城の地下の祭壇にて
☆オロ部長視点
まさか、生まれ故郷に戻れるなんて。
目の奥が熱くなって、胸も少し重くなっちゃった。
あの頃とは景色は変わってしまっていて私が知る人も、私を知る人もいない故郷。
でも、懐かしい匂い。風土と言うか、えぇ、正しく土の匂いなんだけどね。この土を掘るのは久々で楽しいな。
街の香りが私に思い起こさせる。ベッドで寝て、お母さんの柔らかい手で撫でてもらって、お父さんに本を読んでもらって、お兄ちゃんに体を磨いてもらった、あの楽しかった日々を。
私は獣人。いいえ、全身が蛇で腕だけ人間だから、ほぼ魔物。両親が人間だったから分類が獣人なだけ。
でも、家族は私を殺さずに育ててくれた。本当に忠実な家令以外にはペットと言うことで納得して貰っていたみたいだけど。
幼い頃は、大きくなったら普通の人間の形になると思っていたのにな。「いっぱい食べて大きくなれよ」ってお父さんが言っていたけど、いつの間にか大蛇になっちゃったよ。
お父さんは由緒正しい家柄で、王族の師弟の守役も務める程の立派な人だった。でも、その王族の子が成長して、ある日、信頼するお父さんに王家の秘密を託したらしいのよね。そんな事を騎士だったお兄ちゃんに聞いたっけ。
で、それがどこかから漏れて王の怒りに触れて、家族も家のお手伝いさん達も殺された。
無惨に剣や槍で貫かれて。
襲撃の最中にお兄ちゃんは私を床下に隠してくれた。大丈夫だって言うから、お母さんが作ってくれた縫いぐるみだけを持って、震えながら耐えたのに、翌朝には体から離れた頭が私の血塗れのベッドの上に置かれていた。
居残りの兵に姿を見られた私は必死に館を出て、土に潜って王都を脱出したのよね。月日が経った今でも、あの追われる恐怖を越す物は無い。
放浪しながらシャールに着いた頃には、私も随分と逞しくなって、何でも食べられるようになっていた。
王都に居る頃に人間の味を知っていれば返り討ちにしてくれたのに、って思ったくらい。
ブラナン王家は許さない。
一人残らず殺して、家族の無念を晴らさずには死ねない。
でも、私、体が丈夫だから死ぬ気配ないんだけどね。そして、長生きしていたら、そんな濁った感情も和らいじゃった。
もうあれから何百年経ったのかな。
魔族って何だか分からないけど、私がその代表格なんじゃないのかなと思う。少なくとも魔族だって言われているルッカさんより私の方が魔族っぽいと思うんだよなぁ。
あとメリナさんも私寄りの感じかな。ゴブリンに腹を貫かれても狂い笑いしながら戦ってたから。ドン引きよ。私、ゴブリンを食べながらドン引きしたわ。
さてさて、その王都からの旅で自分の異常性を認識しました。誰もが私を見て身構えるのです。いつも独りぼっち。魔物さえ私の姿を見たら一目散に去るんだから失礼しちゃう。いえ、私の姿が失礼なんです。
私は寂しがり屋なんだと思う。だから、王都ほどではないけども、人の多い街であるシャールに辿り着いたのも、人の声をちょっとだけで良いから聞いていたかったから。
で、竜神殿に居着きました。
当時の神殿は寂れていて、広大な土地を街中に持っているのに人気が余りしなくて、そこの森の中に私は巣穴を作った。
そう言えば、神殿に居ても良いよと言ってくれた、あの娘も変わっていたなぁ。私が大蛇だから聖竜様の化身だなんて笑っていた。そういう解釈も有りなのかな。
あれから200年くらいは経ったと思う、ある日の事です。
する事がないからトンネルを掘るのが日課で、いつの間にかに、それが趣味になっていたんだけど、それを終えて夜遅くに帰ってきたら訪問客がいた。
歳は今のメリナさんより若かったのかな。すっぽりと頭から被る、黒い巫女服を着せて貰っていて、すぐに巫女さんだと分かったの。
私の姿を見ても怯えず、表情の変わらないその娘に、私は筆談を申し込む。ブラナンの家名を見た瞬間に、久しく感じていなかった怒りを覚えたのだけど、すぐに消沈。
時間は長く経過していて、この娘は私の家族の件に何も関与していない事が明らかだったから。
アデリーナさんは神殿に居場所が無かったのかもしれない。度々、私を訪問して筆談を繰り返した。
数年経つと酒盛りをする程度には仲良くなっていたなぁ。酔うとよく陽気、んー、いや豪気に笑って、たぶん、この娘の本質はこっちなんだろうと思った。
私のご飯を取りに一緒に森へ行ったりもして、普段からは想像できないはちゃっけ具合が私に元気をくれた。
しばらくすると、アデリーナさんを通じてフローレンス巫女長にも紹介されて、あれよあれよと巫女になっちゃった。昔の記録が残っていて、聖竜様の化身かもと騒がれたの。
だから、見習いを飛ばして新設された部署の部長にされた。魔物駆除殲滅部、これ、私に対する嫌みかしらとか穿った見方もしなかった事もない。
″私はブラナンを殺したい″
それはアデリーナさんの申し出。彼女は私の事を調べていたみたい。
彼女も幸せな家族を壊されて、その復讐なのでしょうね。
私は断りませんでした。彼女は私と違い、命が短い。私にとってはもう終わった事で、あの時の嗚咽も沈痛も屈辱も完全に昇華出来ている。
しかし、アデリーナさんが私の領域に至るには時間が足りない。また、目的を果たすために万全を尽くすも、若い彼女はどこかで命を賭ける事を選択されると感じていた。だって、意外に豪快な所があるから。
あれから、10年も経たずに王都をほぼ陥とすとは思っていなかった……。それはアデリーナさんでなくて、あのおかしな娘さんの力だけど。
今、私達は暗闇の中で魔物駆除殲滅部の新人を待っている。メリナさんではなく魔族のルッカさん。王を追って、こちらに来られるはず。
私の大きな体に隠れてアデリーナさんとフローレンス巫女長が控えていて、巫女長さんの口から聞こえるくちゃくちゃ音だけが室内に響いている。ちょっと耳障り。あっ、あと、今は猫だけどフロンさんがいるかな。
メリナさんはフロンさんを魔族だって目の敵にされているけど、私が思うにアデリーナさんの方が魔族っぽいよね。それから、昔の私とは比較にはならないのは差し置いて、メリナさんもいっぱい人を殺しているんじゃないかな。
フローレンス巫女長だって魔族じゃないかもだけど、魔族よりも滅茶苦茶してたと思う。
視線を変えて、私達が潜む暗闇の先には祭壇が有る。
先王はそこの床石の下に閉じ込められていた。私が発見したので私の手柄。
彼は継続回復魔法陣の上に雑に寝かされていて、それはただ絶命しないようにだけの措置に思えた。
「あとは王とルッカを待つだけで御座いますね」
ここまで来るために掘った横穴に私達はいて、アデリーナさんが私に確認するように言う。片手で胸に猫を抱えていますが、その心中は如何なのでしょうか。
彼女の推測が誤っていた場合は、彼女を食べるように依頼されている。
私は何でも食べるけど、ちょっと悲しいなぁ。お腹も壊したことないけど、壊しそうだし。涙も出ないけど、出したくなっちゃうと思う。
フローレンス巫女長は不思議と静か。咀嚼音だけ。普段を知っているだけに不気味。
この人、昔出会った事を覚えてるかな。森で遭遇して彼女の仲間に問答無用で襲われて、返り討ちにしたのよね。もっと若くて肌も艶々の人だったけど、こんな愉快な人だったなんて知っていたら、もっと優しくしたのに。仲間の人を食べて、ごめんなさい。
さて、ルッカさんともう一人の魔力を感知した。ルッカさんは追っている割りには向かってくる速度が遅い。
うーん、判断に迷うなぁ。
ここの祭壇はお城の下にあるみたいで、上から下に向かって大きな筒みたいに掘られた底面に位置する。お城からは壁に沿って作られた手摺もない螺旋階段で下りてくるみたい。落ちたら死ぬし、危ないと思う。
息を潜めていると徐々に靴音がこちらに近付いているのが分かる。あと、私は普通の人間には見えない暗闇でも眼が使える。エルバ部長によると、熱が見えているらしくて、だから、私は夜戦が得意。それに、舌をチロチロ出すと、不思議と敵の気配も探れる。
……ほんと、私は人間じゃないなぁ。お母さん、ごめんね。私が生まれてから色々と心労を掛けたね。
見えた。
太った男の人だ。王でしょう。尾を軽く振って皆に教えます。
アデリーナさんは動かないので私も待機。
忙しなく上方を振り返りながら王は階段を急ぐ。狙い通りかな。
王と先王を同時に回収し、ルッカさんの転移魔法で工房へ移る。そんな予定だと聞いている。表向きには。
「お久しぶりです、叔父様。アデリーナ・ブラナンで御座います」
危険な階段を終え、両膝に手を置いて安心する王に対してアデリーナさんは物影、まぁ、私の影なんだけど、そこから呼び掛ける。
「ア、アデリーナだと!? そうか!? 貴様の仕業かっ!」
「ご安心下さい。まだ叔父様には価値が有りますので生きる事を許可致します」
それを合図に私は体をバネにして襲い掛かる。武人でもない彼は呆気なく、私の巻いた胴体の中で気を失った。いつもの癖でペロリと食べそうになったのは秘密。
「ルッカは?」
私は指を差す事でアデリーナさんの問いに答える。
「遠い……勘付いた?」
「にゃー」
あれ? ルッカさんは降りて来ない。足を止めたのかな。
代わりに声を出した。
「ダメよぉ、アデリーナさん。それ、私の大事な下僕なの」
「えぇ、事が済んだらお返し致しますのでお許し下さい」
「本当に? ちゃんと約そ――」
会話の途中での出来事。
何の予兆もなく横壁から巨大な光弾が襲来し、反対側の壁へと抜けていった。振動にも敏感な私が気付かないなんて凄い。
ルッカさんはその直撃を受け、足首を残して消え去った。
理不尽なまでのその魔法はメリナさんの物だと確信できた。思わぬ先手だった。
こんな時期に行列に並んで、どうぶつの森、ゲットだぜ!!




