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情報局への侵入

 私とアシュリンさんは貴族街への門を越え、更に進んで、王城近くの建物の前に来ました。

 情報局は目の前なのですが、私達は立ったままです。


「見事に破壊されていますね……」


「そうだなっ!」


 忘れていたんですが、王城の塔の1本が倒れていたんですよね。それが情報局を直撃していました。あの倒壊ですが、タイミング的にはガランガドーさんに興奮した巫女長の仕業だと思います。


「どうします?」


「情報局は地下に本拠がある。探すぞ」


 あっ、そうなんですね。

 アデリーナ様に命令されたシェラが先に来ているはずですが、どこにいるかなぁ。



 二人で瓦礫の山を蹴ったり投げたりしていると、アシュリンさんが小さな魔法陣を発見しました。

 作業の間、周囲には人の気配が無かったのが不思議です。

 昨日ブラナンが出現して、その為に中の人達は待避されたのでしょうか。巫女長が大量殺人者になっていなくて良かったですよ。



「転移魔法陣だっ!」


『うむ、普通の転移魔法陣であるな』


 アシュリンさんとガランガドーさんの言う普通ってのが何を意味するか分かりません。だって、普通じゃない人達だからです。

 エルバ部長の転移魔法では転移先に魔力を持っていく事が出来ず、場所を選ばないと弱体化するような事を聞いた事があります。それが普通であるのなら、これを使って敵陣に乗り込むのには良い選択肢では御座いませんね。


「行くぞ、メリナ、蜥蜴!」


 アシュリンさんはほんの躊躇もなく、私とガランガドーさんをがっしり引き寄せて魔法陣に突入しました。ガランガドーさんなんて首を掴まれてますよ。



 グハッ。やっぱり魔力がごっそり抜けましたよ……。体が重っ!


「動けるな、メリナ? 進むぞっ!」


 お前、動けなかったらどうするつもりだったんですか? 全く脳ミソ筋肉は後先を考えないんだから。

 見てください。私が魔力を練り上げて体を構築したガランガドーさんなんて、魔力の塊みたいな存在なんですよ。だから、手足を床に広げてぐったりじゃないですか。


『主よ……先に行くが良い。我はここで回復を待つ……』


 首も持ち上がらなくて、彼はそう言ってから眼を閉じました。なんと情けない。


 そして、彼の言葉の有無に関係なく、私とアシュリンさんは特段、感傷に浸る要素もないので放置して部屋を出ました。


 そう、転移先は殺風景な小部屋だったんですよね。転移用と思われる魔法陣だけがあって、それ専用の部屋なのでしょう。



 通路を進みます。天井に照明が一定間隔で設置してあるので歩きやすく、私達の足音が固い床と壁に響きます。

 そんな中、アシュリンさんは私に言います。


「昨日、パウスから聞いた。私の恩人がここで殺されたらしい」


 うん?

 だから、どうすると言うのでしょう。


 私は反応しなかったので、両手を伸ばした程度の幅しかない通路にコツコツと靴の音だけが反響します。



 誰にも会わず、やがて左右への別れ道にやって来ました。アシュリンさんが立ち止まって再び口を開きます。


「戦士が戦場でなく、しかも、味方に討たれるのは良くないと思うだろ」


 まぁねぇ。

 無駄死にどころか、たぶん、それまでの人生も利用されただけに終わったんでしょうからね。


「情報局長は魔族かもしれんとパウスは言った!」


 王都のお偉いさんがですか。

 ブラナンと手を組んでいたのかもしれませんね。有り得なくはないと思います。


 しかし、魔族の可能性か……。私の知っている魔族はフロンとルッカさんぐらいですが、どちらもしぶとくて、中々に死なないんですよね。厳しい戦いになりそうです。


「と言うことで、私は本気になるっ!」


 その言葉を終えたアシュリンさんは、強くなった気がしました。……本当に底無しですね。「本気になるっ!」のセリフは何回も聞いた気がしますが、その度に強さが増していて毎回ビックリします。


 絶対的な魔力量だけで考えると、遥かに私の方が強いはずなのに、どうもアシュリンさんは魔力なんかとは違う強さを持っているんだと思います。それが私を惹かせる――あぶなっ、きもい考えに陥る所でした。


「さっきの転移魔法陣で魔力がガクンと減っているんです。私には期待しないで下さいよ」


「ガハハ、私がメリナを頼るだとっ! 精々、私に殴り倒されないように気を付けるんだなっ!」


 そう言うと、アシュリンさんは私に拳を向けてきました。いえ、殴りに来た訳ではないのですよ。グイッと柔らかく伸ばして私の前で止めたのです。


「拳を合わせろ」


「はいな」


 私は拳を軽くぶつけます。背が高いアシュリンさんなので、私の手は斜め上に上げないといけませんでした。

 アシュリンさんの固い皮膚と少しの温もりを感じます。……やっぱり、きもいです。何か恥ずかしいというか。


「冒険者ギルドの連中はこうやって信頼感を高めるらしいぞ!」


「確かに……。淑女たる私も込み上げる何かが有りますね」


 何だろ。不思議な高揚感。魔法の一種でしょうか。


「右は書庫だ! メリナ、お前はそっちに行け! 私の従姉妹であるお前の同期がいるだろう! 保護しておけ」


 アシュリンさんの従姉妹って誰の事か直ぐには分かりませんでしたが、シェラか。アシュリンさんも貴族でしたものねぇ。


「私も魔族と戦いますよ?」


「後で来い! アデリーナは書類を押さえておきたいようだ。お前はその任務の補助をするのだっ!」


「アシュリンさんは?」


「敵を殴り飛ばしてやる! これは私情だっ!」


 情報局長とやらかな。

 魔族相手なら、私もアシュリンさんと一緒に戦う方が好ましい気もしますが、しかし、恩人の仇を討ちたいのもあるんでしょうね。

 ここは、その意に沿って差し上げましょう。


「いえっさー」


 アシュリンさんは少し口角を上げてから、消えました。


 速いなぁ。

 どういった仕組みなんだろう。羨ましい。



 さて、私は一人で進みます。ちょっと行った曲がり角の先で、敵は布陣を終えた様です。私やアシュリンさんに気付かれていないと思っているんですかね。魔力感知でずっと分かっていました。消音魔法くらいは使っているみたいですか。


 速攻で潰してやりますからね。

 私は足首をグネグネして(ほぐ)してから駆けます。

 

 曲がってすぐ、10歩くらい先に盾兵と、その後ろに魔法兵が隠れている陣形を確認しました。盾と言っても片手で持つヤツでなくて、衝立(ついたて)の様に体全体を隠すヤツでして、それが3枚かな、隙間が有るものの、ほぼ通路を塞いでいるのです。

 服が地上で見た兵隊さんたちとは違うので、情報局の所属の人達なんでしょうか。



 うふふ。弱そうね。


「侵入者を発見」


 私のスマイルと同じタイミングで、先頭の盾兵から平坦な声の命令が下されました。


 火球魔法が幾つも飛んで来ます。

 それに対して、私は突進を続行。

 迫る火球を無視して、いえ、一応、顔だけ両腕を交叉させて守りつつ、突っ切ります。

 熱くは有りません。足しにもならない程度ですが、むしろ、少々魔力として吸収させて頂きました。


「うらぁ!!!」


 火球を突っ切った私はジャンプして、一番前の盾の上部に飛び蹴り。重量物なので床に下端を置いていたのだと思います。私の全身を使った蹴りによって、そこを支点にグインと盾が一気に傾きます。前に1枚、その後ろに2枚並んでいたのですが、私の蹴りの威力の前にしては、おもちゃの積み木が倒れるように連鎖的に後方の盾も倒れました。

 転移する前の万全の私なら、今の蹴りで全てを吹っ飛ばしただろうことが、少し残念です。


 盾を持っていた兵の腕は折れたかもしれません。しかし、命が残った幸運に感謝なさい。


 斜めになった盾を駆け上った私の前には障害物はなく、魔法兵だけが見えます。

 魔法は危険。だから、最優先で潰さないといけません。


 次の詠唱に入らせないため、スピードを殺さずに跳んで間を詰めます。

 まず一人目の喉に指を入れる。それとともに、相手の奥底の魔力を頂きます。

 失った魔力を回復させるには全く足りないなぁ。なので、すぐに残りの二人からも同様に頂戴します。


 んー、それでも全然足りない。ルッカさん的に言うと、ノンテイストってヤツでしょうか。余りの薄さに、餓えに近い感情さえ持ってしまいそうでした。

 でも、私は魔族じゃないので、贅沢は言いませんよ。もっと欲しいのですが我慢です。


 倒れた兵達の顔を見ると、皆、虚ろな感じでした。意識がない? 私が突いた首から血が吹き出していないことからして、人じゃないのかな。

 シャールでの謁見式前に墓場に連れていかれて、私は死人使いみたいな人に襲われたらしいのですが、あんな感じの術なのでしょうか。


 敵が再び動き出す感じがしなかったので、私はそのまま突き進むことにしました。

 たまに待ち伏せている同じ様な虚ろな表情の敵を蹴散らし、扉があれば中を確認するのですが、どこにも人間はいなさそうです。


 うん、やっぱりブラナンが復活して一日が経っていますので、皆さんは避難を終えているのですね。



 最後、階段を下りた行き止まりの先は、アシュリンさんに教えて貰った通りに書庫でした。デュランの物と似た感じで、棚がズラリと並んでいます。


「あら、メリナ。あなたもこちらに用が有ったのですか?」


 シェラです。彼女が無事で何よりでした。

 

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