ブラナンの憑依先
ここは何もない空間です。ガランガドーさんの血が乾いた跡と、私が断頭し続けた為にひどく抉れた石畳くらいが他から目立った所でしょう。
『主よ、さすがの判断である。ここならば、ブラナンなる愚かな偽精霊も憑依できまい』
「憑依できないって事はもうヤギ頭から抜けているんですか?」
私はそう言いながら倒れたままのヤギ頭を見る。回復させたはずなのに呻きながら倒れたままです。
そっかぁ、股間周辺に深く突き刺さった防具が痛むのでしょう。横腹を軽く蹴り飛ばすと、大袈裟に叫んでおりました。
ちっ、ブラナンをここでぶっ殺してやろうと思っていましたが、目的を変えましょう。ヤギ頭を拷問して知っていることを全部吐かせるのです。
「部長、すみません。ヤギ頭の体をナイフで少しずつ削いで頂けますか。動かないように私が押さえておきますから」
「マジで狂気の沙汰だな。それはダメなクレイジーだぞ、メリナ」
「三回くらいで良いんですよ。その後に喋らなければ続行しましょう。大丈夫です。ジョリジョリ、獣の皮を剥ぐのと同じです」
「マジで怖いぞ、お前。ダメと言ったらダメだ。それに義理とはいえ、それはアデリーナの父親なんだろ? アデリーナに悪いだろ」
うん? アデリーナ様ですか……。
あの人なら微笑みながら「やりなさい」って言いそうですよ。
「そもそも、そのヤギ頭は喋れる様子じゃないだろ」
そうですね。それはそうです。
ですので、私はヤギ頭を足で転がして上向きにし、股間を踏みつけます。衝撃波も出して広範囲にします。
踏んだ所を支点に、痛みと衝撃でヤギ頭の頭と足先が勢いよく上がって、幼児向けの玩具みたいだなと、私は思いました。
ヤギ頭の体に大きな穴が空いたところで、更に蹴り転がして回復魔法。これで刺さっていた金属は取り除かれたでしょう。
辺りは血溜まりになりました。
フェスティバル会場に相応しい。
「メリナ……お前、平気な顔で……。マジかよ……」
「罪のない獣人や王都の民を傷つけた報いです」
ズボンまで破れてしまっておりまして、ヤギ頭の下半身が丸見えで、今はうつ伏せなので汚いお尻が上です。これはこれで許容したくないのですが、最悪な物は見たくなく、それよりはマシだと思いましょう。
「では尋問を開始します。ヤギ頭よ、動いてはなりません。もしも、お前の一物を私に見せた時は命を失うものと思いなさい」
ヤギ頭は「ぐ、ぐがぁ……」と呻くだけで返答が有りませんでした。了解の意志と看做しましょう。
「ブラナンはどこに行きましたか?」
初っ端から、私は最も知りたいことを訊きました。
転移する前の出来事ですが、私が股間を蹴った後からエルバ部長に首を切られるまでの間、ブラナンがヤギ頭に憑依していたことは明らかです。痛みを我慢する振りもなく、普通に立ち、冷淡に喋っていましたから。
つまり、それはヤギ頭に憑依する前後でブラナンは他の誰かに憑依していたことを意味すると思います。
それは誰なのか!?
ヤギ頭は口を開きません。
「ブラナンを止めて欲しいのでしょう。早く言いなさい。現王ですか? 前王ですか? それとも、アデリーナ様ですか?」
私の言葉にヤギ頭は引っ掛かる所が有ったのでしょう。
「……止めて……欲しい?」
やっと反応しました。
「私なら止めれます。ここにはブラナンは来れませんので、正直に言いなさい」
根拠は有りませんが、ガランガドーさんが来ないと言うのなら間違いないのでしょう。
……あっ、ガランガドーさんは人の意識が読めるから、それを頼んだ方が早かったか。
思った瞬間にガランガドーさんと目が合いました。しかし、彼は動きません。
『己の口から申すが良い。我が主はブラナンなる鳥より遥かに強し』
代わりに私の後押しをしてくれました。
ヤギ頭はポツポツと喋ります。
最初にブラナンが憑依したのは先王、つまりヤギ頭のお父さんが即位式をしている最中。知らない人の声が聞こえ、自分の体の自由が失われました。
また、それだけでは収まりませんでした。
王都の歴史、ブラナンの行いの数々がほんの一瞬で頭の中に刻まれたのです。
それによって、絢爛華麗な王宮の裏側で、ブラナンが苛烈に王家を支配している事を知りました。
この最初の憑依で取り乱したり、ブラナンの存在を伝えようとした者は間違いなく殺されます。やり方は幾らでもあって、例えば、意識を奪って高い塔に登り、そこから落ちるだけでも簡単にブラナンは憑依先を始末出来たのです。
最初は自分がおかしくなったと思ったそうですが、隣にいた兄弟達の呆然とした様子を見て、ゴクリと唾を飲み込みました。
きっと自分と同じものを見せられたに違いない。王家の始祖であるブラナンはまだ生存するのだと、ヤギ頭は理解したのです。
何人かの兄弟は数日の内に亡くなりました。貴族の間では毎回恒例の次期王の座を巡っての骨肉の争いが始まったのだろうと噂されましたが、そうでは有りません。それは、何とかブラナンの存在を伝えるために努力して失敗した末路なのです。
まだ人間の姿だったヤギ頭は彼らとは違って受け入れる決断をしていました。何故なら、ブラナンに憑依されるものの、ブラナンは王都や王国のために優れた統治をしていたからです。少なくともヤギ頭は王国の現状に満足していました。
だから、民の繁栄のために犠牲となるのも良かろうと当時のヤギ頭は考えたのです。
数年後にアデリーナ様が生まれ、彼女が12歳になった時です。別荘に赴いたヤギ頭一家は、それまで素直で清楚だったアデリーナ様の様子がおかしいことに気付きました。
「そっちのアデリーナ様の方が怖いですよね、部長」
「おい、チャチャを入れんなよ、マジで。震えながら喋ってるだろ」
アデリーナ様は召し使い達に対して、急に当て擦る様な態度を取るようになったのです。
心配するヤギ頭とその奥さん。
しかし、ここでヤギ頭にブラナンが憑依し、真実を知ります。アデリーナ様は実子でなく愛する妻と自分の父親との子である事を。
怒りに震えるヤギ頭は死をも恐れず妻を問い詰めます。この辺りは以前にアデリーナ様から聞きましたね。
「時間稼ぎですか? 早くブラナンの居場所を教えなさい」
「……巫女様……私は自分の家族を愛していたのですよ……。酷い裏切りだと思いませんか……」
「知らないです。血が繋がっていなかろうが、妻が不義をしていようが、あなたは彼女らを愛し続けたら良かったのです。私があなたの立場なら怒りでさえ愛情に変えれますよ」
適当に言っています。
もしも聖竜様が不義なんてしたら、その相手の体が磨り潰すくらいに殴り続ける自信が有ります。
「失意の底での帰途、私は崖崩れに巻き込まれる事故に遭いました。これは弟が仕組んだ物でした」
現王に命を狙われたのか?
「荒っぽいあいつのやることは分かっていました。仲が良かったですからね。あいつもアデリーナが不義の子だと知らなかったのです。だから、私を殺すことでアデリーナをブラナンの呪縛から逃そうとしたのですよ」
そっか、ヤギ頭の子供ならヤギ頭が死んだらブラナンが憑依する事はないですものね。
「しかし、まさかアデリーナが私達の妹だったとは……」
ぐはっ! そうか! 言われてみて気付きましたよ。アデリーナ様はヤギ頭の妹にして義理の娘ですか!? スゲーです。
『主よ、既に気付いたと思うが、ブラナンはヤギ頭が小娘の身を案じる想いを弄んだのであろう』
当時のヤギ頭がブラナンからアデリーナ様を守ろうとした気持ちを読んで、あえて悲劇的に潰したのですよね。
ヤギ頭は生き残りました。巨石に阻まれ救出が困難な中で、彼だけが人知れず王都の情報局に助けられたのです。
そして、彼は気付けばヤギの頭をした獣人となっていました。情報局による秘術を受けたのだと言います。
特徴的なヤギ頭に意味はありました。王都のスラムに住む獣人の一人を模したのです。そして、情報局はその方と今のヤギ頭を入れ替えました。
その後に憑依したブラナンはヤギ頭に命じます。「獣人を統べて我に捧げろ」と。
家族を失ったヤギ頭は唯一残った大切なもの、王都という街のために命を捧げることを決意しました。
「王都を救うはずが、滅茶苦茶になっているじゃないですか?」
「……始祖様が復活すれば……多くの民が幸せになります。その為の犠牲は仕方無いのです」
……ふむ。戦闘と同じですかね。犠牲が多くても勝てば良しみたいな。
でも、ヤギ頭は思い違いをしています。それではブラナンに負けているのです。敗北のために犠牲を出すのは最も愚かです。
それに、そもそも助けて欲しいと心の奥では感じているのに気付いてないのでしょうか。
「ヤギ頭よ、お前はブラナンに意識操作されていますよ。お前の目的はブラナンの体が復活。でも、本当に復活したところで、王都の繁栄は今の憑依しか出来ない状態と変わりませんもの」
「そんなことは有りません! 始祖様の真のお姿を拝見すれば、民は皆、より一層に畏れ従うのです!」
「この愚か者!」
私はヤギ頭を殴ります。
吹き飛んで動かなくなりましたので、回復魔法を唱えます。ちょっと焦りました。力を込めすぎたのでしょうか。死んでないよね? アデリーナ様に怒られてしまいます。
指がピクリとしたのを確認してから、私は続けます。
「いいえ。『畜生風情が私の上に立つんじゃない』とか言う人がいっぱい出て来ますよ。一人は確実に知っています。それに、あなたも最初はそう考えたんでしょう? 意識操作じゃないかもしれない。死への恐れとか何かの自己暗示で、あなたは自分の行動を疑問に思わなくなっているだけとも感じます」
ヤギ頭は反応せず。もしかしたら、お亡くなりになられましたか?
やってしまったか。可愛いモードとは言えエルバ部長に倒されてしまう者でしたからね。
しかし、ヤギ頭が呻いたので、私の心配は解消されました。
「時間が有りません! 早く誰の所にブラナンがいるのか言いなさい!」
「…………」
「ここで私に殴り殺されるか、静穏な人生を取り戻す可能性に賭けるか、選びなさい! 今すぐにです!」
私、学習しました。軽く殴ってもこいつを殺す虞があることを。なので、殺しても良いように、私が怒られる事のないように、彼が選択した形を取る事にしたのです。
はい。黙ったままです。死ね。
私が踏み込んだ瞬間にガランガドーさんが身を前に出して、私の足捌きを邪魔します。だから、思っきり背中を踏み潰してしまいました。
『……主よ、ヤツは喋る』
ガランガドーさん、すみません、踏まれたままで話しにくいでしょうに。
「ブラナンは誰に憑依しているのですか!?」
私の勘ではあの人です!
アデリーナ、アデリーナだろっ!?
黒い白薔薇が最も怪しいです!
ふーみゃんが傍にいるから憑依しないだと。
そんな根拠の無い話、皆を騙せても、この優れた頭脳を持つメリナには通用しませんよ!
「始祖様は王、私の弟の所だと思います。父は弟によって幽閉されていますが、長らく仮死状態だと聞いております」
おっと……。普通な回答でしたよ。
王様か。ルッカさんによって下僕化されているはずですね。ほほ封じ込め完了かな。
しかし、ルッカさんの下僕化とブラナンの憑依、どちらが優先されるのか。
うん。ルッカさんが向かっているなら安心です。彼女はクレバーですからね、私の次に。




