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秘密

 シェラは扉横の机の前に立っていまして、その机に数束の書類が積まれているのが目に入りました。


「大丈夫だった、シェラ? 怪我していたら、私、治すよ」


 私にとっては余裕でしたが、シェラはか弱――くはないか。あの鞭は強そうです。

 でも、それでも戦闘経験は少ないと思いますので、私は心配です。敵に何回も襲われ傷付いているのではと。


「有り難う御座います。その慈悲は金貨様譲りですね。聖衣の巫女の異名は伊達では御座いませんね」


 普通に喋り掛けてくれるのですが、どうやってここまで来たのかは説明してくれません。その辺りは訊いてはならないのでしょうか。

 アデリーナ様によると、シェラは情報局と何らかの関わりがあったみたいなのですが。


 あと、金貨はドライだと思います。獣人の方々の所には来てくれなくて、お金持ちの傍にばかり集まりますし。



「メリナはどうして、ここに? ……偽物では有りませんか? そうであるなら、私の友人を侮辱しているなら…………殺しますよ?」


 まぁ!

 あのおっとりシェラの口から、何て単語が出てしまったのでしょうか。そんな言葉は私に相応しいのですよ。


「あなた、転移の腕輪を……されていませんね?」


 デュランの次の次の聖女さんに渡した事を説明する暇なく鞭が振るわれ、それを私は横に避ける。

 すぐに距離を詰めて殴る事は容易なのですが、私を友と呼ぶ方に、そんな非道な真似は出来ません。


 床を跳ねた鞭が私を再度襲う。

 くぅ! 仕方有りません!


 私は腕を出して鞭をクルクルと絡ませる。トゲトゲがいっぱい付いていて、それが私の肉を食い破って行きます。シェラの動きを注視しないといけないので、確認しないけど腕はズタズタでしょう。

 鞭に力が入り、次の攻撃に入る気配がしました。私はそれを止めるべく、痛みを堪えて語り掛けます。



「わ、私は本人ですよ。ほら、証拠をお見せしますから」


 無事な方の手で自分の胸を揉みしだく。何回も。


「マリールの特技」


 無言で無表情だったシェラは、破顔しました。それから、また真顔に戻って私に絡み付いた鞭を外してくれようとします。



「ごめんなさい、メリナ。本当にごめんなさい。まさか、貴女がこちらに来るとは思っていなくて」


「いえ、こちらこそ。気になさらず」


 回復魔法で既に元通りですから。



「私はアデリーナ様に指示された書類を押さえにここに来たのです」


「有りましたか?」


「えぇ。保安の方がいらっしゃらなかったので、私が預からせて頂きましたわ」


 シェラは古びた鍵を見せてくれました。この書庫以外にも別の書庫が有るんでしょう。

 うん、それもそうですね。どうも情報局って言うのは、王国中で暗躍しているイメージが有りますもの。私の想像を越えるほどの書類が保管されているはずです。



「メリナ、この書類はノノン村に関する調査書です。読まれますか?」


 シェラが示したのは、机の上の書類でした。

 でも、そんな悠長な時間は無いです。


「私はシャールを裏切っていた罪滅ぼしにこれを焼却しようと考えていますの。少しだけでも読まれませんか?」


「……じゃあ、少しだけ。ごめんね、シェラ。アシュリンさんの応援にも行きたいから」


「有り難う御座います」


 でも、私の村に関してなんですよね? 何の変哲もない農村なんですけど。特別に書くことなんかあるかな。



 私は黙って紙を読んで行く。でも、久々に喋るシェラに悪い気がして、軽口も叩きます。



「シェラは有望な嫁ぎ先があるそうですね?」


 確かイルゼさんから聖女決定戦の後に聞きました。


「乗り気では無いのですよ」


 だから、巫女見習いになったのかな。



″ノノン村。

 シャール東南東の辺境、妖しの森と呼ばれる地帯の奥に位置する魔力収集地点の一つ。強すぎる瘴気の影響で、人が住むには不適。胚発達が阻害されるため、住民の増大の心配なし。ただし、魔物による自然減が激しく、定期的に処理済みサンプルを送り込む必要有り″


″良質の魔力塊が生成される。王都への輸送は困難な為、一時的に村民へ与える事を許可。魔力の回収はシャール伯爵域付近の森に廃村があるため、そこで措置可能″


″情報員の接近に指定有り。村への連絡は別途の処理済みサンプルに限定すること″



 何でしょうか、サンプルって?

 あと、私の村を人が住むのに不適って酷くないですかね。魔物が多かったからかなぁ。



「どんな人がシェラの理想なの? きっとシェラなら素敵な人を掴まえられるよ」


 私は次の紙に目を遣りながら言いました。


「そうですわね。強い人が好きで御座いますわ」


 はい、グレッグさん脱落。ご愁傷様です。

 


″瘴気濃度が限界に達する事象発現。付近一帯に魔力淀みが発生し、管理担当よりサンプルの損壊甚大との連絡有り。目的遂行に不適と判断し破棄稟議を王へ提出。裁可。コストの絡みから残存サンプルの回収不可″


 サンプルって何なのか分かりませんが、捨てられたみたいです。



「強いって言うと、軍隊にいたって言うへルマンさんくらいですか?」


 あの人、私がボコボコにしてしまいましたが、結構強いなってコッテン村で思いました。


「ヘルマン? 騎士団顧問のヘルマン・トアロ様で御座いますか……」


 シェラは唇に指を当てながら考えます。


「そうですね。良さげです。でも、我慢強すぎるかも。ベストじゃないかもしれませんわ」


 強くても我慢強いのはダメ? うーん、分からないなぁ。おっさんは嫌だと言うのをやんわりと言ったのかなぁ。



 私はさっきの紙の端っこに日付があるのを発見する。あっ、この年号は100年前くらいですね。

 そっか、昔のことだったんですね。良かったです。量は少ないけど、今はちゃんと小麦も取れるんですよ。



「私、鞭が好きなんですの」


 突然のシェラの告白でした。


「だから、鞭が当たったら反応して欲しいのです。ヘルマン様だと我慢してしまうでしょう」


 ん? うーん?

 怪しげな雲行きですよ……。

 


 現実逃避もあったのかもしれません。私は、違う書類に目を遣る。シェラの表情を確認したくなかったのです。



″試作1002―1603。32の精霊を宿すことに成功。精神異常も起こさず良好な状態を維持したものの、始祖様の血を与えたところで記憶障害発生。局外での暴走は第一発見者により鎮圧。軍への秘匿を優先し、当該試作品は破棄″


 マイアさんみたいに精霊を誰かに植え付ける事が出来る人がいたのかな。それにしても32って……。魔法詠唱句を覚えるだけで大変な事ですよ。



「ねぇ、メリナ、爵位を持たれている貴族様は鞭に打たれたら、怒るか泣くかくらいしかしないのと思うの。それって、鞭への愛が足りないわよね」


 いえ、貴族様も突然の事に呆然とするんじゃないかな。鞭への愛って倒錯しか感じませんし。


「夜会の練習の時のメリナは良い感じでしたわ。痛みを顔に出したり、鞭を恐れたり。でも、それに負けずに努力されていました。メリナが殿方なら、恋に落ちたかもと思いましたわ、うふふ」


 ……グレッグさん、応援しますね。

 私、背筋が寒くなって来ました。この人、神殿の寮では同室なんですよ。



 さっさっと読み終えて去りましょう。恐らく、それが最適解です。

 私はパラパラと紙を捲って、適当に読んだ振りです。



″第一発見者、処理済み。軍との交渉が難航した結果、配偶者の過誤による王都からの追放で妥結。記録は抹消終了。放棄された魔力収集地点に移動確認″



「私の理想は、鞭を恐れ、打たれることに屈辱を表しながらも、敢えて鞭を受ける喜びも知っている、そんな男性なのですが、どなたかお知り合いはいませんでしょうか?」


「いやぁ、ゴブリンの師匠くらいしか知らないですねぇ。うん、残念」


 まさか、シェラがこんな危ない人だったなんて……。本当にシャールの竜神殿には、まともな人は私以外には居ないのですね。

 


「そうですか、私も残念ですわ。あっ、金貨様でも宜しいのですよ。金貨が何としても欲しいけど、どぶ臭く生きるのもプライドが許さず、でも、やっぱり最終的には金貨様に屈するんです。で、それを気に病みながら、私に懇願するんです。『この俺の罪悪を、金に対する執着を、どうか鞭で打って追い出してくれ』って。うふふ。そして、私は彼の背中を真っ赤にするんです。呻き耐えて、でも、震えて。……興奮します」


 ダメですよ、シェラ。本当にダメですよ。早く微笑みをお止めください。

 もう戻れない道に行かれていますが、軌道修正くらいなら可能だと思います。



 紙を捲る速度を早めて、最後の頁に急ぎます。でも、シェラに焦りを悟られないようにたまにはチラッと読むのです。

 読まないと友情にヒビが入るかもと危惧しているのです。



 第一発見者が近衛兵で、配偶者は官吏。今から13年前に謂れの無い借金で王国を追われ、2歳の娘に情報局が持続性の毒物を飲ませた事が書かれていました。


 生きているなら私と同じ年齢ですね……。



「ねぇ、メリナ、そんな理想の方は身近にいらっしゃいませんか?」


 本気でいると思っているのなら、その時点でアウトですよ? ちょっと本当に勘弁して欲しいです。

 しかし、私は閃く。


「あっ、グレッグさんって言う新しく騎士になられた方がピッタシかも! 今度、ご紹介するね」


 素晴らしい。この重い雰囲気を一変させ、かつ、グレッグさんにも感謝される大逆転の一手です。私は天才ですね。


「グレッグ?」


 シェラは柔らかに反復しました。


「えぇ。確か、グレッグ・スプーク・バン――」


「グレッグ・スプーク・バンディール様!」


 あっ、知ってた。


「あの方ですか!? あぁ、そうで御座いますわね! 立場的に私に逆らえないから、鞭で打っても怒らないし、でも、我慢も出来なさそう。とっても複雑で甘美な表情をしそうですわ! それに、金貨様をお与えすれば、受け取れないとか仰りながらも苦悶されて、日々、悶々とされそうです! そして、最後には金貨様の魅力に落ちるのですね!」


 耳を塞ぎたいですよ。


 シェラは大切な友人です。

 でも、こんな人だとは思っておりませんでした。ブラナンの記憶操作を受けても良いかもとさえ思いました。


 やっと最後の一枚です。



″メリナ(姓なし。出生記録無し。自称ノノン村出身)

 シャール竜神殿に見習いとして登録されるまでの履歴不詳。紹介状は竜神殿巫女長である事を確認。魔物駆除殲滅部に配属され、柔和に見えて粗暴。人並み以上の欲望はあるものの、立身には無関心か。臭気に関して異常性癖を確認。

 アデリーナ・ブラナンと親交を深めており、要注意。人の血に怯えることなく、またその穢れを気にせず――″



 途中で読むのを止めました。

 これはシェラから提供された情報でしょう。巫女長様の紹介状は村から持ってきた袋鞄の奥底に入れっぱなしで誰も見たことがないはず。でも、同室のシェラなら私の鞄を自由に探れたと思います。

 あと、……異常性癖が凄くショックです……。どうしても嗅ぎたくて、夜中にこっそり足の裏を匂った時、起きてらっしゃったのでしょうか。



「メリナ、本当にすみませんでしたね」


「……えぇ、シェラもお仕事だったのでしょうから。気にしませんよ」


「代わりに私の秘密でご容赦頂ければと思いましたの」


 それ、私にメリットがなくて心の負担が増えただけだと思うのですが。


「これからも宜しく、メリナ」


「はい。色々と忘れて、また仲良くしましょう」


「うふふ、グレッグ様の件はお忘れなく」


 いやぁ、グレッグさん、本当にご愁傷様ですよ、これ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] メリナ、ナイスプレイ!wwwww やったね!グレッグさん!wwwwwwww
[一言] シェラ女王様、金貨だけじゃなくて鞭にもご執心でしたか。グレッグは強く生きろ。面白かった。
[一言] 猫もひとの足の臭い嗅ぎに来るし それほどのもんじゃないさ
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