アデリーナ様の父
魔力の塊で作った近道を走り抜けると、上下に開けた空洞に出ました。
アシュリンさんが急に立ち止まらなかったら、私は足を踏み外して落下していた事でしょう。
底がよく見えないので照明魔法。
あっ、オロ部長が居ました。あと、アデリーナ様と巫女長もご一緒ですね。倒れている太った人は……たぶん王様なので、目的達成ですね。
うーん、ルッカさんだけは居なくて、どこかでほっつき歩いているのでしょうか。これは鉄拳制裁ですよ。胸元だけでなく気まで緩んでるとは、ひどい怠慢です。
アシュリンさんは豪快に飛び降りました。信じられないです。少し体の制御を誤るだけで、良くて骨折、普通に死亡って高さなんですけど。
私? 私はガランガドーさん、ミニチュアじゃなくて、私の肩くらいの野犬に似たサイズの彼を出して、その背中に乗って降りました。バランスを崩すと自由な落下、その後に死が待っていますので、太股をしっかり締めて体を固定することを忘れません。ロバに乗るのと同じ感覚です。
「……メリナさん、また信じられないくらいの異常さを拝見させて頂きました。貴重な体験に感謝申し上げます」
アデリーナ……こいつは常に皮肉しか言いませんね。
「そうですか? 竜に乗る聖女って凄く絵になると思いますよ」
「ええ、普通の聖女ならそうで御座いましょうよ」
減らず口を。ふーみゃんを見て心の澱みを中和しましょう。
「ルッカさんはサボっているんですか? ほんと、あいつ、ダメな見習いですね」
「あら? メリナさん、もうルッカは来ていますよ」
あっ、そうなんですか?
そっか、私の魔力感知のレベルだとここの天井近い所までは届きませんからね。
離れた場所にいた巫女長とオロ部長の所へとアデリーナ様に案内して貰いました。
「はい。ルッカの残骸です」
……靴の切れ端? いや、中身もあるから、表現的には足首とした方が正しいか。
残骸? そうであれば、この他の体は残っていないの?
アデリーナ様だけでなく、巫女長やオロ部長の雰囲気も尋常じゃない。本当に、あの不死身のルッカさんが死んだ……。そういう事ですね。
ご冥福をお祈りします。冗談でアデリーナ様に手向けたその言葉をルッカさんに使うとは。
ご安心下さい。仇は必ず、このメリナが仕留めてやります。
「アデリーナ様! これは誰の仕業ですか!? 私、絶対に許しません!」
「あら、あなたよ?」
「ジョークは後でお願いします! オロ部長! 教えてください!」
オロ部長にまで、白い指で私を差されました。……あれ?
ガランガドーさん?
『まぁ、何だ……。そういう事なんだろうと理解してはどうか……。我は止めた』
うわっ! 本当に誤射しちゃった!?
「メリナっ! 貴様、大切な部下を殺めたのか!?」
アシュリンさん、怒鳴らないで下さい。私も汗を掻き始めているのがわかりませんか? 本当にバカです。
私が殺ったなら、その魔力を供給したあなたも共犯と私は裁判で証言しますよ。無理矢理に撃たされたと、私はウソ泣きも交えて熱弁しますよ。
いえ、でも、焦るのはまだ早い!
よく考えるのですよ、メリナっ!
まず、ルッカさんは魔族で、今までも華麗に復活を遂げていました。それこそ、どうやったら殺せるのか本気で悩まないといけないくらいに。だから、死んでない可能性が有ります。足首しかないけど。そこは根性を見せて頂くしか有りません!
次に、私が殺ったという証拠は無い! むしろ、何故に皆は私が殺ったなんて確信しているのでしょうか。私に罪を被らせるつもりですか!?
誤射の可能性はあくまで可能性です! 証明できないはずです。だから、私がしたと主張しなければ、罪に問われないはず!
最後に、別にルッカさんが死んでも世の中に変わりは御座いません。聖竜様には家出をしたとお伝えすれば、納得されるでしょう。
よし、私はまだ希望を捨てなくて良さそうですね。
「ルッカさんなら大丈夫ですよ。復活するのを待ちましょうよ」
大丈夫かな。声が震えてないかな。
「えぇ、そのつもりですよ。だから転移魔法はもう少しお待ちくださいね、メリナさん」
腕輪はもう持っていないのですが、とりあえず、すぐでの糾弾は無くなったようで安心しました。
ルッカさん、絶対に復活してくださいよ! もう牢屋に入れられるのは勘弁なんです!
ルッカさんの足首は祭壇に載せられました。
そうです。ここにも立派な石造りの祭壇が有ったのです。ヤギ頭が最後に待っていた祭壇と同じ様な造りなのですが、こっちの方はサイズが小さい分、装飾が細やかです。
正面はやはりブラナンの絵。
ルッカさんの足首は石棺みたいな台の上に放置されました。
あと、その台の下、アデリーナ様が掘り起こしたと思われる空間に裸の老人が寝ていました。不思議というか、異様です。
遠くから全景を見ると、謎の儀式ですね。しかも、かなり頭が悪い系の。我々は靴を崇める集団みたいになっています。
「あの老人がアデリーナ様の本当のお父さんですか?」
「そうで御座いますね」
アデリーナ様の返事に、それまで黙っていた巫女長が口を開きます。
「あの人、ケヴィン君じゃないわね。くちゃくちゃ。だから、アデリーナさんの父君とは違うわよ。くちゃくちゃ。……もうこんなの噛んでいる場合じゃないわね、ペッ」
口に含んでいた竜の妙薬という名の珍味を床に吐き出しました。転がって汚いです。
「私ね、当時はバンディールの役で忙しくて、ケヴィン君の葬式には行けなかったし、その前から何年も会えなかったわよ。でも、覚えてるわ。その人の魔力の質はケヴィン君じゃないと思うの」
巫女長、先王ともお知り合いだったのですか……。
「大事な冒険者仲間で、親友だったのよ」
その親友の王城で、宝物を強奪するための家捜し……。凄いです……。全く倫理観が無いです。
ただ、魔力の質だけで言うと、その先王にはブラナンが憑依しているのですから、違和感を持っておかしくないと思いますよ。
「しかし、私の生物学上の父になります」
「まぁ、でも、そのお体には刀傷がないわよね。私が刺したから覚えているわ。お臍の上から背中まで通したもの。しつこく求愛して来てムッとしたから、魔剣で刺したの。それ、私の魔法でも治らない傷だったのよ」
ちょっ、巫女長! 親友って言ったばかりですよ!
「傷は御座いませんね。メリナさんみたいな化け物みたいな回復魔法を使える人も他にいないでしょうし。しかし、ブラナンの憑依体で御座います」
アデリーナ様は断言します。
「まず私は巫女長の敵ではない事を表明致します。騙しはしませんし、何なら事が終わってから、私の罪悪と真偽についてあなたの魔法を掛けて頂いても構いません。ですので、私の話をまず聞いて頂けませんか?」
アデリーナ様は、まず、その横たわる老人は王国の真の王であるブラナンが憑依したものであると繰り返されます。そして、自分の実の父だと。
ブラナンは憑依先に王を選びます。そして、次の憑依先にはその王の直系の子孫を選びます。アデリーナ様は以前、そう説明されていました。ヤギ頭もそんな事を言っていましたね。ブラナンに憑依された最初の瞬間に王家の暗い過去を植え付けられたと。
ブラナンの憑依には距離的な限界があることが分っています。ブラナンの目的は聖竜様を皆から忘却させ、その存在を消すこと。それに沿えば、王都ではなくシャールで行動すべきです。そちらの方が聖竜様を崇める人が多いのだから。
本当かは怪しいのですが、シャールに居たアデリーナ様もブラナンに憑依されなかったと仰いましたし。
次に、ブラナンは誰にでも憑ける訳ではないことも分かっています。これは結果論でしかないのですが、誰にでも憑けるのなら王族に拘らず、当代で最も優れた者に憑依すべきだとアデリーナ様は言います。しかし、そんな記録は無い。有ったとしても、二代目にしてブラナンは王家に憑依することが出来なくなります。そうなっていないのだから、血脈的な制限があるのだろうと言います。
なんか、眠くなってきました。
ふーみゃん、かわいいでちゅね。円らな瞳で私を見てますね。
「私の最終的な結論は、そこの老人はルッカの息子、第102代王ノヴロクに憑依したブラナン。情報局と結託して、魔法にてこの500年を長らえ、憑依先としてロヴルッカヤーナを狙っている」
えっ? 途中を聞いていなかったので、唐突な結論を聞かされた気分になりました。
ガランガドーさん、皆に聞こえないように、私に詳しくを教えてください。
私の願いに対して、私に忠実っぽい彼は優しくレクチャーしてくれました。
500年前にロヴルッカヤーナは王と子を作り、その息子にブラナンは憑依した。ブラナンはその者の体が壊死する事を免れる為に、この単純な回復魔法陣に横たわらせた。
何のためか? その目的はこの老人の精液を採取し続けるためです。ブラナンは憑依先の次代にも憑依出来ますから、彼らがその採取と受精の色々を担当されたのでしょう。
その精液から生れた子供も全てノヴロクという老人の次代に成ります。つまり、憑依先として選べるのです。
それを500年間繰り返して、今に至るのですね。つまり、巫女長の知人であったケヴィンって人とアデリーナ様は法的には祖父と孫の関係ですが、血的には兄弟なのです。いえ、500年前からの王族はそうやって生まれた人が多くて、皆が歳の離れた兄弟だったのです。無論、自然に生まれた子もいたでしょうが、悉く消されたのだと思います。
ヤギ頭は先王の即位式の時に初めて憑依されたと言っていましたが、それは恐らくカムフラージュ。誰かが真実を知れば、ブラナンの本体である、この爺さんを探しだそうとするからでしょう。
つまり、アデリーナ様が誕生した時に、彼女のお父さんはまだ皇太子だったから、ブラナンに憑依されたお祖父さんがアデリーナ様のお母さんに受精させたのですね。それが不義の事実。アデリーナ様のお祖父さんとお母さんがヤった事は変わりにないでしょうが。
いや、しかし、驚きはルッカさんが人間と子を成していることですよ。この人、血とか通っていないんですよ。いえ、冷血って意味でなく物理的な意味で。
私は勘違いしていたなぁ。ルッカさんはシャールで巫女長になって、デュランで聖女になって、王都で王様を殺してしまって、シャールの牢屋に入ったんだと思っていました。
それは間違いで、少なくとも王都に居たのは最後じゃない。子供を産むだけの時間は有ったに違いない。
牢屋に入ったのは自分の意思? いや、ブラナンの意識操作で自分の意思に見せ掛けて、逃げないように閉じ込められた可能性もあるか。
でも、ブラナンはルッカさんに憑依出来るのでしょうか。そこの老人、ノヴロクからするとルッカさんは子供ではないのに。ガランガドーさん、分かりますか?
『子に憑依できるなら、同じく自らの血の半分を持つ親にも憑依出来よう』
そっかぁ。でも、ルッカさんに血は無いんですけど。
『魔力の根本みたいなものが受け継がれるのである』
んー、そうなんですね。
素直に受け取っておきましょう。考えても分からないし。
私はアデリーナ様に訊く。
「ブラナンは何故、ルッカさんの体が欲しいんですか?」
「不死身だからよ。魔族の体は人間にとっては憧れで御座いますよ」
「ルッカさん、知っていたのでしょうか?」
「さぁ、それは本人に聞かないといけません。が、聞く暇はあるでしょうかね」
その言葉と同時くらいでした。
ルッカさんの体は再構築されて行きます。
ほんと、不死身だわ。




