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感謝

 イルゼさんが出している魔法陣の上には傷付いた人や痩せこけた人が立っていました。いえ、立てない人もいますね。


「何をしているんですか?」


 回復魔法なのは分かります。でも、何故こんな道端で。

 コリーさんが居るから襲われても何とかなるのかもしれませんが、家屋の中で行った方が敵に備えられるし、そもそもここは戦場の最前線でして、そんなゆっくりとした回復魔法なんて悠長な事をしている暇はないと思うんです。


「イルゼ様は避難できない者を哀れみ、助力になりたいと仰いました。私、コリーは感動しております。ここまで気高く慈愛に満ちた方と聖女の座を争っていたのかと感じ入りました」


 うん? イルゼさんですよ?

 損得の計算が得意な方だと私は認識しています。それに、私の知人の中ではアデリーナ様に次いで黒いお人ですよ。


 ほら、私が初めてデュランを訪れた日なんて、従者を使ってアントンに突っ掛かっていたことを忘れましたか?

 聖女決定戦後のアントニーナ担ぎも涼しい顔で実行した強者ですよ。



 しかし、何はともあれ、イルゼさんの消耗が激しいですね。魔力切れ寸前なんだと思います。


「コリーさん、代わります。コリーさんはそこの人達を誘導しておいて貰えますか?」


「しかし、彼らは衰弱が激しく、遠くまで歩けません」


「ならば、そこの大きな邸宅を貸して頂きましょう」


 私は空から見えた成功した商人の館っぽいものを指差します。魔力的には恐らく中の人は全員が待避済み。コリーさんも分かると思います。


「しかし、他人の家に無断で入り込むのは……」


 相変わらずの固さですね。カチコチです。


「アデリーナ様は王都の半分の富をシャールが誇る黄金舐瓜に譲られました。つまり、あれはシャールの持ち物です」


 少し正しくない情報も入っていますが、コリーさんは貴族の言動には弱い。これで動かれる事でしょう。


「……分かりました。非常事態です。巫女殿、的確なご助言を感謝致します」


 コリーさんはその豪華な家へと向かいました。閉じられた門を破壊しに行ったのでしょう。



「……イルゼさん?」


 私は代わりに肩を貸す。彼女の服もじっとりと汗で濡れていることを知ります。息は平静を装いきれず、乱れが少々確認されました。なのに、ブツブツと魔法詠唱を小声で続けています。


 彼女は私の問い掛けには応えませんでした。


『主よ、この弱き者は聖女たる実績を付けるために人々を助けておる。我らが助けてはその者の気持ちを踏み躙る事になろう』


 ふむ、自分の目的の為に他人を助ける。不純な様に見えて、否、極めて純粋。

 最も効果的で効率的で、成功率が高いバターンです。その目的が欲望と卑下される物であってもです。


 イルゼさんはコクりと他の人には知られない様に頷きました。



 しかし、魔力の限界は近い。私が助力すれば、全員を一瞬で全回復出来るとは思うのですが……。



 人々は魔法陣の中からイルゼさんを見詰めます。老人や子供、その家族が縋る眼でイルゼさんに頼っているのです。

 たまにイルゼさんは詠唱を止め、大きく息を吸って、長い詠唱に戻ります。

 それを何回も繰り返した後に、私にも聞こえない程度の小ささで彼女が呟いた「何で、何で……私を信じるのよ」という言葉に彼女の焦りと切実さが現れていました。



 だから、私は転移の腕輪を外し、彼女の腕に填める。ちょっとだけ詠唱が止まりましたが、イルゼさんは続けます。


「転移の腕輪です。何となくですが、転移後は魔力が回復している気がします。試しに体一つ分だけ横に転移してみて下さい。使い方は簡単で、願えば発動します」


 イルゼさんは無言で従い、転移されました。


 出現後、やはり彼女の魔力は正常時の量となりました。だからでしょう。魔法陣のサイズが大きくなり、回転も早くなります。

 効果も範囲も先程とは段違いです。



 イルゼさんは弱った人達を完全に治癒し、コリーさんの案内で彼らは臨時の避難場所に向かわれました。何人もの人がイルゼさんに頭を下げ、感謝の意を表していきました。それを聖女っぽい柔らかな微笑みで彼女は受け流しているように見えました。抜群の演技力は健在でした。少なくとも、そう思いました。



 人がいなくなって落ち着いた所で、イルゼさんは腕輪を私に返却しようとなさいます。静かで妙な雰囲気でした。

 私は前に出された腕輪を押し留めます。


「まだ回復が必要な方は居ます。どうか存分にお使いください」


 私の言葉に対して、なんとイルゼさんは涙をホロリと溢されました。意外過ぎます。

 そして、口を震わせながら私に問うのです。

 嗚咽で単語が途切れ途切れにもなっています。


「……わ、私の様な、性悪が、人を救い、か、感謝されて、良いんですか……」


「良いんですよ。良い面も悪い面も表裏一体です。気にされないで下さい。イルゼさんは私が見込んだだけの優しさをお持ちです」


 言いながら、どうしたものかと悩みます。


「ク、クリスラ様からも……この鍵を、私なんかの為に……。リンシャル様から頂いた大切な物だと仰るのに、この薄汚い、何人もの、人間を、おと、貶めた私に……」


 なるほど。前線の方がブラナンの意識操作を受ける危険性が高いと考えて、クリスラさんは与えたのですね。


「少なくとも、その考えに至った今のあなたには相応しいと、私は感じます。さぁ、あなたに救いを求める方はまだまだいますよ。人々の灯火である聖女となる事が約束されているイルゼよ、聖竜様と共に王国を導きましょう」


 ん? これ、誰か記録石で記録してくれてないかな。私、カッコ良いことを口走った気がします。


「……はい。私は、私は、胸がこんなにも熱くなった事は御座いません……。感謝致します、聖女メリナ様、私は、私は、生涯、この日を、この日の教えを、忘れません……」


 はいはい。分かりましたよ。

 私は次の事を考えていました。強い魔力、アシュリンさんの魔力を感知したからです。こっちに来ています。



「メリナ、いたかっ! こっちは、あらかた片付けたぞ! そっちはどうだっ!?」


「ヤギ頭は捕まえました。情報局に向かいたいのでご案内下さい。アシュリンさん」


「あ? 情報局だと? 陰気臭い所だな!? 良し、行くぞ! 私も用がある!」


「頼りになります。流石、先輩ですね」


「気持ち悪いぞ、メリナっ! 黙って付いてこい」


 私も無意識にイルゼさんの涙に感動していたのかもしれません。アシュリンさんに対して思っていても口に出さないことを言ってしまいました。


「そうですね、きもかったです」


 ここはイルゼさんとコリーさんのデュランコンビに任せて、私はアシュリンさんの後を追いました。


 転移の腕輪さん、さようなら。今までお世話になりました。聖竜様、申し訳御座いません。また新しいお宝を直接、私にお与えください。

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