人を捨てる
老婆の側の頬を殴って吹っ飛ばし、すぐに転移。勢いよく飛んでくる化け物の頂点に、更に拳をガツンと一発。
砕けないか……。固いなぁ。
痛めた拳を回復魔法で修復しつつ、転がる化け物の横腹に蹴りを入れ、地から浮かせる。
そこにガランガドーさんのデスブレ――じゃないや、黒い稲妻みたいな地獄の呻きが直撃。
察していた私は、ひらりと最小限の動きで体を入れ替えます。
化け物からは血がドクドクと流れていまして、瞬時に詰めた私は喉に足を落とす。
それから、顔面に氷の槍。
今度は貫通しましたね。少し力を強めたのが奏効しましたか。
こいつが頭を潰せば動きを止める系だったら良いのですが。
念のために、胸の辺りにも氷の槍。地面に刺して、突飛な動きを妨げておきましょう。
それから、離れて炎の雲。
どうなんだろ。まだかな。
近くに来ていたガランガドーさんの両足を纏めて掴み、それを手にして投げ付ける。
グルグル回転して猛突進する中で、勢いを殺さずに翼で体勢と軌道を修正したガランガドーさん。燃え盛る炎の中の化け物に正確にぶち当たりました。
正しく以心伝心。完璧なチームワークでしたね。ガランガドーさんも不満の叫びを上げなかったし。
「やりましたか?」
帰ってきたガランガドーさんに確認します。
『うむ。生命反応は感じぬ。あと、驚いた』
あれ、一応は生物だったんでしょうか。疑問は残りますが、良しとしましょう。
「部長、ヤツはぶっ殺しておきましたよ! もう辛い思い出は昇華されましたか?」
「…………メリナ、お前、トンでもなく強くなってないか? 目で追うのを諦めたぞ、マジでな」
「はい! デュランや王都でも私は成長しましたから。で、部長、もう辛い思い出は大丈夫ですか?」
「えっ、あぁ。私自身が忘れていたのだから、誰も覚えていないだろうしな。もう棺桶まで持っていく」
「はい! へルマンさんにも部長に思い出させるなって言っておきますよね」
「ちょっ! 止めろ。傷口に塩を塗りたくる気か」
「我はエルバ・レギアンス。絶世の麗人。人は我を――」
「やめろよ! マジで!」
これは素晴らしい。エルバ部長にお願い事をする時は、このセリフで脅せば良いのですね。
炎の雲が消えると、炭も残っていませんでした。魔法で作られた存在だからかもしれませんね。
次への扉が現れました。
試練の数は3つでしたから、これでヤギ頭の所へと行ける訳ですね。いよいよ、血祭りフェスティバルの開催ですか。逸る心に血が沸き立ちますね。
「しかし、あれは私の全盛期を模した感じだったが、ほぼ瞬殺だったな……」
「えぇ、心に響く言葉を喋るだけでしたからね。でも、固かったですよ」
「固いって、お前……。マジで何の慰めにもならないな」
軽い会話をしながら扉を開けようとしたところで、私は気付きました。
地下道で最初の扉を調べた部長は「3つほどの試練」と言いました。つまり、3つじゃない可能性が否定されていない?
エルバ部長はポンコツなので一切気付いていないと思いますが、妙に賢さを見せてくるガランガドーさんもその考えに及んでいないのか?
私は彼を見ます。
『……主よ、毛無し猿の交尾を恐れること勿れ』
っ!?
あぶなっ!!
私はガランガドーに拳骨。勿論、優しくです。頭蓋骨が割れない程度に抑えました。冗談だと理解したからですよ。
だから、のたうち回るな。ドラゴンとしての矜持を保って下さいよ。
部長にもう一度調べてもらえば良いんですよね。うん、この仕事だけは部長が調査部長だと思える唯一の物ですよ。
で、精霊さんからの答えは「これで終わり」でした。次でいよいよですね。
「私、初めてかもしれません。エルバ部長が隣にいて良かったと思うの」
「マジでお前は上の人間を敬わないな」
あら? やっぱり精神的にタフですね。平気な返事でした。
では、私が気になることを訊いてみますか。
「もう少しで死ぬんですか?」
「……死ぬって言うのは正しくないかもな。ボケて来るんだよ。記憶も知識もなくなり、赤子に戻る。そして、また歳を取り、ボケて若くなる。それを繰り返すらしい」
「ボケてばかりですね?」
「うるせーな。私も先代から継いで一回目の赤ん坊化なんだ。よく分からん。歳を食って若くなる方なら記憶は残っていたんだが」
呪いなんですよね? 継ぐ物なのかしら。
まぁ、私には関係ないです。部長の問題ですからね。ほんのり寂しいですが、死ぬのと同じでしょう。ならば、それは仕方の無いことです。葬儀には出席しますね。って、死なないのか。
「受け入れているなら、それで良いんだと思いますよ?」
「……ふん。オムツくらいなら替えさせてやる。マジでな」
いや、マジで嫌ですよ。赤ん坊は可愛いですが、元々がエルバ部長だと思うと気が進みません。
「垂れ流しで良いでしょう」
「マジでお前は鬼畜だな……。あと8年だ。よろしくな」
「えぇ。それまで宜しくお願いします」
うん。覚悟は良し。そこだけは尊敬しますよ。私なら醜く足掻いたり、他人を道連れにするかもしれません。
「……呪いを解いて欲しいと願うこともある。だが、私が選んだ道だ」
『精霊と深く話すには人を捨てねばならぬ。そういうことだ、主よ』
はぁ。
ガランガドーさん、あなたが姿を現す前にも私に話し掛けて来たことが有りますよね? ほら、小麦粉事件の時とか。
そんな体験をしていると、その言葉は私が人じゃなくなっているみたいに感じるじゃないですか。
何はともあれ、安心して扉を開きまして、着いた先は祭壇でした。
幅広で段差の高い階段があって、赤い炎が揺らめく松明台が各ステップの両端に置かれています。装飾が豪華なヤツです。その先でメラメラ燃えています。
ヤギ頭はその階段の上、恐らくは舞台みたいになっている所に立っていまして、不遜にも私達を見下ろしているのです。
ヤギ頭の背後には鳥の絵、ブラナンが描かれていました。




