即位の式
アデリーナ様はいつぞやの青いドレスを身に付けておられます。どこかで見た服なのですが、あっ、そうです。
シャールの伯爵との謁見式の日に着ていたドレスですね。ブラナンとの決戦の前から持ってきていたのでしょうか。お気に入りの服なんですね。
そんな彼女と私達は比較的損壊度合いが軽い王城の建屋を選んで、思っていたよりも多い観衆を見下ろすテラスに立っていました。
巨鳥が出現した後、あの魔力吸収にも若干は耐えられた普通の人達は街の外へ逃げたと思います。それでも、これだけの人が残っていたと言うことは、ブラナンがあのままだったなら、沢山の命が失われてしまった事でしょう。
しかし、思っていたより多いとはいえ、王城の庭を埋める程ではなくて、人々がぎっしりで身動きが取れないという様子では御座いません。
こちらからも下の人の顔が判別出来るくらいには疎らと言っても良いかもしれませんね。微妙な数なんです。
アシュリンさんと彼女に怒られていた3人も小さく見えました。3人と呼んでも、一匹は竜で、二匹は魔族なので、その表現は正確ではないと思います。
何にしろ、ルッカさんが小さく手を振ってくれています。私としては、それよりも隣に立っている淫乱魔族に一刻も早く吸い付いて、猫に戻してくれないかなと思いました。
アデリーナ様が一歩二歩とテラスを進みます。
その右後方に私、巫女長、シェラ。左にクリスラさん、イルゼさん、コリーさんです。
綺麗所が勢揃いですね。
あっ、オロ部長の姿を下に確認しました! 皆から離れたところ、そこに穴が作られて、ニョキって顔だけ出してくれています。
集まった群衆も様々ですが、上品な服を着ている人が多い所とか、明らかに町民の人だけの所とか、それぞれの階層で寄っているように見えます。特に警備兵が仕切っている訳でもなくて、似た感じの人の近くに集まりたいものですからね。
お城の敷地内に庶民が入って来ている事自体、破格の栄光で、普段なら問答無用で処刑だと思いますし。
「ごほん」
アデリーナ様が喉を鳴らします。その音は周りに響いて、拡声魔法か道具を使っていることが分かりました。
そして、演説が始まります。
「今回の悲劇を逃げずに、私と共に戦った忠国の諸君! 私、アデリーナ・ブラナンは、ここに王国が魔王に勝利し、その支配から解放された事を宣言する!」
ん? 魔王?
あっ、そういう事にして混乱を収集させる気ですね。あの鳥を始祖ブラナンとしてしまうと、その血を継ぐアデリーナ様も警戒されますからね。
「そして、魔王を支持した王レグナー・ブラナンは処刑され、始祖ブラナンから続く王の正統性は今日、その長き歴史を終える!」
ここでザワザワとします。
王様、処刑なんだ。当初のアデリーナ様の計画だと「お祖父さんが生きていることを周知して法に則って継承する」でしたが、まさか、何代も前の王、ルッカさんの息子が共通の親だとか、ちょっと説明が難しいですものね。混乱に乗じた強行突破を選ばれたのでしょう。
んー、でも、ブラナンに操られていただけなんだけどなぁ。王様、ご愁傷さまです。
「私が王位に着く事を簒奪と口悪く罵る輩がいるかもしれない! しかし、共に命を賭け戦った諸君らは分かるだろう! それがどうしたと言うのか、と!? 守るべき諸君と王都を見捨てた上で、その様な卑怯で愚劣な行為を恥じもしない者共が、どの口で、我々を責めるのか!? これを簒奪と呼ぶのであれば、彼らの無能は何と叫んで怒れば良いのか!! 考えてほしい! ならば、逆に安納とした怠惰な日々をこれからも彼らに許すべきなのか! 否!」
私、知ってます。今のアデリーナ様みたいな人をアジテーターって言うんですよ。
いやぁ、しかし、アデリーナ様はお上手ですね。スピーチ慣れされています。王家の人は幼い頃から練習しているのかなぁ。「否!」なんて、絶対に普通の人は会話で使いませんよ。
「アデリーナ・ブラナンは強い意思を持って命ず。シャール伯爵令嬢シェラ・サラン・シャールは無能な貴族の財産を、その無能さに応じた量を収奪せん事を。それに抵抗する愚かな、豚にも満たない愚者は、次代の聖女であり、聖竜の巫女であるメリナデルノノニルラッセンバロの鉄槌が下るであろう!」
ん? 私かな? 何か名前が長くなってる……。姓はデルノノニ何とかでしょうか。書類に名前を書く時にメンドーです。嫌がらせでしょうか。
「そして、私は知っている! ここに集まりし、ヤハラン、キャーリック、ナドナム、シュリ、アナマサチン、ガートリッツを治める忠実なる王国の貴族達は、各々の判断で王都の民を守ったことを! そなたらの果たした責務は必ずや報われる事を宣言する」
アデリーナ様の今の言葉で、貴族さん達とおぼしきグループの何人かは顔を緩めました。下に見える貴族さんっぽい服の人達はいずれも今呼ばれた領地の人なんでしょうね。
「しかし、私は先に最大の功労者を讃えなくてはいけないだろう。此度の王国解放に至るにあたり、デュラン侯爵及びシャール伯爵の協力に深く感謝し、両爵に対して、新たな爵位の授与を申し出たいところではあるが、両家ともに土地の宗教に根差した家である事から、爵領を拡大することで礼を尽くしたいと考える。特にシャール伯爵においては、その領地近郊よりメリナデルノノニルラッセンバロが産み出された事実と功績を以て、息子である前伯爵の罪を赦免し、欠位となっているバンディール侯爵領を正式に併合することを命じる。デュラン侯爵に対しては――」
飽きてきました。欠伸が出そうです。
立っているだけなんですよね。
キョロキョロしてしまいます。
うふふ、コリーさん、実は足が震えていますよ。こういうの馴れていないのかな。
私も全然ですが、アデリーナ様が心の中で「ゴミクズよ、等しく死ぬが良い」とか民衆に対して思いながら、しっかり演説しているのかと考えるとワクワクします。
イルゼさんは真剣な顔でして、どうしたんでしょうね。同じ腹黒い演技派の中でも抜きん出た腹黒さのアデリーナ様から勉強しようとしているのかな。
エルバ部長はどこでしょうか。記憶石の編集作業とかさせられているのかな。
アデリーナ様が一頻り喋った後にクリスラさんが代わりに前へと進みます。
そして、彼女の演説なのですが、マイアさんやリンシャルへの感謝の言葉で、私は全く興味がないです。
早く終われ、早く終われと念じます。あぁ、私もアシュリンさんサイドの方が良かったですよ。見てください。奴等の寛ぎ様を。
皆して林檎を口にしながら、こっちを見ています。他にはそんな非礼な集団はなくて悪目立ちしていますが、不敬罪に当たらないのでしょうか。
不敬という言葉にふと、巫女長を思い出しました。何故かは分かりません。王家の人に求愛された結果、刃物で腹を刺した話を思い出したからかもしれませんが、それは不敬罪でなくて国家転覆罪に近い重罪だと思います。
で、私は巫女長が気になりました。この人は恐らく、私以上にダメ人間です。我慢なんて一切の妥協なく拒否する人だと思います。
……寝てる!?
直立不動で、目蓋を閉じているから分かりにくいですが、鼻息で分かります! これは完全熟睡モードですよ!
やるぅ。
良いアイデアです。私も実行です。
「――リナさん、メリナさん、……メリナッ!」
アデリーナ様に肩を揺すられて、私は目覚めました。どうやら終わりましたかね。
「メリナさん、この状況で熟睡とは流石で御座います。胆力が凄まじいで御座いますね」
人目があるので、すっごいマイルドな口調でしたが、目からはほぼ殺気に近い怒気が伝わって来ました。
「私、頭の中が竜の獣人らしいんです。だから、おやすみなさい」
寝足りぬのです。
昼御飯の時間になったら起こしてください。
「あぁ、外観が人間の竜なので御座いますね。納得ですよ。今までを不覚に過ぎたと思うくらいに腑に落ちました」
!?
そういう解釈も出来ましたか!? 私は竜なんですね!!
アデリーナ様の言葉に私は興奮します。眠気なんか吹き飛びましたよ。
「目覚めましたか? はい。メリナさんの番ですよ。シェラが間を持たせていますから、前に出てお喋り下さい」
うわぁ、確かに目がパッチリになりました。でも、手のひらの上でコロコロ転がされている気分です。
「――さて、皆様、お待ちかね、竜を操り、巨鳥を討ったメリナデルノノニルラッセンバロを紹介致します。本日で竜神殿に入って100日目になる私の同期。であるのに、シャール竜神殿の聖衣の巫女であり、デュランの次代の聖女でもある英傑。遂に登壇致します」
シェラは言い終えて、こちらに微笑み掛けます。仕方御座いません。特に喋る事はないのですが、私は前に出る。一際大きな歓声を貰いました。
しかし、困りました。何ら準備をしておりません。
とりあえず、手を可愛らしく振ってみましょうかね。でも、喋らないとこの場の沈黙が怖いです。
「あー、えー、ノノン村のメリナです。お集まりの皆様、お疲れ様です。今日から、この国はアデリーナ様、黒い白薔薇が治めることになり、誠におめでたいと思います。きっと大丈夫です。あー、シャールの聖竜スードワット様は、とても強くてぇ、皆さんも、えー、崇拝してください。うーん、寄付金を募集しまぁす」
ダメだ。纏まらんです。サッサッと元の位置に戻りましょう。
しどろもどろになりましたが、何とか切り抜けられましたかね。酷いスピーチなのに、終わりに拍手さえも頂きました。
……何故なら、皆も聞いていないから。皆も早く終われと願っているのではないでしょうか。
「十分で御座います、メリナさん」
満足げな声はアデリーナ様。そう言って頂けると、無理をした私も救われます。
「聖衣の巫女メリナは頭が弱いと周知できました。色々と好都合です」
救われていませんでした。まだ、私は利用されるのですね。アデリーナ様に骨までしゃぶり尽くされてしまうのです。
そんなおつもりなら、私にも考えが有りますよ。




