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灸を据える

 魔力の質が明らかにブラナンのそれに変わって、少しばかりの間を置いた後、ルッカさんの体はゆっくりと宙に浮かびます。

 ルッカさんは「私に任せて」と言いましたが、あっさりと憑依されて、意識とか諸々を塗り替えられた様に思えました。



「転移魔法を使わせぬか。やはり途中で邪魔が入ったのが原因……。忌々しい」


 ルッカさんの声なのに全く違う口調で呟きます。


「しかし、それにしてもしぶとい。流石は魔族と言った所だな。大人しく、私に体を明け渡せ」


 私達の存在を無視しての独り言です。

 ただ、それによってルッカさんが内部で何かをしようとしている事が分かりました。


 私、ピンと来ましたよ。これは、ガランガドーさんが私の体を奪おうとしたのと同じ現象です。

 あの時、私は制御できる魔力が無くて、どうしたものかと困ったものですが、マイアさんがくれた魔力を操ることで苦境を脱した事を思い出しました。

 ならば、ルッカさんを助けるには私が目の前のルッカさん、いえ、ブラナンの体内に魔力をぶちこんで行けば良いのでしょう。



「まぁ、良い。粛々と残りの――」


 まだ一人語りを続けるブラナン。ルッカさんの姿のままですが、ややこしいのでブラナンとしましょう。

 そんなブラナンの喋りは中断されました。


「うっらぁ!!」


 なぜなら、気合の叫びと共にアシュリンさんがいきなり殴って横壁に叩きつけたからです。アデリーナ様にアシュリンさんは援護って言われていたのに、全くの無視です。ルッカさんも「何もせずにこのまま見ていて」と願っていましたが、一切の考慮なしです。


 しかも、トンでもない威力でして、ブラナンは衝撃で壁にめり込んでしまいました。少しの土煙の中、砕けた壁の欠片がパラパラと落ちて行きます。本気殴りです。



「メリナッ! 考えずに動け! 私達、戦士は目の前の敵だけを叩けば良い!!」


 いや、戦士はお前だけですよ。同類にするんじゃありません。



 ふぅ。

 しかし、まぁ、余計な事を考えても好転しませんね。


 私は片足ずつ軽やかに数回跳ねて、靴のフィット具合を確認します。


 万全。殺ります。


 ルッカさんが滅びても構わないでしょう。何せ、アシュリンさんの公認です。



 私は猛進。

 壁に出来た大穴の中のブラナンの長い髪を束で掴んで表に引っ張り出し、空中に放り投げます。


「ぐぉああ!」


 私の叫びです。力を込めるのに必要だったんです。



 私が視線を戻した後も、ブラナンは空中。まだ落下までに時間が有りそうです。

 急ぎ魔力を足に集め、それから跳んで、私は空気を切り裂きながら舞う。


 デュランでの私との戦いの際、筋肉を醜いまでに膨らませたコリーさんが見せた様に、常人には到底なし得ない高さへと、私はジャンプしてみせました。

 私が魔力の塊で作った、情報局から続く横穴よりも高い位置に来たのですから。



 上昇の勢いが反転する頂点近くで、ブラナンに追い付き、その表情を一瞬だけ確認する。


 くふふ、かなり驚愕って感じ。


 その顔の鼻っ柱に私はストレートの拳。

 普通なら足元が無い状態なので、殴る力は余り伝わらないはず。


 しかし、そこは私。とても賢いので、魔力を固めた浮かぶ足場を瞬時に構築し、そこをしっかり踏み締める事で威力が減損しない様、準備済みなのです。

 

 ブラナンは吹き飛び、距離が開いてしまう。だから、壁にぶつけてからの追い討ちと考えていました。

 なのに、ブラナンは途中で、再び良い勢いで私の方へ向かって来ました。


 分かっています。アシュリンさんです。黄色く輝く覇気を纏ったアシュリンさんが、ここまで来ていたのです。最初は驚いた覇気ですが、もう何回も見たので有り難みが御座いません。


 アシュリンさんの構えからすると、回し蹴りを空中で繰り出したのだと思います。

 


 私は両手を組んで、上から下へ、無防備に私へ迫るブラナンの頭を叩く。大槌で杭を打つように無慈悲に。

 頭の中身がグチャッと出るでしょうが、すみません。


 潰します。



「ゴラアァ!!!」



 私の気合いの声で、頭を殴った音は掻き消されます。渾身の一撃です。余りの速度にブラナンが瞬間移動したが如くです。



「メリナッ! 仕留めたかっ!」


 落ちながらアシュリンさんが話し掛けて来ました。私は魔法の床の上なので、アシュリンさんだけが落下していきます。


「パーフェクトな感触です! 間違いなく頭の中身に触れました!」


「ガハハ! ルッカも満足であろう!」


 はい。あの速度で固い地面に叩き付けられたら、体はバラバラでしょう。いくらルッカさんの再生能力が想像を絶するものであっても、かなりの損傷だと思います。

 先程は足首一つから全身が生えてきましたが、胴体も手足もバラバラだとどうなるのでしょうか。

 まさか、それぞれから生えてきて、何十体ものルッカさんが増殖するとか無いですよね……。



「――むっ! メリナッ! 構えろ!」


 下からのアシュリンさんの警告と共に爆風が私を襲います。魔力の床ごと、私はバランスを崩しながら巻き上げられました。


 これだけの魔法をまだ出せたのか!?



 私の驚きと共にブラナンも上がってきました。


「巫女長の魔法だっ!」


 マジか!?

 確かに未知の魔物を退治する時は念には念を入れて、死んだと思っても攻撃を続けるものです。

 それはそうなんですが、これ、私達もお陀仏ですよ?


 何らかの術で空中を蹴ったアシュリンさんは壁際へと退避しました。横穴に逃げるつもりですね。腹にでっかい岩がぶつかったのが見えましたので治療も行う必要があるのでしょう。


 私の回復魔法をと思いましたが、でも、認知が遅れた私は唱えられずに、そのまま吹き上がるのです。



 必死に体の制御に専念する私。



 暴風に体を取られ、グルグルと縦にも横にも回転しているため、方向感覚がおかしくなっていました。

 その中で私は魔力の床を再構築。風向きの反対側が上と的確な判断をしたのです。


 床に足を置き、重力と反対に立つ形になったまま、猛烈な風圧に耐えます。


「グウウウゥ!!」


 歯を思っきり噛み締めるのと、腹と尻と足に力を込めるのとで、変な声が体から聞こえました。


 目は使えない。風が来る方向に顔を向けれないから。だから、魔力感知でブラナンの位置を把握します。


 たまに当たる石礫が痛い。



 巫女長の魔法が衰え、落ちる私に待っているのは死かもしれません。もう覚悟して、身体中を魔力で固くして損傷を抑えることにしていました。

 それを助けてくれたのはガランガドーさん。同じく風魔法で衝撃を和らげてくれました。

 それでも、私は目が回って気持ち悪いです。



「まあ、この黒い竜さんは本当に優秀ですね。あらあら、メリナさんの竜さんなのですか?」


 冷や汗を拭いている私に、巫女長は平気な顔で語り掛けてきます。


「……はい。後で紹介しますね」


「えぇ、楽しみにしていますよ。さすがは聖衣の巫女メリナさんで――」


「フローレンス巫女長、まだ敵は死んでいません」


 アデリーナ様が巫女長の言葉を遮ります。



 アデリーナ様の視線の先には肉塊。残念ながらと言うべきか、バラバラにはならずか。それでも、人間の姿だった形跡はほぼ御座いません。


 しかし、そこからブラナンの再生が始まります。

 くぅ、本当にしぶとい。初めて会った監獄の時も、ルッカさんは無数の矢を受けても平気で動いていましたものね。

 これくらいでは、仕留められなかったか。



 ブラナンは立つ。所々、皮膚が剥離して、中身の真っ黒な物が見える状態です。傷付いてはいるのかな。



 アデリーナ様は魔法詠唱を開始。


()()ぐ。()めて(はな)つは(まが)(うた)


 出て来た光の矢は相変わらずの速さで、最早、一筋の光線と読んだ方が良いものでした。

 胸を直撃して貫通します。指二本くらいの穴がブラナンに空きますが倒れません。

 ルッカさん、本当に厄介な能力を持っていたのですね。永遠に燃え続ける炎の中にくべるくらいしか、対処のしようがないかもしれません。



「ククク、やはり痛みは激しいが、死なぬな。目論み通り」


 こいつ……まだ勝つ気でいる。持久戦に持ち込むつもりか?

 しかし、それでも、まだ私達の方が勝率が高いと思うんです。



『主よ、小娘から離れよ。懸念すべき点がある。愚かなる偽精霊は主らの思い違いを突いてくる』


 ガランガドーさんが私の頭の中に直接話し掛けて来ました。

 小娘? 私以外で娘と呼べる外観なのはアデリーナ様か。



 瞬間、ルッカさんが消える。

 転移魔法かっ!? 忘れていました!

 さっきまでは使えないって言っていたのに! ブラフだったのか!?



 転移先はアデリーナ様の背中。既に噛みつく体勢に入っている!と思う間もなく、もう吸い付いています!


 やられた……。

 転移魔法のタイムラグが有ったのに、私は踏み込めませんでした。完全なる油断です。あと、巫女長の魔法の後遺症です。


 オロ部長が尾でブラナンを薙いで、アデリーナ様を助けましたが、既に時遅しでした。ブラナンは尾が当たる前に転移で場所を移動しています。



 こうなると、ブラナンの再転移による逃亡は最早防ぎようが御座いません。

 アデリーナ様の魔力の質が徐々にブラナンの物に侵食されていくのが分かる今となっては致し方なしと判断しましょう。



『偽精霊は不死身の肉体だけでなく、これもあって、あの魔族の娘の体を欲しがったのである。吸血鬼の能力を利用する事で、依り代を効率的に用意できるのだからな』


 ガランガドー、お前、分かっていたのか?


『主よ、我らに敵はおらぬ。小賢しい小娘に灸を据えるのも良かろうて』


 ……確かに。ルッカさんに魔力を吸われてビクンビクン体を震わせるアデリーナ様は滅多に見られないお姿でした。ある意味、眼福です。


 が、このままでは終わらせません。アデリーナ様の犠牲は無駄にしません。

 そして、私以外の人達も同じ思いだったのです。



 まずはオロ部長が(あぎと)を全開にしてブラナンに喰らい付こうとします。物凄い速さでしたが、ちょっとだけ、ちょっとだけなのですが、開けた顎をアデリーナ様に向けたので、ブラナンに転移で奥へと避けられてしまいました。


 何だろ? アデリーナ様を食べようとした? 魔力的に似ているから間違えたのかな。



「あらあら」


 場違いな感じの軽い驚きを含んだ呟きの後に、巫女長は魔法を唱えます。

 小さな声だったので詠唱句は聞こえなかったのですが、唇が動いていました。


 結果、アデリーナ様が消えました……。


 滅茶苦茶です。巫女長はアデリーナ様まで収納したのです。大丈夫かな、生きてらっしゃったら良いのですが。

 アデリーナ様の体内にあったと思われるブラナンの魔力だけが浮遊して霧散しました。


 次に、またもや、先程の爆風魔法。巫女長は詠唱を切らずに、続けての魔法へと繋げたのです。初めて見る方法です。


 巫女長の魔法はブラナンへ向けての物なので、私は影響を受けていませんが、ルッカさんの足首が乗っていた立派な石台とかさえ吹き飛ばす風圧でした。更に、向こうの石壁に当たって帰ってきた風と巫女長の手から出続ける風とのぶつかりが、物凄い音と熱を発生させます。


 マジスゴ。

 魔法障壁もあるみたいで、効果範囲がはっきりと四角く区切られているのですが、その中の物質は見える限りでは粉々になっていきます。


 ルッカさん、これ、死んだかな。魔力的には転移魔法を使った気配が有りません。



 いやー、怖いですねぇ。

 巫女長はお強いと感じていましたが、想像以上です。


 さて、ふーみゃん。

 ご主人様がいらっしゃらなくなりましたので、私が新しい飼い主になりますね。

 うふふ。

 お互いに思わぬ幸せがやってきましたね。


 だから、そんなに魔力を昂らせてお喜びになってはダメですよ。

 ダメですよ……。

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[一言] 巫女長つよい。面白かった。
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