死闘の翌日
よく眠りました。
戦いを終えた私はパン工房でクリスラさんから軽食を頂いて、そのまま王都の自宅で寝ていました。
王都の住民はほぼ避難していて、誰も居なかったので静かで、朝までグッスリです。
あっ、もちろん、家に戻る前に、獣人の子達の様子は確認しましたよ。起こした上で水と食料も差し上げました。
で、今日はデュランの公館に来ています。パン工房に出勤したら、ガインさんとパットさんがいて、そのまま馬車に乗せられたのです。
案内された豪華な一室には来客用と思われる部屋で、ふかふかな三人掛けソファーが二脚、置いてありました。そして、ソファーに挟まれたローテーブルの上には新鮮な果物が乗せられた篭と、香ばしい匂いを漂わせるお肉の皿が用意されていたのです。
食べにくい体勢ではあるものの、パットさん達と平らげました。一昨日、昨日の王都は大混乱でしたが、もうこんなお食事が出てくるのですね。私が思っていたよりも被害が軽い証しだと感じます。
あと、私の腹具合をちゃんと心得ているとは、恐らくは、あのデュランのメイドさんの仕事ですね。大変に素晴らしい。
満足したところで、扉がノックされ、クリスラさんも現れました。柔らかい皮張りのソファーに座っていたパットさんがスッと立って、恭しく一礼しました。クリスラさんが良いと言うまで頭を下げたままです。
なお、私とガインさんは特に聖女を信仰している訳では御座いませんので、残ったブドウやイチゴを摘まみながら座っておりました。満ち足りたとはいえ、別腹なんでしょう、中々に美味で御座います。
「メリナさん、疲れは残っていませんか?」
クリスラさんは聖女としての正装です。私がコッテン村から出撃して王様を襲った時と同じ格好、白い生地に赤や金、青の刺繍が縁に入れられた服を着ておられます。
「はい。ありがとうございます! 体調、凄く良いです」
「転移の腕輪、イルゼに譲ったそうですね」
「……はい」
すみませんね、私は聖女の地位は要らないのです。
「たった一晩で彼女は見違えるほどに、心の強い女性となりました。確かに、今の彼女なら聖女の大任も担えるでしょう」
うんうん。クリスラさんは話が通るから、嬉しいです。私を否定しないですもの。怒られるかと身構える必要は無かったです。
「でもね、メリナさん、私はあなたを手離したくないのです。私をマイア様とリンシャル様に邂逅させてくれた様に、デュランの民に栄光と叡知を与えて欲しいのです。我がデュランはメリナさんの為に聖竜スードワット様の神殿を作ります。そこで、巫女長として働いて頂けませんか? 私はマイア様を通じて、聖竜様にデュランへお越しになられるように交渉します」
なんと魅力的な誘惑なのでしょうか!?
「そして、デュランはメリナさんが竜となるための術を全力で探究する計画です」
私が唾をゴクリと飲みます。
そして、更に「聖竜様の雄化も手伝って頂けるのですか!?」と訊こうとしたところで、扉が開きました。
ノーノックです。
「困りますわ、聖女クリスラ。メリナさんは私の友人ですから、私の許可を求めて頂かないとなりませんわね」
アデリーナ様です。友人でもないし、友人を何だと思っているのか。トンでもない悪女です。
その後ろにはシェラが立っていました。
クリスラさん、アデリーナ様、シェラと3人とも綺麗な金髪で、窓からの陽射しでキラキラです。何かズルいと思いました。
農民で金髪だとか、貴族で黒髪とか普通ですけど、私もキラキラしたいです。黒髪ツヤツヤでは地味な感じがします。
「メリナさんは王国が召し抱えます。適当に一代公爵にでも任命しましょう。誰も文句を言わないと思います」
おぉ、私、女公爵で御座いますか!?
遂に淑女たる我が身、気品に溢れる立ち振舞いが認められたのですね。
苦節数ヵ月、ついに田舎者のメリナはレディーになったのです! しかし、一度で良いので公爵令嬢にもなってみたくて、まずはお父さんをその地位に任命して欲しいところです。
「もちろん、ルッカから話を通して、聖竜様もセットにしますからね。王都の北、ラッセンの街を聖竜様とメリナさん夫婦に差し上げます。お肉もよく取れますよ」
むふふ、むふ。
サイコー!!
「メリナさん、デュランは竜のステーキを毎日出します。半陰茎もおやつに出しますよ」
いや、あの珍味はクセになりますが、そこまで好きじゃないです。
「メリナ、あなたの未来を金貨様も祝福しておりますね」
シェラ……ブラナンは滅んだと言うのに、その呪いはまだ有効なのですか……。
私は視線で問いたのに、クリスラさんは目を外して答えてくれませんでした。
「いえ、金貨様と聖竜様の祝福で御座いましたね」
あっ、戻っているのか!?
シェラ、もう金貨様信仰をオープンにしていくつもりなんですね!
でも、鞭好きは決して表で喋ってはなりませんよ! 絶対に本当のダメ男しか寄って来なくなりますからね!
また、扉が開きました。今回もノック無しです。皆、お行儀が悪いというか、自分本位の人が多いんだと思います。
「あらあら、まあまあ、じゃあ、私がデュランに行きましょうかね。竜のお肉は美味しいですものね。でも、半陰茎って言うのはお口に合うのかしら」
巫女長です。
半陰茎の干物、あんなにクチャクチャしていたのです。口に合うどころかソウルフードみたいになっていましたよ。
「皆さん、メリナさんはシャールから出ませんよ。だって、私の友達ですものね。まだ約束した事も出来ていないんです」
巫女長は可愛らしく笑います。シワだらけのお顔ですが、純粋な笑みは素敵です。約束に関しては、一切何のことか分からないのでスルーです。
「でも、まずはオロ部長を治して欲しいの」
次の瞬間、一気に部屋は血塗れになりました。オロ部長が突然に出現し、高そうなテーブルを皿ごと叩き割り、痛みでグネグネするオロ部長。尾っぽの方の切断されたままの半身も動いていて、一目で生命力の強さを感じさせます。
慌てて回復魔法を唱える私。
……巫女長は油断なりません。私を讃える会が瞬時で血の海になってしまいました……。
ほら、クリスラさんの服にも血がいっぱい飛んでます。巫女長の服もクリスラさんのに似て、頭からスッポリ被る系ですが、黒いので飛沫は目立ちにくいです。
「メリナ、えらい人気やったな。引っ張りだこやないか」
王城へと向かう馬車の中、御者台からガインさんが喋ってきました。私は着替えています。シェラから渡された新しいゾビアス商店の服です。今日はピンク色のスカートでして、下半身が久々過ぎてスースーします。
「メリナ様の人徳の為せる業です。このパット、聖女決定戦で解説の仕事を引き受け、受け、受けさせて、頂き、うぐ、大変に、こ、光栄でした!」
キモい。パットさん、何のスイッチが入ったのか泣き出しました。
「おい、パット。おっさんの涙は慰めてもらえへんで」
その通りです。全く美しくないのです。街で見掛けたら、絶対に避けて歩きます。遠目で警戒するか、引き返します。
「何をしに王城へ行くんですか?」
「アデリーナの即位式らしいで」
遂にアデリーナ様王国の誕生ですか……。庶民をゴミクズと思いながら笑みを湛える女王様。この国の先行きは大丈夫なんですかね。調子に乗っていたら、いずれ天誅されますよ、アデリーナ様。
そんなどうでも良い事を考えていながら、王城の正門をくぐりました。3日前から色々と有りましたから、傷だらけで所々が欠けております。アシュリンさんが大暴れしたり、巫女長がすっごい魔法で塔を破壊したりしていましたからね。竜神殿の巫女達は破壊神の化身みたい、って王都の人達から誤解されないか心配ですよ。
「メリナ、あの氷の塊、どないすんねん?」
あれねぇ。まだ溶けてないんですよねぇ。
巫女長が暗殺されたと聞いて、お城に乗り込んだ時に橋頭堡として作ったんですが、巫女長はお城をお忍びで探索中だっただけで、全くの無駄な行動になってしまったのですよね。
「ブラナンの墓としましょうか」
「メリナ様、流石です。王都の民はこれを見る度に、大聖女メリナ様を感じる訳ですね」
私、いつの間にか出世していました。
「こんなもんが聳えているお城で仕事すんのは気分悪いやろな、アデリーナも」
……それは容易に想像出来ますね。「メリナさん、目障りです。倒したら危険ですので、ご自分で今日一日でお食べになってください」とか、あの人なら無茶な拷問じみた命令を下してきますよ。そしたら、私、次の日にはお腹をゴロゴロさせながら、トイレに籠ることになってしまいます。
お尻を拭く葉っぱを、とびっきり柔らかくて、且つ、破れにくい葉っぱをたくさん用意しておいた方が良いでしょうか。
「あれ、良い葉っぱですよね?」
幅広で、ツヤツヤ感から判断して程よい固さ。私、小さな産毛みたいな葉は苦手なんです。チクチクするのが多いから。
「何や? 意外に雅やな。メリナはもっと豪華な花とかを好むんかと思ってたわ」
「花ですか……。はっ! 確かにそれは良いかもしれませんね! 柔らかくて、しなやかで!」
「何や? よー分からん反応やな」
全くガインさんは分かっていないです。私は必死なんですよ。思わず溜め息が出てしまいました。
「メリナ様、この国の行く末を思い悩んでおられるのですか……。ご安心下さい。このパットは、メリナ様に一身を捧げ、お仕え致しますので」
パットさんは頭が弱いので要らないかなぁ。
進んでいくと、アシュリンさんに大声で説教をされている方々がいました。ガランガドーさんとフロンとルッカさんです。3人と呼んでいいのか分かりませんが、怒られている方々は土の上に正座させられています。
ルッカさんは何か悪いことしたのかと疑問は有りますが、それは置いておきましょう。
それよりも、ルッカさん、生き返っていたんですね! 良かったです! 頭とか半分くらい欠けていたんで、流石にこれは、もうダメかなとか思っていましたよ。
そんな彼らを、私は荷台にうずくまってやり過ごします。
奴等は下等で愚かな存在なので、高貴な私に絡んできますからね。




