ヤギ頭
ヤギ頭を無視して、ブラナンの壁画を見ます。
鳥と蜥蜴の中間みたいな少し尖った頭。鶏冠では無いですが、似たような毛の突起が付いています。全部むしり取りたいです。
羽の先の指みたいな骨はガランガドーさんと同じに見えて、全体的にはドラゴンの出来損ないみたいです。
体は普通の鳥。足もかな。羽毛が生えています。
尾は長い。尾を除いた体長と同じくらい有りますね。それが3本。
うん。すごく不愉快なので破壊しましょうね。
ヤギ頭が大きな口を開きます。
「竜の巫女よ、お久しぶりです」
「昨日、会ったばかりですよ」
距離が開いていること、こちらが不利な下方にいることを考慮して返答をしました。
「ノノン村のご出身なのですね。王国の縁周、深い森に囲まれた辺境の地で御座いますね」
「よくご存じですね」
「はい。始祖ブラナン様が作りし村。妖かしの森の魔力を集め、それを王国に還元し、始祖様復活の助けとする者達の村の一つ」
……村を出てから初めてノノン村を知っている人に会いましたが、それが王家の人だとは。
「ブラナン様の秘術により自分達が何をしているのかも忘れ去り、過酷な環境の森から出ることも能わない愚かな者達の集り」
ほう。私の両親を侮辱したのですね。チャレンジャーですよ、あなた。
「……おい、メリナ、あれは誰だ?」
エルバ部長が私に訊いてきます。
「アデリーナ様の父親で、倒すべき人間です。あっ、でも、本当の父親では無いらしいですよ」
「アデリーナのだと……。本当の父親ではない? あと、竜の巫女とは何だ?」
聖竜様の事をお忘れなんですよね。
憐れです。
「何でしょうね。シャールの神殿の巫女と同じものだと思いますよ」
メンドーなので適当にあしらっておきましょう。
私達の簡単な雑談はヤギ頭を遮ることはなく、敵の言葉はまだ続きます。
「始祖様は500年前の失敗を魔力の貯蔵量不足と判断なさいました。ロヴルッカヤーナの件も御座いますが、それにしても足りなかったのです。幻影で留まるのみでした」
王都の面積は限られていて、人口はある程度で頭打ち。吸収する魔力量を外部から持ってくる必要があったんでしょう。
ロヴルッカヤーナの件と言うのはルッカさんが王様に噛みついてチュルチュルした事件を言っているのでしょう。
「獣人を迫害して一ヶ所に住み固めさせ、魔力の収集効率を向上。更には人の住めない地からの魔力収集。今回こそ始祖の悲願は達成されるのです」
ナタリアを我が家に保護した後に、お母さんに連れられて村外れの小屋の地下室に行った事があります。
あの時に見た、白くて大きな魔力の塊は、もしかしたら、森の魔力を溜め込んだ物なのかもしれません。魔力の収集という言葉から、そんな想像をしてしまいました。
しかし、ヤギ頭。何故にそんな裏事情を私に話すのか。
「巫女様、私を止めるなら今のうちですよ?」
あぁ、止めて欲しいのか。
ちゃんと言えば宜しいのに。
「もう良いですかね? あなたの弟からあなたの目的は王家が世界を統べる為と聞きました。この世は未来永劫に聖竜様の物ですので、無駄な足掻きは許しませんよ。あと、命乞いも許しません!」
「グフフ、相変わらず巫女様は強烈ですね」
お前は相変わらずキモいですね。
私は構え、顎を上げてヤギ頭を見上げる。
しかし、これは宜しくない。下からの攻撃に隙だらけです。床を突き破る様な意外な攻撃が来たら、モロに喰らう可能性が有ります。
石床を蹴り、私は階段を跳ねる様に素早く進む。私の膝上くらいまである段差なので、足を少しでも滑らせると無様な姿を見せてしまいますね。
「うっらぁ!!」
だから、中段を越えた辺りで一気に距離を縮める為に脚力を込めて飛ぶ。
私の体はヤギ頭よりも上に行きました。
斜め下に見えるヤギ頭は表情を変えない。ヤギの表情なんて、そもそも分かりませんが。
「無駄ですよ。そこには結界が有ります」
そんなブラフで私を止められると思うな!
しかし、見た目は透明だけど、魔力的には分厚い壁がヤギ頭との間に立っていることに気付きます。
ガランガドーさん!
私の心の呼び掛けに彼は従ってくれます。いえ、本当に以心伝心なのかもしれません。
黒い稲妻みたいなのが瞬時に放たれ、粉々に障壁を破壊しました。ヤギ頭との間に障害は無くなりました。
私の腕は既に振りかぶられています。
それを大きな目で見てくるヤギ頭の頭を目掛けて放ちます。
「死ねぃ!!」
しかし、私の拳はヤギ頭の頬を擦るだけ。態とです。
アデリーナ様から全殺しはダメだと言われているのをしっかり覚えていましたから。
私は着地と共に密接したヤギ頭へ膝を繰り出します。狙いは股間。
思い出しなさい、シャプラさんを犠牲にしようとしたあの夜を! あの焦点が合わない目の動きを!
金属製の防具か何かがヤギ頭のズボンの下に有りましたが、それごと粉砕してやりました。防具はひしゃげて体内に埋め込まれ、ヤギ頭の意図とは逆に余計な苦しみを生むことになったでしょう。
倒れたヤギ頭を見詰める。とても痙攣されていますね。
エルバ部長が羽ばたくガランガドーさんとともに階段を上がって来ました。その小さい体では大変だったでしょうに。
「これがブラナンの正体か?」
「どうなんでしょうか。確定しているのは、アデリーナ様の義理の父親だという事です」
「さっきも言っていたが義理って何だよ……。あいつは王家だぞ。養子であるはずがないだろ」
「アデリーナ様の本当の父親はお祖父さんらしいですよ」
「……マジかよ。えっ、じゃあ、このヤギ頭の化け物は現王の兄?」
私は黙って首肯く。
その足元でヤギ頭は泡を吹き始めていました。全く気持ちが悪い。靴が汚れますよ。
ここで、死に掛けのヤギ頭に魔力が集まり始める。
何だ? 私はその魔力を操作して散開させる。
しかし、私の操作を避けるように魔力は動きます。止まらない。
王都に向かう森でのミーナちゃんの魔力吸収とは違って魔力が意思を持っているみたい。
無駄に広い床の全面に魔法陣が現れる。
「ガランガドーさん!」
危険を察した私は頼りになる精霊に何とかするように願います。
体の力が抜ける。この感覚はアンチマジック。いえ、デュランでの聖女決定戦でコリーさんに受けたドラゴン特化捕縛魔法!!
ドラゴン特化のはずなのに何故か私にも効くのです。これは私の魔力の質だけでなく、頭の中まで竜みたいな物だからなのでしょうか。
本物の竜であるガランガドーさんは返事もせずに、ただ痺れています。私は意識はあるものの、床にぐったりです。
まずい。
あとは、エルバポンコツ部長しかいません。彼女は助けてくれるのでしょうか。
動けない私達と入れ替わる様にヤギ頭がムクリとします。
「忌々しい娘め。騒がず贄となり魔力を放出するが良い」
雰囲気が変わってる? ブラナンが憑依したか?
股間は真っ赤で血も垂れ続けています。更には金属片が体に埋まっているはずなのに痛がらない。
しかも、この捕縛魔法、コリーさんのよりも強い。転移の腕輪も動かないなんて。
「もう少し、もう少しで私の肉体が構築される」
ヤギ頭に嵌められるとは屈辱です。
「ふむ、シャールの連中は皆殺しだな。昔から私に刃向かう者しかおらん」
「メリナ! 私が時間を稼いでやる! すぐにそんな物、ぶち破れ」
無茶を仰るなぁ。
エルバ部長は懐から短刀を出して戦闘体勢に入った様です。
「ガキが私を倒せるとも?」
「もう本当、メリナちゃんは手が掛かるなぁ。ヤギ頭さんも調子に乗ると後悔するよ?」
あっ、可愛いモードになってる!?
「戦闘は久々だ。準備運動にはちょう――」
風の流れで分かりました。エルバ部長、ヤギ頭が喋っている最中に、かなりの速さで移動しました。コリーさんくらい速かったです。
幾ばくもなく、私の体は動きを取り戻します。魔法陣は消えています。
「捕縛魔法の精霊さんに話は付けておいたよ」
「ありがとうございます、部長」
「ヤギ頭の首も切っておいたよ」
……振り向くとドクドクと血を失っていくヤギ頭がいました。顔色は白いですが、毛並みの色ですかね。
「時間を稼ぐどころか、始末してましたね」
「あぁ、天才の私の前ではマジでチョロかったな」
まぁ、先ほど古傷に触れられたばかりなのに、まだそんなセリフを吐けるのですね。私、驚愕ですよ。
しかも、「私が時間を稼ぐ」なんて言うものだから、てっきり死を覚悟されているのかと勘違いしました。ヤギ頭もボスっぽい雰囲気を醸し出すし。拍子抜けです。
しかし、所詮はヤギ頭如きですからね。痩せた体から推測するに、単純な武力だとブルカノにさえ劣りそうです。
「こいつの止血はした方が良いんでしょうね?」
「アデリーナは生かせと言っていたんだから、そうなんだろうな」
私は渋々ですが、ヤギ頭に回復魔法を掛けます。そして、転移します。あと、壁画を炎で焼き消すことも忘れませんでした。
転移先はパン工房ではなく、リンシャルのいた何とかの間です。ヤギ頭を逃がさずに問い詰める為です。
あと、血祭りフェスティバルは始まったばかりですから。悲鳴が上がっても他人の目を気にしなくて良いようにと。




