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変身

 あぁ、ふーみゃんが、ふーみゃんの体から魔力が溢れて人間の形を(かたど)ってしまいました。


 そして、現れたるはにっくきフロン。茶色に近い金髪が柔らかそうだし、目鼻がはっきりした人好きしそうな顔だけど、彼女が神殿の巫女をしていた時のアデリーナ様の評価は「性欲の強い女」。

 ラナイ村で私の足を切断した長い爪は隠されたままで人間の姿に擬態したのです。


 ブラナンは巫女長の魔法でズタズタに裂かれている最中だとは思いますが、この状況で新たな敵とは少々辛いですね。



「あなた! アディちゃんが本気で行きなさいって命令したのに、手を抜いていたでしょ!? 許せないわ」


 いきなり私に怒鳴って来ましたよ。

 あと、アディちゃんはアデリーナ様の事でしょう。そんなふざけた名前、本人が聞いたら射殺されますよ。


 そして、許せないのは、のこのこ現れたお前の存在だろ?


「猫に戻れ、このド淫乱。お前の価値はそこにしかないと覚えておきなさい」


 あぁ、言葉が汚くなってしまいました。私はそんな擦れた女じゃないのです。フロンが悪いんです。



「あはぁん? 最初に見た時から気に食わなかったのよ。アディちゃんは私の物なの! なのに、何? 賎民のくせに、アディちゃんに向かって慇懃無礼に言葉を交わしてくれていた訳? ほんと、気に食わない。ご飯をくれるから馴れてやろうかと思った事もあるけど、私、絶対に触らせないわ」


 クソが。

 お前はにゃーにゃー言って、私のご機嫌を取っておけば良いのですよ。全く、魔族どもはどうしようもない奴等しかいませんね。


「あらあら、フロンさん。お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」


 細い巫女長の目が、笑みで更に細くなりました。

 そして、巫女長が喋られたと言うことは、魔法詠唱が止められたと言うことを意味します。



 虫の息どころか、どこで息をするのだろうかとさえ思われたブラナンらしき肉塊は、魔力的にはまだ生き延びていました。更に、その状態から急速に周りの魔力を吸い、体を再構築します。


「ククク、体が馴染んで来おったわ。クハハ、これで私は全てを統べる王となるのだ!」


 独り言、デカ。

 本当に誰も聞いてないですよ。

 オロ部長くらいです。そっちを見ていたのは。



「化け物! 本当に化け物よ、あんた! でも、仕方ないわ。協力して、あのバカを殺すわよ」


 フロンが二回も言った化け物ってブラナンの事かと思いきや、思っきり、私を凝視していたので、私のことの様です。

 数ヵ月前に、まだ未熟だった私に負けた事をお忘れですかね。言葉遣いの不愉快さはアントン並みですよ。



「色狂い、黙りなさい。早急にルッカさんを救い出して、お前を猫さんに戻すことにします。だから、逃げずにここにいろよ」


「い、色狂いですって? 何を勘違いしているのよ! もう一度言うわ! 何を勘違いしているのよ、この化け物! 折角、人間に近くなったんだから、アディちゃんを悦ばしたくて、私は夜のテクニックを磨いてただけよ!」


 それ、ダメです。たぶん、アデリーナ様的にもアウトですよ。試そうとしただけで、ぶっ殺されますよ。



「雑魚どもよ。私の真の力を拝むが良い」


 ブラナンの声で、私はそちらを見る。が、特に興味なく、再び、因縁の魔族に向き直る。


「アディちゃんは寝言でも『あのバカ、あのバカ』ってうなされていたわ。可哀想なアディちゃん」


 あ?


「今のお前をアデリーナ様が見たら、『ゴミクズの姿をする必要はないのですよ。死になさい』って言うと思いますよ」


「はん、ゴミクズそのものが何を言ってんのかしら」


「まあまあ、お二人は喧嘩するほどに仲が宜しいのですね。若いって羨ましいわ」


 ……巫女長……、その様に感じられるやり取りは皆無だったと思うんですが。



『主よ、来るぞ』


 ガランガドーさんの忠告の直後、私達が立つ上方、つまり、地上の方から莫大な魔力が向かってくるのが分かりました。



「ククク、集めた魔力が満ち、私の復活の儀は成る。魔族の体を核にして!」


 両手を掲げるブラナンの虚を突いて、オロ部長が体当たりをかまします。

 壁に激しくぶつかるも、ヤツは死なない。


 無論、オロ部長もそう分かっていました。素早く追撃。口を開き、呑み込もうとします。


 もう少しでした。もう少しでブラナンは、もしかしたらオロ部長に丸飲みされて、腹の中へと消えていたかもしれません。

 オロ部長の牙の奥にブラナンの上半身が隠れたくらいの時に、魔力の奔流がここにまで到達したのです。


 膨れ上がるブラナンの体。

 オロ部長の全開の口は閉じるのを一瞬だけ妨げられました。部長はブラナンを噛み切りましたが、吐き出します。食べられるサイズでは無かったのでしょう。

 私と戦ったときに氷の塊くらいで苦しんでいたのは、やはり演技か。



 再生したブラナンはもうルッカさんの姿ではなく、巨体の男でした。へルマンさんよりもがっしりとして、パウス何とかよりも長身です。魔族と同じく魔力を固めて、金属鎧や顔だし兜などの外観を揃えていきます。



 更には、いつの間にか手にした剣を一閃して、オロ部長の長い体を切断する。

 うねるオロ部長の体からは夥しい血が吹き出します。


 信じられない。オロ部長があっさりと殺されたのです。魔剣ってヤツでしょうか。



 私が回復魔法を唱える前に巫女長が部長を収納。


「大丈夫よ、メリナさん。後で回復すれば良いのですから。まずは、目の前の敵を殲滅しましょうね」


「はい!」


 しかし、巫女長がやられると、アデリーナ様とオロ部長も同時に失うわけか……。いえ、既にお二人は元に戻らない形になっている可能性も有りますね。気にしないでベストを尽くしましょう。



 私は突撃。あの剣だけは注意しないといけません。

 私の首を目掛けて横薙ぎに振られた剣、その切っ先が通り過ぎたのを冷静に目端で確認しながら、私は横からの回し蹴り。


 それに対して、止まらぬ剣は斜めに上っての円軌道。続けての上方袈裟斬りに入るのでしょう。


 私の方が速い!

 刃は無視して、腰をそのまま回す!


 突然に火花が散るも、私はブラナンの背骨を()し折り、そして、土煙と一緒に吹き飛ばす。


 火花はフロンの爪でした。私の肩口に向かうブラナンの剣を受け止めたみたい。


「余計なお世話です!」


「世話? あんた、本当にバカね。アディちゃんを助ける最善を選んだだけよ!」


 腹立たしい。



 私に蹴り飛ばされたブラナンは、途中で転移。

 でも、余裕です。魔力の動きで完全に読んでいました。私の背後。


 振り向き様に裏拳を入れる。兜の横に甲を叩き付けたのです。衝撃で砕けた私の拳を回復魔法で戻しつつ、更にブラナンの足を踏み込みで潰す。

 転移と共に突かれた敵の剣は、伸びたフロンの爪に弾かれて、私の耳の側を通過していました。


 次にフロンが逆の手からも爪を伸ばし、ブラナンの喉を狙う。背をのけぞらせて躱すという愚かな隙を見せられたので、私は股間を前蹴り。鎧ごと破壊。


 うん。それなりの技量だけど、そこまでの評価ですね。達人の域では御座いません。



 私は仰向けに倒れたブラナンの四肢へ氷の槍を刺す。あら? これは偶然ながら、アレの光景と同じですね。


「いつぞや、バカな魔族がアデリーナ様に地面に固定された時みたいですね」


「はぁ?」


「愚かで、ふしだらな魔族は哀れでした。私に顔の半分を焼かれて。全く……、次は全面を焼かれないと己のバカさ加減が分かりませんかね」


「あぁ!! 私が暴走していた時のね!? あれはアディちゃんのお酒を盗み飲んだせいなのよ! 罪は償ったわ。皆、ちゃんと元に戻したし、お金も上げたし、求める人には私を抱かせてあげたもの!」


 もう、本当にこの色魔は汚れきっていますね。


 なお、この会話中も私とフロンはグサッグサッ、動きを封じられたブラナンの体を突き刺したり、蹴ったりしていました。

 なかなか死なないですね。体が変化してもルッカさんベースだから、ほぼ不死身だなぁ。



 ガランガドーさん、これ、どうやって止めをさせば良いですか?


『ふむ、その弱き愚かな偽精霊は最後の策を残しておる。それを経れば、手応えが出ようぞ』


 さっすが、ガランガドーさん!

 何でも知っています!



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