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2000年の最期

 光が収まり視界が戻った後、巨鳥ブラナンの姿は無くなっていました。ヤツが体内に保持していた大量の魔力が周辺に拡散されていきます。


 それは目で捉えられる現象では無いのですが、私には分かります。恵みの雨の様に、魔力を奪われた多くの王都の人達に降り注ぎ、彼らの癒しとなる事でしょう。


 ヤギ頭の下へ向かう時にエルバ部長と見た、階段で倒れた獣人の子供たちもきっと回復すると思いますし、私が知らない王都に残らざるを得なかった方々も衰弱死することは無いでしょう。

 これ以上の命が失われる事態は避けられたのです。



 ガランガドーさんは、ゆっくりと地上へと降り立ちます。ふわりと着地するのは優雅にも感じて、トゲトゲしい外観に似つかわしく御座いません。


『我もぬるくなったものよな』


 感慨深げに呟いています。

 あぁ、まだ自分に酔っておられるのですね。


「あらあら、良いものを見せてもらったわ。メリナさんの竜さん、ありがとう」


『フッ、許せ、老いたる者よ。本来、我は死を運ぶ者。弱き者に助力するのは此度だけであるぞ』


 ガランガドーさんがおかしくなった原因は記憶石だと思います。あの見たり聞いたりしたことを後から映像にするっていう道具に魅了されているに違い有りません。

 このままでは由々しき問題ですね。ガランガドーさんが痛々しいと、その主人である私の感性さえも皆に疑われ兼ねないからです。



 でも、ガランガドーさんを指導する前に、私はルッカさんの体を確認しないといけません。

 空中で作ったルッカさんの体ですが、目は動いたと思うのですが、そのまま自由落下して、スプラッタな感じの塊が地面に横たわっています。

 誰もその件に言及しないのが怖いです。ここにいる人達は私以外、デンジャラスでクレイジーなんです。

 すぐ横に死体が転がっているんですよ?



「どう突っ込んで欲しいのよ、化け物?」


 魔族フロン、憎さは薄れていませんが、私の動揺に触れてくれました。少しだけ感謝します。このルッカさんらしき物体は私の幻覚ではなかったのですね。


「中々に動かないですね……」


 動かないどころか、いつものルッカさんみたいに修復しないのが気掛かりなんです。

 ほら、両目が顔から外れて零れ落ちたままですよね。


「……体と魔力が馴染んでないだけよ。サッサッとブラナンを殺すわよ」


 フロンは離れた場所を指差しました。豪華だった王城の瓦礫の山が見えます。塔や建物が全て崩れた訳ではないのですが、巫女長やガランガドーさんが壊した残骸が目立ちます。

 あと、昨日、王城へ乗り込んだ時に私が出した氷の塔は無傷で残っていて、それがまた、何と言うか、すっごく景色的に悪いです。


「仕留めてないんですか、ガランガドーさん?」


『主を差し置いて、我がやっては良くあるまい。我が主に勝利の最後の一手を捧げようぞ』


 義理堅いことで。



 瓦礫が動く。

 鳥ではない人型のブラナンが立ち上がったのです。巨体の男性であるヤツは顔や腕から血を流していました。そこからすると、ルッカさん由来の異常な回復能力は消えていますね。

 じゃあ、殴り殺せます。



 ヤツはオロ部長を切断したのと同じ剣をダラリと降ろした形で手にしていました。


「あいつの剣は竜断ちの魔剣。あんたじゃ、分が悪いかもね」


「そうですか? さっき楽に勝ったけど」


「私の助けがいるって事よ」


 爪で剣を防いでいた件か。確かに、傷付きはしませんでしたが、恩を着せられたのは不愉快ですね。



 ブラナンは顔を上げているものの、足取りは不安定で、その大きな体を支えるのもやっとという感じでした。


「我は……我は負けたのか!?」


 あっ、声は元気ですね。


「……この2000年の集大成をもってしても負けたと言うのかっ!!」


 叫び声だけが空しく広がります。



 私は皆よりも前に出る。フロンが付いてくる気配があったのを、私は腕を横にすることで断ります。

 何か不満を漏らしたように思いましたが、フロンは従いました。


 ブラナンはもう結末が分かっています。

 最期の望みくらいは叶えてあげましょう。


「はい。あなたは負けました。そして、今から私に殺されます」


 これは慈悲。

 戦士として殺してあげるのです。



「聖衣の巫女メリナ、貴様さえいなければ、我は、このブラナンは、この国に幸福と栄光を永遠にくれてやったのだぞ!」


「少なくとも私にとって、お前の治世は最悪の不幸せだと思いますよ。さぁ、準備して下さい。これ以上の言葉は不要です」


 ったく、聖竜様を消そうとしていたくせに、何が幸せですか。光のない真っ暗な世界になってしまいますよ。

 私は悲しくて、そして狂って、世界を破壊すると思います。



 息を整えたブラナンは剣を構えます。

 私も右の拳を前に出し、足も前後に広げました。


 一応、相手に隙は見えません。

 が、私は前進。

 それから、無防備に相手の間合いへと入ります。


 ブラナンの突き。

 鋭く喉元へ伸びる剣先を、私は仰け反って躱す。そのまま、腕を地に付けてから、足を跳ね、深く踏み込んでいたブラナンの顎を下から爪先で蹴る。


 曲芸的な技ですが、十分に力は乗せます。


 だからか、剣の戻しが遅く、予期していた追撃は有りませんでした。私の奇襲はクリーンヒットになった様です。


 うん、申し訳ないですが、私の方が明らかに強いですね。

 コリーさんなら喰らった後でも私を刺すし、アシュリンさんならそもそも当たらない。パウスさんなら、恐らく当たっても吹っ飛ばない。



 私の蹴りによって空を舞った上で地面に叩き付けられたブラナンは、またもや気持ちを吐露します。


「……くそっ! この2000年を耐えて忍んで、望んだ結末がこれかっ!?」


 んもう、往生際が悪い。2000年に拘り過ぎですよ。ガランガドーさんも「たかが2000年」って言っていたじゃないですか。


 もっと戦闘を楽しみましょうよ。明るく散らせて上げたいのです。



 私はブラナンが立つのを待ちます。慈悲の一環でもありますが、また、物質化した彼が他の誰かに再び憑依する事はないと強く感じているからです。その根拠は私の勘でしかないのですが。



「次の一撃で殺します。余計な事を考えずに、私に斬り掛かりなさい。もしかしたら、私に剣を当て、あなたの望んだ未来が続くかもしれませんよ」


 彼の技量では、絶対に無理な話です。

 しかし、無心で来るのであれば、私もそれに応え、本気で行きます。


「舐めるな、小娘が!」


 ブラナンは最後の力を出したのでしょう。両手で刀を斜め後ろに溜めて駆けます。



 横薙ぎに剣が振られる。

 良い軌道です。魔剣らしいですが、確かに豊富な魔力が剣速に追随できずに残光みたいに見えました。

 狙いは私の胴体。


 竜断ちという畏れ多い名前を付けられた剣。脳ミソだけが竜の私に効くのかはよく分かりません。

 そして、オロ部長の固い体を破ったのだから、部長は蛇じゃなくて竜だったのかという疑問も浮かびますね。



 私は詰める。ブラナンの剣が私に触れる直前に、一歩前へと出たのです。


 グッと土を踏み締める!

 靴を通じて伝わる力を加えて、腰を回す!

 そして、ブラナンに鉄拳制裁! 剣を避けて、拳は下から!


 ブラナンと私では上背に差が有りすぎて、ブラナンの剣を支える腕を掻い潜って、鳩尾を下から殴る形になります。



 衝撃音に続いて、ブラナンの足は地から離れ、体が曲がり、それから高く吹き飛んで、落下して地面に叩かれる。


 その後は、微動だにしません。


 私は片腕の拳を突き上げた格好のまま、勝利を確信しました。



 沈黙が場をしばらく支配して、私は静かに拳を下ろします。

 それから、俯せのブラナンは口から血を吐きました。



 小さな声で確かめて来ます。


「負けたな……」


「はい。そして、もう死にます」


「くく、そうか……」


 ブラナンは残り少ない命を使って立ち上がりました。途中で吐血してまで。

 落とした剣も拾いましたが、戦意は全く感じられません。



 ブラナンは天を見上げる。


「曇っているか。残念だ……」


 そして、視線を私に戻し、静かに言います。


「聖衣の巫女よ。貴様にこの国を託そう……」


 えっ、絶対に嫌ですよ。

 面倒過ぎます。


「魔力を自在に操る能力、それはワットがお前に与えた力であろう……。うまく使えば、地の魔力の量も操作できる……。人の身では絶対に辿り着かない、我が欲した物……。それを以て、魔物や魔族が湧かない世界を頼みたい……」


 何を言っているのでしょうか? 頭を強く打っているせいかもしれません。

 これは浄火の間で練習することで得た物です。聖竜様からはガランガドーさんを貰ったのですよ。ガランガドーさんが言っていましたから。



「ブラナン、あなたが湧いた魔物みたいになっていましたね」


「……かもしれぬ。……次善の策は絶対的な力での支配。が、武力は我の器ではなかったと言うことだな……」


 ドンドンと声は弱まって行きます。


「では、覚悟は良いですかね? 介錯致します」


「……多数の平穏のために多数を殺してきたのだ……。……罪滅ぼしにもならぬが、我は自らの手で我を罰す」


 そう言ったブラナンは剣を横向きにして、両手で首の前に保ちます。左手で柄を持ち、右手は刃を掴んでいます。だから、その手からも血の滴が垂れます。

 私は止めません。巫女長も見ているだけです。



 本当の最後にブラナンは天をもう一度見上げてから、剣を一気に進め、血とともに首が地面へゴトリと落ちました。



 ガランガドーさん、念のためですが、ブラナンは死にましたか? 憑依先に移ったりしていませんか?


『主よ、安心するが良い。愚かなる弱き者は死んだ』


 そっかぁ。

 これで終わりなんだ。


 2000年も生きた者でも、最期は皆と等しく一瞬で迎えるのですね。何だか哲学的です。



 さて、あとは王国の今後をどうにかしてくれるアデリーナ様の復活祭ですね。

 巫女長の収納魔法の中で生きた状態でいらっしゃったら良いのですが。


 んー、もし亡くなっていたら、ヤギ頭に任せましょうかね。彼は皇太子でしたからね。

 それとも、浄火の間で長く住んでいた頃に統治もしていたと言っていたマイアさんの方が良いですかね。


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