アシュリン、瀕死
アシュリンさんはアデリーナ様の所へ向かわないといけないと言います。しかし、どこに行ったのか、私は知りません。
話は覚えていますよ。ルッカさんが王様を回収する様に言われた時に、アデリーナ様はオロ部長と地下から王宮のどこかへ行くと喋っておられました。そうそう、巫女長もご一緒でしたね。
問題はここからどうやってアデリーナ様を迎えに行くのかです。転移の腕輪を持っていれば、王城まで一っ飛びなんですが、今更、イルゼさんに返せって言うのもカッコ悪いです。何か、エグエグ言いながら感謝の言葉を述べておられたのも、正直気味が悪かったですし。
シェラに頼る手もありますが、着いた先でも戦闘が予想されます。鞭の威力は強いとはいえ、オロ部長、アデリーナ様やルッカさんと比較すると、却って足手まといになるでしょう。
となると、最善手はこれですかね……。
ガランガドーさん、ここからアデリーナ様の敵を狙撃できますか?
象の上にいたアシュリンさんの敵を葬った様に、簡単に仕留められるんじゃないかなと考えたのです。とても効率的です。
『少々遠かろう。主の知人を誤射する恐れがあるが?』
構いませんよ。それはそういう運命だったと言うことで許してくれるでしょう。あの世で。
私は即断即決です。悩む必要は全く御座いません。
『……主よ、すまぬ。今の言葉は我の強がりであった。実はどこを狙えば良いのか分からぬ』
おぉい!
「アシュリンさん、王城の方向は分かりますか?」
「どうしたっ!?」
「魔法で近道を作ります。だから、どっちに撃てば良いか教えて欲しいんです」
誤射の可能性は秘密です。
「ふむ。アデリーナから聞いた蟻猿の時と同じか。分かった、あっちだ!」
私はアシュリンさんが指した方角へ両手を向ける。
はい、じゃあ、ガランカドーさん、宜しく。
『我は主を思うからこそであるのだが……』
いえ、全責任はガランガドーさんに負って貰いますよ。怒られるのは私でなくあなたです。
『仕方あるまい。主の命令であるのだからな。……む? 主よ、しかし、魔力が足りぬぞ』
えっ? 本当ですか?
確かに転移で失った魔力が戻って来ているとはいえ、まだ全快ではないです。それに、先程に詠唱した炎の魔法だとか、象の鼻を破壊した筋力増大の何かやらで、消費されていました。
しかし、心配は無用です。
私は死んだ象の体から魔力を抜いて頂きました。それなりの量が有ります。あと、空間に浮遊する魔力も吸い取ります。
『距離が距離だけに足りぬ。更には大気ではなく土や岩を貫くのであるからな』
ぐむむむ。分からぬ。本当に足りないのか、私には把握できない。ガランカドーさんの口振りが私を舐めている様にも聞こえて、余計に腹立たしいです。
だから、私はガランカドーさんが出し渋っているのだと感じたのでしょう。しかも、誤射の可能性と言う些細な事で。もう死を運ぶ者っていう自称に反した愚かな行為です。
しかし、私だけでは魔法の発動は出来ません。諦めないといけないのでしょうか。
「転移した後に魔力が無くなるのですが、アシュリンさんはどうやって回復させているんですか?」
困った私は素直に尋ねました。アシュリンさんの回答に期待はしていないです。魔法が使えない場合は地上に出て歩けば良いと分かっています。でも、訊くだけなら容易い事で、ショートカット出来るなら越した事はないのです。
「あ? 体内の奥底から沸いて来るだろっ!」
えー、根性論ですか?
しかし、私は素直で良い淑女。自分の体の中を探索します。
うーん、分からないなぁ。ちょっとした痕跡なら、胸のちょい下くらいに残っているんですけどねぇ。アシュリンさんの旦那と戦闘になった時に刃を止めるのに使った魔力かな。
「走って行きますか?」
諦めました。私は普通の人間ですから、勝手に魔力は湧いてきません。周囲から吸い取るくらいしか出来ませんよ。
「メリナ、お前のアイデアは良いと思ったぞっ! 私が補助する、やれ!」
そう言うとアシュリンさんは魔法を唱えます。
『我は願い請う。青き山に住まる雲雀は流離う旅人に移ろう影を落とさんと。文を破りて約を合わす。囀ずる音は滑らかに、煌めく尾はしなやかに。更には滾る滝の滴は底へ流れ行く』
アシュリンさんの魔法に難しい言葉が少ないのは、バカだから単語が覚えられないからなのでしょうか。
簡単な詠唱句だと、効果は薄いのかもしれないとか思ってしまいました。
まぁ、何にしろ、正直なところで申しますと、アシュリンさんが持っている程度の魔力量では、私を満足させられないのですよね。
なのに!
私の背中に当てたアシュリンさんの掌から、ドクドクと魔力が移動していきます。
慌てて、私はアシュリンさんの体内の魔力の動きを見る。戦闘している時みたいに覇気で体の周囲が光っているのは目視でも分かります。
でも、魔力感知で認識すると、アシュリンさんの胸の奥に魔力的な穴が開いていることを知りました。
ガランガドーさん、何ですか、これ!?
『弱き者が竜脈だとか竜穴とか呼ぶ、魔力が噴出する場所があろう』
初耳です!
でも、エルバ部長がラナイ村で魔力が溢れる場所がたくさんあるとか言っていましたが、それの事でしょうか!?
『その通りだ。そこの少し出来る者は自身の体内にそれを作り出した』
何ですって!? それじゃ、魔法を使い放題で無敵じゃないですか!? 私よりも優れた感じがして嫌です!
『そこの者は精霊の適性を誤っておるな。本来は肉弾戦よりも援護に回るべき者と我は思う』
あれだけの体術を持っているのに!?
くぅ、悔しいです!
それに、援護魔法って、とっても淑女っぽいです! 私にこそ相応しいって思うんですけどぉ!!
ちょっとガランガドーさん、私が得意な援護魔法を教えなさい!
『……主よ、言葉を濁しても良かろうか』
言いなさい!
『……体内の魔を乱しての強戦士化……』
ダメっ! 言うな! それ、レディーじゃない!
そんなこんなで私の魔力は回復してしまいました。アシュリンさんのお陰で。納得は行かないですが、感謝はしましょう。
私は自分で魔力を捏ねて、魔力の塊を作る。ガランガドーさんを召喚するのでなくて、ただ単純に塊を作るのです。
「何をしている、メリナっ!」
後ろからアシュリンさんの元気な声が聞こえました。
「いえ、私の精霊が意地悪を言うので、自分で魔力を操ってるだけです」
むしゃくしゃします。ガランガドーの奴、調子に乗ってやがります。
「分かった! メリナ、存分に私の魔力を使うが良い!」
無論です。
充分に捏ね繰り回したら、準備完了。
それを発射!!
進行方向に別の魔力でガランガドーを一瞬で作ります。
『主よ、一体何を――グアァァ!!』
魔力の塊に貫かれた断末魔の後にガランガドーさんは私の体内に戻って来ました。
『はぁはぁ、主よ、何をしたのだ……?』
うふふ、お仕置きですよ。
ガランガドーさん、私に適する素敵な援護魔法を考えて下さいね。
『……御意』
魔力の塊は、音も立てずに壁もその先の土も関係なく突き進みました。燃やすとかそんな物でなくて、触れた物を消失させる様な、そんな感じで。
「ガハハ、メリナ! 大したものだなっ! 良し、アデリーナは頼んだぞっ!! 私が見込んだ巫女戦士だけはあるなっ!」
あ? その怪しげな造語の巫女戦士をまだ使うのか。
「後は任せたぞっ!」
アシュリンさんは、その言葉を最後に倒れました。気を失われたみたいです。魔力から間接的に分かる心臓の動きも不規則で、瀕死です。
え? マジですか……?
これだけの魔力が簡単に涌き出るはずがないじゃないですか。自分の限界を越えて魔法を行使してました?
息子さんもいらっしゃるんでしょう?
何故、こんな無茶をされたのですか!?
……もう……どれだけ私を頼っているのですか。
……ったく、アデリーナ様の傍なんて二人で走って行けば良かったのに。
アシュリンさんは衰弱して死ぬ間際の人に特徴的な息の荒さになっていて、これは正直、辛い未来が待っていると思います。
『……主よ、すまぬ』
いえ、こちらこそ。これは私の不甲斐なさが招いたものです。
アシュリンさんが居なくなった部署なんて、静か過ぎて寂しいのかな……。
私は仰向けに倒れたアシュリンさんの肩を揺すって叫ぶ。
「アシュリンさん、ダメですよ! まだ私、一回しか勝ってないです!」
揺さぶる度にアシュリンさんの頭が床にぶつかっても止めません。もしかしたら、怒りの力でスッと生き返ってくれるかもしれないから。
『主よ、もう良かろう。その者の本望を叶えてやろうではないか』
ダメです! ほら、アシュリンさんも言っていました! 「戦士は戦場で死ぬべきだ」って!
だから、こんな所で死なないで!
『主よ……』
私はアシュリンさんを揺さぶり続ける。だらしなく瞼が開いて……白目が見えました……。見えてしまいました……。
ぶふっ。
あっ、ダメだ。笑ってしまった。
さて、充分に雰囲気を楽しんだ所で私は魔力をアシュリンさんに注入。バシンと頬を殴りながらです。しっかりなさい!
瞬間、彼女はシュバッと立ち上がりました。
「じゃあ、向かいましょうか」
「グハハハ! 期待通りだ、メリナっ! 信じていたぞっ!」
アシュリンさんを先頭に、私達は長くて暗い、出来立ての洞穴へ走り抜けます。
色々と遊んだ事は不問にされて良かったです。




