外から大音量の楽器の音が聞こえた。
ん?
昼の鐘が変わったのかな。
時刻を教えてくれる、朝と昼と夕の鐘。それが、今日は勇ましい王国国歌と思われる音楽になっている。
「珍しいわね。王都じゃ兎も角、シャールで王国国歌なんて初めて聞いたわ」
私も久々。旅先で出会った楽団の演奏以来だ。
シャールは王国の中でも端っこに近い所に位置しているから自主独立性が強くて、余り王都の物を好まない人が多いのよね。私は違うけど。
どこの土地の物だろうと、良いものは良いし、悪いものは悪いと判断できる。
さてさて、他の先輩方も物珍しくて、外に出ていくわね。私も行ってみよう。
音のするシャールの中心街の方角の上空に、アデリーナ様が浮いていた。いや、あれは映像だ。だって、大きすぎるもの。二階建ての建物よりも大きい。
「只今より、新国王アデリーナ・ブラナンの物語を上演致します。なお、本上映は王国即位の儀の作法に則り、全国民の鑑賞が義務付けられております。本日より三日間、毎昼と毎夕に記憶石が作動しますので、ご注目お願い致します」
……この透き通った声、シェラだ。
私は見上げながら唖然とする。そもそも、そんな作法を聞いたことないし。
「あらぁ、何か凄いことになってるわね」
フランジェスカ先輩の呑気な言葉にも私は反応出来なかった。
「ほら、マリール。そこに寝っ転がって見るわよ。あっ、私、食べ物とお茶、持ってくるから」
先輩、順応性高いなぁ。
私は言われた通りに、傾きの緩やかな土手に体を伸ばして、青いドレスに身を包んだアデリーナ様の姿を見ながら先輩を待つ。
座るんじゃなくて寝転ぶの。短い草が頭に潰されるけど、その感触も久々で新鮮。
子供の頃はお兄様とこうやって遊んだなぁ。
それにしても、立派な映像だ。あんなに大きいのに細部も繊細だし、色彩も鮮やか。相当に良質な記憶石を使ってるわね。
あれを作れる魔法技士は、そうは居ない。用意するのに、相当な値が張ったと思われるわね。さすが、王家の一員なだけあるわ。
しかも、即位の儀って言っていたから、これを各都市に配布しているのよね。やっぱり王家はスケールが違うわ。
「お待たせ! まだ始まってない?」
「はい。まだです」
「良かったぁ!」
先輩、楽しそう。少し息を切らしてるけど、そんなに見たいのかな。アデリーナ様は何を考えているか分からないから、私は苦手なんだよ。
映像が切り替わり、どうやら、今から始まるようだ。
女の子、恐らくは幼いアデリーナ様が血を流す猫を抱きながら立ち尽くす姿が映し出された。顔にも血が跳ねていて、眼は真っ直ぐ前を向きながら、しかし、呆然ともしているような表情。
いきなり、強烈な絵ね。
子供が見たら夜泣きするんじゃないの。
どんどんとズームアップしていき、アデリーナ様の顔へと近付く。それと共に、渋みのある男の声で「その年、アデリーナ・ブラナンは魔王の奇襲に遭い、王都を追われた」とナレーションが入る。
なるほど、そういう導入ね。
人って血を見ると、どうしても注目してしまうから、あの映像から始めるのは良いのかもしれない。
次に竜神殿に場面が変わり、今よりも若い、あどけなさの残る巫女服のアデリーナ様が上半身だけを水面に出している。
困惑していると「遠くシャールの地で、日々、古の湖で身を清めながら、彼女は聖竜スードワットの救いを求めた」と説明が入る。
これ、湖でなくて神殿の中庭にある池。大きな魚がいっぱいいて、寮の食事で出て来たりもする。
救いを求める場ではない。私は魚の養殖場かと思っていたくらい。この中庭の池で修行をしている人は一切見たことがない。
たぶん、新人のアデリーナ様が何かの事情でその魚を捕っている光景を流用しているのね。
「叔父であるレグナー・ブラナンに両親を殺されたアデリーナは、この竜神殿において、得難き生涯の友人たちと語らい、その心痛を和らげたものである」
竜神殿を空から見た風景がボヤけて、その後ろから何人かの竜の巫女の姿が代わる代わる現れる。
ビックリしたのは、フランジェスカ先輩も出て来た事。
「先輩、アデリーナ様と友人だったんですか?」
凄く意外。
「へ? そんな訳ないじゃない」
そのまま、先輩は言葉を続ける。
「でも、見た? さっきの私。良い感じに映ってたよね? 田舎の両親が喜ぶわね」
……そのコメントが楽天的な先輩らしいな。
アデリーナ様に反旗を翻す貴族がいたら、先輩も敵だと見なされるんだよ?
「人格に優れたフローレンス巫女長と邂逅し、その師事を受けた事は、アデリーナにとって最大の幸運であった。アデリーナは彼女から聖竜の教えを直接に手解きを受け、自身の境遇よりも、卑劣な偽王が不当に支配する国の行く末を案じる。そして、気付く。この国を救うのは聖竜に選ばれし自分の宿命であり、義務であると」
うわぁ、嘘くせー。
あっ、いやいや、アデリーナ様は本心を顕さないから、事実なのかもしれないわ。
巫女長は、うん、遠目で拝見した事しかないからよく知らないけど、確かにあの柔らかくて朗らかな微笑みは人格者に違いないわよね。
でも、私は理解したわ。この映像、たまに真実を混ぜつつ嘘も含ませている。人々がアデリーナ様に忠誠を誓うように、そして、自身を正当化するための儀式だ。
言い方は悪いけど、詐欺師みたい。
「そして、本年、遂にアデリーナは立ち上がる! 傍らには、デュランの聖女クリスラ・メンゼスと、聖竜の御使いメリナ・デルノノニル・ラッセン・バロが控える」
王都かな。薄暗い空の下、どこかの屋根に登った3人が王城を真剣な眼差しで睨んでいる。
しかし、メリナの顔はだらしないわね。鼻の下とかテカってるじゃない。目脂も付いているし。編集も出来るんだろうから、もっと綺麗に映してあげなよ。
これじゃ、頭が弱い人みたいじゃない。弱いんだけどさ。
「聖衣の巫女さん、あそこまでだっけ? 身嗜みはちゃんとしてたと思ったんだけどなぁ」
「そうですよね。服とか香水とか、オシャレには興味を持っていました。だから、違和感は有りますね。でも、少なくとも、さっきのメリナは、最高級のうちの服を着て良い顔じゃない」
「言うわねぇ」
私が側にいたら、絶対にもっと着飾って、どこに出しても恥ずかしくない格好にしてやったのに。
映像の中のアデリーナ様が大きな声で宣告する。
「見よ! これが古き暗き世を射つ、新たな希望であるっ!」
巨大な赤い鳥に向かう無数の光の矢。
凄い。
これだけで、彼女が私みたいに偽証で神殿に入った偽巫女と違い、聖竜様に選ばれた人間だと分かる。
誰が見ても、アデリーナ様は途方もない魔法を使う一流の術士だと思うだろう。そして、王に相応しいと感じさせるのだ。
「アデリーナの魔法は、王都を襲った巨大な鳥を狙う。魔王の真の姿であり、彼女は命を賭して立ち向かったのだ」
ナレーションの声、本当に重厚で渋い。
周りの先輩の何人かは、声だけで恋をしそうな勢いで騒いでいる。
映像は先に進み、次に聖女と紹介された女性が魔法を詠唱する。その横に半透明の幽霊みたいな物が見えた。
「マイア様かしら?」
「まさか。それは本の世界ですよ、先輩」
でも、そうかも。本当に凄いなぁ。
歴史の書に乗るのは間違いないわ、これ。
だって、王都が巨大な魔物に襲われているのを救っている証拠なんだから。
「あら、我らの巫女様の番ね」
「心配」
この上なく。自分の事以上に不安。
胸がドキドキする。
「うふふ、面白そうじゃない」
メリナが前に出る。
そして、何故か青っ鼻を垂らしながら、彼女は叫ぶ。
「行けー、超強力デスブレスだー!!」
……わぁ、ダメだ。
この映像、メリナに対する悪意が満載だわ。幾らメリナでもこんなセリフは吐かないわよ。鼻水だって……せめて袖で拭うわよ!
「凄いわね、聖衣の巫女さん」
「先輩! これ、絶対におかしい!」
「鼻水の件は私もマリールと同感だけど、セリフは彼女らしいわよ。やっぱり面白いわ」
分かってない! フランジェスカ先輩はメリナの事を全然分かってない!
粗雑だけど、あんなバカな事は言わないわ!
「あら、見習いさん、メリナさんをご存じなのね」
後ろから声を掛けられた。
あっ、ケイトさんだ。話すのは初めてな気がする。この人、物静かだけど、皆には恐れられている人なんだよね。だから、私も近寄らなかった。
「デスブレスって事は毒物よね。私の専門だから、話を聞かないといけないわね。どれだけ強力なのか試さないといけないし」
そっか、この人もメリナと知り合いだっけ。
「あと、私もメリナさんだったら、『デスブレスだー』って言うと思うわよ。だって、滅茶苦茶だもん」
「ですよね、ケイトさん。ほら、マリール、贔屓目に見過ぎよ。仕事なら失格ね」
うぐぅ、私の自信も揺らぐなぁ。
その後、アデリーナ様の即位式の映像になって、シェラもそこにいた。
皆、凄いわ。
凄すぎて、さっきから凄いとしか言ってないかも。凄いんだから良いんだけどね。
昔の私なら同室の友だけが偉くなったみたいに感じて、それが悔しくて悔しくて、多分、神殿も辞めていたと思う。
でも、今は違う。
彼女らには彼女らの、私には私のやるべき事がある。だから、私も彼女らの様にマリール・ゾビアスの名を世間に轟かせられる様に頑張ろうと思う。
その日の夜、メリナとシェラは部屋に帰ってきて、メリナは涙で枕を濡らしていた。彼女が声を殺して泣く姿は初めて見た。
そうだよね……。メリナも年頃の女の子だもんね。悔しいわよね。
王国中にあの酷く修正された顔で流されたのだから。ショックで寝込んでも仕方ないと思う。
何かの目的があっての映像だと思うけど、あんまりだと思う。
でも、それは間違いなく、新王アデリーナ様のご意向だから、私は逆らえない。
慰める言葉はないけども、後で店のとっておきの指輪でもプレゼントしてあげよう。無料では譲ってくれないだろうけど、私の全小遣いを果たせば可能なはず。
それで機嫌を直して、悪い事は忘れなよ、メリナ。
あと、喋る竜は何なんだろ。普通に部屋へ入ってきているけど、誰か駆除してよ。
黒いし、全体的に尖っていて、人を食べそうで気味が悪いんだけど。




